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45話 自分の成長とは

彼女の練習はいつも見てきた。

ディアーナ様と共に練習されるから、自分が見ているのは当然だった。

だからわかる。

今、エラはターンがうまくいかずにヒールをさばけず転ぶ。


(やはり、うまくいかないか)


しかし、ディアーナ様はその瞬間、笑ったのだ。

口角をあげて、ニヤッと。

期待してしまう。自分は、ディアーナ様のそのお顔に弱いのだ。


(ああ、アンナ王妃もうまく事が運んだ時はあのような笑みを浮かべていたことがある)


それを見るだけで、何もかもがいい方向に運ぶ気がしてしまう。


果たして。

エラは転ばなかった。

それどころか、リードする男性がひときわ高くエラを支える腕を掲げたことで、浮き上がるような美しいターンになる。

彼女の青空色のドレスが、その一瞬ひらめく姿は周囲にどよめきを与えた。


(あのドレスだって、アンナ様のものなのに。どうしてそこまでディアーナ様は…!)


胸が焼かれるような感覚だ。

自分が仕えるディアーナ様の決定は絶対。これまでも、どんなに不思議だと思ったご指示も遂行してきた。

それによってディアーナ様の最上の利益となったことは誇らしい。

しかし、今回は。違うだろう。

アンナ様のエメラルドをディアーナ様にお付けした時は胸が震えた。

悲願が叶ったような満足感だったというのに。


(アンナ様のドレスに、ディアーナ様のガーネット。あの女に、ディアーナ様は何を見ていらっしゃるのか)


そんな思考を止めたのは、メイド服の裾を引かれる感覚だった。

目をやると、ディアーナ様がキラキラと輝く灰色の瞳を自分に向けてくださっている。

赤銅の髪とエメラルドを揺らし、自分の裾を引く姿は、いつもの大人びたものより年相応で、無条件に自分も顔が緩んでしまった。


「コマチ!見たわね?エラはやり切ったわよ!」

「はい、リードに随分と助けられていましたが」

「当然じゃない。だってあの男、ジークだもの」

「……え?」

「わたくしが不安の残るエラの相手を適当に決めるとでも?あれはジークの変装よ。会場内を探りたいって事前に言われていたから、ちょっと使わせてもらったわ」


今も優雅に踊りが終わった礼をしているあの薄い印象の男。

随分とジークと駆け離れているように思うが、ディアーナ様がおっしゃるなら本当なのだろう。

普段の顔がそこそこ華やかな分、確かにあの男だとは誰も気づかないはずだ。


「あの男は、そんなこともできるのですね」

「そうよ。なんたってわたくしがおじい様とおばあ様からいただいたんですもの」

「……ああ、そうでしたね」

「何を探っているかは聞かなかったけれど、アテナもついているようだから問題ないわね」


ワルツの輪は一度解放され、次の一曲が始まろうとしている。

エラは一人になったが、すぐにそこへメリーが彼女をディアーナ様のいるこちらへ誘導していた。

エラもメリーも、朗らかに笑いながらこちらへやってきている。


(二年で、変わったものだ)


ディアーナ様の専属使用人になって二年。

それは4人、いや、ディアーナ様も入れて5人の付き合いの長さでもある。


ジークはあまり好かないが、実力は確かだ。

自分より、頭脳も武力も何もかも上を行く。

いつも不要な煽りやからかいをするが、それすら本人の空気感が嫌味に感じさせないコミュニケーションになっている。


メリーはあんなに泣き虫だったのに、強くなった。

不思議な度胸は前からあったが、人見知りだったのに誰とでも会話ができるほど社交的になった。

王宮内であんなに避けられていたエラと信頼を築いたことは、ディアーナ様にとっても助かったに違いない。


アテナは相変わらず短気で無鉄砲だ。

だけど、最近は読み書きを覚え、ジークの護身術ではずば抜けた才能を発揮した。

ディアーナ様に名指しでジークと行動するよう命令を受けたのは、素直な彼女であればジークのように成長できると見込んだからなのかもしれない。


(では、自分は?)


ここ最近、ずっと胸にある自問自答がこんな時だというのに顔を出す。

二年間で、何か変化しただろうか。

それどころか、ディアーナ様のお考えに言葉を挟んでしまうような心を持つなど、さらに劣化しているのではないか。


「あ、ディアーナ様!エラさん連れてきましたよぉ」

「ご苦労だったわねメリー。エラ、うまく踊れていたわよ」

「ディアーナ様っ、あた、わたし、できていましたか」

「ええ。さあ、またご挨拶でしょうからわたくしのそばにいらっしゃい。それと、話すときはハッキリとね」


自分を除いた三人が会話を繰り広げているのをどこかぼうっと眺めてしまう。

いいや、いけない。

今夜は事前にジークとアテナはそばにいられないことを聞いただろう。メリーと自分がディアーナ様をお守りしないといけないのだから、気を引き締めろコマチ。


自分も三人の輪に入ろうとしたとき、横から大きな影が差す。

自分も、ディアーナ様もメリーも、エラもさっと一斉に影に目をやる。

黒の礼服に、金の肩章、アンナ様のエメラルドカラーを胸に刺繍した唯一の男性。

それは、無視できない、無視してはいけない存在だからだ。


「我と、踊れ。エラ」

「お父様…!」

「ディルクレウス陛下!」


陛下は、エラに向かって手を差し伸べられた。

ダンスに誘うのは男性から。しかし、陛下は話が違う。

特に、ディルクレウス陛下は積極的に踊る方ではない。

いつもは踊らないと格好がつかないからとディアーナ様と一曲踊るのみだった。


(なのに、この女を指名してわざわざダンスを申し込むなんて!)


目の前が真っ赤になる。

見ていられなくて、目を閉じた。

やめろ、やめろ、やめろ!


(そんなの、アンナ様がどう思われるか!)


ガシャーン!!!


思考に飲まれそうになった瞬間、会場内に何かが割れるような大きな音が響き渡る。

何事かと目を開けば、皆が一点を見つめていた。

一瞬のうちに会場が静まり返ると、何者かの大声だけがこだまする。


自分たちから直線距離10メートルほど先。

黄色のドレスを身に纏った令嬢が、ウエイターの運んでいたグラスを周囲にまき散らし、息を荒くしながらこちらを向いていた。


その目には、尋常ではない力をみなぎらせていた。

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