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52話 私と紫の花

この一週間、空気が良くない。

理由はわかってる、コマチのことだ。

社交界以来、仕事はちゃんとしてくれるけど会話という会話がない。

なんなら逃げられてる。仕事の話以外しようとしない。


「コマチ、暇だから一緒にチェスとかどうかしら」

「アテナ、ディアーナ様がお相手を欲しています」

「今呼ばれたのお前な?」

「自分は仕事以外で関わるわけにはいきませんので」

「一週間前まで自分からディアーナにチェス仕掛けに行ってたのお前だろ」

「その節は身の程も弁えず申し訳ございませんでした。もう、しませんので」


ずっとこの調子。

メリーがお茶に誘っても、アテナが組み手の相手をお願いしても、ジークが煽っても反応が悪い。

沈んだ顔してるし、そんな感情で居られてもこっちが困る。


(裏カジノのことはジークから報告受けた。コマチが何を考えているかは推測でしかないけど、そんなに何を思いつめてるのかがわからない)


裏カジノは原作者の私がこの世界に生み出したもの。

そこを構成する人たちをあんまりよく覚えてなかったんだけど、端的に現代風に言うなら『東洋人』で成り立ってる場所なんだろう。

原作者としてこの世界を作るにあたって、ディオメシアは中世ヨーロッパ風、ヴァルカンティアはヨーロッパ系とオスマン帝国のハイブリッドのイメージで構築していた。

そして、たまに出てくるのが東洋系。

確かに東洋人の国もこの世界にはあるだろう。でも、ディオメシアに昔侵略された東洋人の国だって絶対にあるわけで。

囲われる形でこの国から出られず生きることになった人達がどうなるかなんて、ちょっと考えればわかる。

表で生きる人もいるだろうけど、与えられた裏の世界で生きるのがスタンダードになる世界が、きっとそこにあったはず。


(そうだった、裏カジノを設定として考えてた時中華マフィアパロディにドはまりして…絶対にその影響だ。じゃあこの国のどこかにその世界観の場所があるってこと?明らかに世界観違うなら報告が上がってもおかしくないのに、これまで存在がバレてないってどういうこと?)


「はーい、ジークが来ましたよ。アテナ、書き取りは終わりましたか?ディアーナ様も、周辺国についての情報はちゃんと覚えられているんですか?コマチにチェス誘えるほどお暇なんでしたら量増やしたほうがおもしろ…失礼、大変そうで実にいいですね」

「言い直す必要あったかしら?」

「息抜きだ息抜き!そうじゃなくても多すぎるんだよ、あと30ページはあるってのに」

「俺が楽しいので量を増やしてもいいですか?」

「許可を出すとでも?ただでさえまた考えることが増えたというのに」

「だからこそですよ。陛下もまた王宮を離れ、エラを任され、おまけにコマチがあの態度。前途多難ですねぇディアーナ様」

「わかっているのにわたくしの作業量を増やさないでくれるかしら?」


ジークは私の専属執事としての仕事以外にもたまにふらっとどこかに行く。

専属じゃない執事たちとの交流や、ヴァルカンティアに何か情報がないか問い合わせてたりすると本人は言ってた。

裏カジノの存在がわかってからはより密に連絡を取ってるんだろう。

おい、スパイ休業中じゃなかった?

別に、ヴァルカンティアが持つ情報も流してもらってるだろうからいいんだけど。私の原作破壊計画にも有用だし。


「そういえば、メリー帰ってくるころだよな。お土産あるかなぁ」

「アテナはよかったの?メリーと一緒に里帰りしても良かったのよ」

「あたしはいい。故郷ったってあの町は何年か世話になっただけだし、孤児だったから帰る場所ももうないからな」

「孤児あるあるですね。俺も宰相夫妻に面倒見てもらうまでどこにも居場所なかったので」


アテナとジークはヴァルカンティアに縁ある身で孤児っていう共通点がある。

それつながりで会話が広がりそうになったその時。


コンコンコン


三度、部屋のドアがノックされた。

そして返事を待たずにドアが開かれると、そこには噂をしていたメリーがいた。


「ディアーナ様、みんな!ただいまです」


メイド服ではなく町娘の若草色のワンピースに、クリーム色のエプロンをかけた彼女はどこからどう見ても平凡な女の子だった。

帰ってこられて嬉しいのか、ニコニコと満面の笑みを浮かべている。


「おかえりなさい。どうしたのかしら、着替えもせずに」

「あっ、忘れてました。早くディアーナ様に渡したいものがあって」

「お土産なら後ででいいわよ」

「あの、ディアーナ様に助けられたって男の人から花束をもらったんです。ディアーナ様、いつも民衆の反応とか気にされてるから嬉しいかなって」


そう言ってメリーが差し出したのは、簡素で小さな花束。

紫色の茎の長い、花びらがほわっと開くような花。

それらを束ねるのは、見覚えのある黄色い布。


背中に一気に変な汗が出る。

花より、この布。私が、あのスラムに生きていた人間なら知ってる色。

私をディアーナに成り代わらせることを言い出した、スラムの賢人が独特の染め方で作っていた黄色。


(シー先生の布がどうしてここに)


メリーから受け取ろうとした瞬間、凄まじい勢いで花束が叩き落された。

驚いてメリーと共にそちらを向くと、さっきまでのへらへらした様子から表情をそぎ落としたジークが、手を手刀の形にして立っていた。

明らかにこの花束に最大限の警戒をしていて、その殺気にメリーは震えあがっている。


「メリー。その男性は何か言っていましたか」

「『あの時送り出してよかった』ってお伝えしてくれって…」

「ディアーナ様、これはまずいですよ。俺にもいったい何が起こってるのかさっぱりです」

「な、なによジーク」

「この花、裏カジノで紫晶草と呼ばれるものです。うまく加工すれば『人を壊せる薬』になるんですよ。この国には自生もしてないはずなのに、これを王女に渡せなんて」


ガタン!

とドアの外で何かが落ちる音がした。

私たち四人の視線は半開きになったドアへ向けられる。


そこには、本をその場に落として顔色を土気色にしたコマチがいた。

私たちの視線に気が付くと、一も二もなく逃げ出す。


「コマチ!」


アテナが名を呼んですぐに扉を開いて追いかけに行ったけど、心のどこかで連れて戻ってこない気がした。


シー先生の布、この国にあるはずのない花、おそらくシー先生からの伝言、コマチのあの顔。


嫌な予感がビシビシする。

原作破壊と原作忠実、どちらでもないこの事態。

私が描かなかったけど、間違いなく原作の世界では起こってただろう裏カジノの動き。

ただわかるのは、ここで選択を間違えたら原作に大きく影響を与えるから全力で考えろってこと。


さっきから冷や汗が止まらない。


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