49話 私の体、手の力
ジークがここ二年でしみつき始めた先生モードで私たちに話し始めた。
と言っても、紅茶片手にクッキー片手、足は組んでいる無礼スタイルだ。
「カジノとは基本的に賭け事かなんかで遊ぶギャンブル場を指しますが、この裏カジノはそれだけじゃない。暴力、恐喝、ちょっとふわっとする違法なブツから人間まで裏で取り仕切る。いわばマフィアみたいなものですね」
「マフィア、ですか?なんだか怖いですね……」
「こえーんだよ。なのにジークがずっと連れ回しやがるからあたしまで巻き添えだった」
「ちなみに、俺たちは裏カジノへ踏み込んでいないのにこの闇です。ここまで言えばわかりますよね?まだ10歳にもならないお子様に聞かせる話じゃないんですよ。王宮内も奇麗なばっかりじゃないとはいえ、ディアーナ様が驚いて心臓止まってしまうんじゃないかと心配しました」
なるほど、確かにこんなにブラックな内容を幼女に聞かせるべきじゃないっていうのは正しいかも。
いつかは王族として知る必要があっても、今はまだ・・・と思うのもわかる。
それに、幼い王女に言ったところで何がわかる?となるのも大いによくわかる。
(でも、それはディアーナの中身が私じゃなかったらの話なんだよね)
国の闇?そんなもの陰謀論も含め転生前にエグイものを散々聞いてきた。
怖い?転生したスラムは区域的になんでか守られているとはいえ、常に非合法な命の危険があった。
転生前も転生後も、両方持ってる私だからこそ、生き残れてる。
(それを知ってる人は一人もいないけど、舐めないでもらおうか!)
「心配無用よ。王族として、いつか知るのが今になっただけね」
「ディアーナ様、怖くないんですか…?」
唯一の完全に裏カジノのことを知らないメリーが目をウルウルさせている。
これがきっと正常な反応なのかもね。
闇に触れたことのない、そんな反応をすべきなのかもしれない。
だけど、私は自分の反応で傷つく人がいるのを理解してる。
今も、酷くおびえているみたいな、自分より長身で(身体年齢)年上の女の子とか。
「だから、あなたに何があったか話せるかしら?コマチ。わたくしは裏カジノくらいで怖がる主じゃなくってよ」
最近、見た目年齢が年上の女の子たちをこうして導くの多くなってきた。
ディアーナというより、ライラ。いや、もはや転生前の成人女性の「私」だ。
コマチはいつも黒髪をきつくポニーテールにしている。
それを、何を思ったのかスルッと解く。
彼女の絹のような美しい黒髪が、惜しげもなく魅せられている。
こんな髪、見たことある。
確か、転生前に。和服が本当に似合いそうな、カラスの濡れ羽色……
「ディアーナ様がおっしゃっても、自分は自分の血から逃げられません」
「おい、コマチどうしたんだよ」
「ジークが言うことは当たっていますから、王宮を出て行けというのであれば従います…失礼いたします」
それだけ言ってコマチは席を立つ。
早歩きで部屋を出ようとする彼女は、唇を強く噛んでいて何かをこらえているみたいだった。
冷静沈着、頭脳明晰、料理以外は才色兼備。
そんな彼女がここまで感情をこらえている顔は見たことがない。
思いつめてるような、何かを吐き出したいのに止めるように。
とっさに私も席を立って、ドアに手をかけたコマチのワン一ピースの裾を掴む。
身長高いコマチに追いつくには、足のコンパス具合が違い過ぎて瞬全力ダッシュだったよ!
だって、今どんな声をかけても、聞いてくれない気がしたから。
ちょっと融通が利かなくて、頭がよくて実は気難しくて、誰かと仲良くなるのに時間がかかる分好きになった人にはツンツンしながら懐く彼女を。
今私が一番コマチに好かれてるのに、聞いてくれないなんてよっぽどだ。
「やめさせるわけないわ。コマチに渡した王族紋の入ったカメオは有効よ、あなたはわたくしのメイドでしょう」
コマチはこっちを向かない。
だからどんな顔をしているかなんてわからない。
でも、本人の気持ちがどうあろうと、ここまで信頼関係を築いてきた私の優秀な専属達を手放す気なんてない!
「明日はいつも通り仕事をなさい。……ちゃんと待ってるわ」
「……失礼いたします」
私の掴んだ裾は簡単に手から抜けていった。
そうだ、今の私は幼女だ。
専属のみんな、私が裾を掴んだって簡単に離せる。
いつも私が呼べば、裾を引けば立ち止まってくれるから忘れてた。
(どんなに心を掴もうと努力したって、物理的に頼りないんじゃちゃんと話してくれないのか)
こんなに無力感は何度だってある。
子供の体でできることも、大人に流されることも珍しくないから。
だけど、今回近しい人にされるとなかなか心に刺さった。




