4話 私は城門をくぐる ~3人のメイド編~
スラムから30分くらい馬車を走らせた先にあるディオメシア王国の城は、中世ヨーロッパ系の豪華な城。
原作者として何度も想像して、ライラとして遠くに見える城壁を眺めていた場所が目の前に広がっている。
大きな門を抜けて、石畳を越えて、衛兵が常駐している城門を通る。
そんな私を見もせず、馬車に同乗していた2人の近衛兵は談笑している。
私だって話しかけないからありがたいけど、心臓はバックバクだった。
(バレてないー!ここまで危なげない!顔がっつり見られてるのに問題ないじゃん)
城に入った私を出迎えたのはメイド数人と執事二人。近衛兵はさっさと馬車を下りたら持ち場に戻って行ってしまった。
王宮内はクラシックなメイド服の女と、燕尾服を来た男。使用人が行きかう様子ばかりが目立つ。
ディアーナに挨拶をする彼らは、私をちゃんと見ることはなくすぐにどこかへ行ってしまう。
メイドはどこかよそよそしいし、執事はとても事務的。人は多いのに、王宮内が冷たい印象を受ける。
私がディアーナの自室に戻るまではメイドが付いていてくれたけど、何か言う前に有無を言わさず自室に連れていく感じだった。
もしかしてディアーナが手掛かりすぎてこんな対応になったとか言わないよね?
そして到着したディアーナの部屋の、どこか寂しい空気。
勉強する机と本棚、天蓋付きの大きなベッド、窓辺にも別で据えられた小さなテーブルと椅子が2脚。
(これが、ディアーナの部屋?さっぱりしすぎてる)
私が設定書に書いていたディアーナは幼少期から高飛車で派手好きだったはず。
赤も彼女が派手だったからこそのイメージカラーだった。物語開始時の15歳の彼女は、キラキラのジュエリーやアクセサリーを持っていて、所持品が少ないようには書いていない。
(本棚はたくさんの本がある。なのに鏡台には全然アクセサリーが入ってない、小物もあんまりない、部屋の中にド派手な置物なんかも見当たらない。なんだろうこの違和感)
私はあんまりゴテゴテしたものは好きじゃないから構わない。でも、ディアーナを演じるすればこれはあんまり放っておいちゃダメな気がする。
でもその前に。
大きな天蓋付きのベッドに横たわる。ベッドはふかふかで、至上の寝心地。
「つっかれた~ベッド気持ちい~」
生前ぶりくらいのベッドに一気に眠気が襲ってきた。
そのまま寝てしまおうかと目を閉じると、ノックの音が三回。
「ディアーナ様、部屋の清掃をいたします。一度出ていただけますか」
寝かけていて反応が遅れた。何とか体を起こすと、さっき私を出迎えたメイドがドアを開けたところだった。
ドアから顔を覗かせたのは、まだ年若い三人のメイド。
三者三様、印象が違う彼女たちはこちらが許可する前に部屋に入ってきた。
セミロングの色素の薄い巻き毛に丸メガネの気弱そうな子、背は低いけど私に似た赤毛のショートカットに日焼けした肌の勝気そうな子、そして背が高くて冷たい雰囲気漂う黒髪ロングストレートの子。
普通主人が許可したら部屋に入るもんじゃないのか?あまりにも自然に入ってきたぞこの娘たち。
気を抜きすぎたと私はすぐにベッドから起き上がるが、黒髪の子と赤毛の子はさっさと部屋の掃除をしだした。唯一巻き毛の子は私に近寄って心配そうな顔をしている。
「あのぅ、いかがなさいましたか。寝ていらっしゃるから、体調悪いんですか……?」
「へっ、いえ、なんでもないわ。ちょっと疲れたのよ」
私の返答を聞いていたのだろう、赤毛は「だったら作業の邪魔だから早く出ていきなよ」と呟く。
清掃はメイドの仕事だ、仕方ない。主人の前で仕事をする様子は見せないんだろう。早く出て行けよというようなイラつきを感じる。
「早く済ませなさいよね、頼んだわよ」
「はい、承知いたしました」
黒髪の機械的な声に送り出され、私は急遽時間を潰さなくてはいけなくなった。
大きな城の広い廊下に一人ポツンと放り出される。
妄想では何度も描写した城内だけど、さすがに作者と言えど初見のお城に一人はどうしたらいいかわからない。
ひとまず廊下を歩いていけば、大きな庭を望む窓の前。
色彩豊かな花が彩る、美しく広大な庭。国王が住む城の庭は、一部の隙もないほどに整えられている。
そして目についたのは、庭師が生垣を整えているそば。
東屋の中にいる貴婦人、私と同じ深紅の髪と、私とは違う緑の瞳を持つ人。
ディアーナの母、アンナだ。
完璧な王妃、国政にも口を出せるほどに賢く、しっかり者の女性。
コルセットを締めたドレスではなく、ゆったりとしたドレスを纏い、ストールを羽織る姿を見て、私は現在の年代を推定する。
(もう体調がよくなかったんだ。元気そうだけど、服がちょっと病人みたい)
なぜか?アンナは体調を崩し、半年後のディアーナ七歳の誕生日に亡くなっているからだ。
彼女が母と過ごしたのは六歳の後半まで。そしてディアーナの誕生月は冬だったはず。今の季節は夏なのでそれを考えると、大体アンナは体調を崩し始めたあたりだろう。
自分で書いておいてなんだが、悪役令嬢だというのにディアーナの人生を結構ハードモードにしてしまった気がする。
メイドに入れてもらった茶を飲むアンナは、どこか苦々しい顔をしていた。
なんだか落ち着かなくなり、つい癖で右手首を触る。しかし、そこに慣れ親しんだ固さはなかった。
(いつもしていた腕輪がない!)
こちらの世界の生みの母の形見で、肌身離さずつけていたもの。何かあればいつも触れていたお守りは、どこにもない。
スラムを出る時は持っていた。城に入ったときもつけているとバレるかと怖かったから外したけど隠し持っていた。
もしかして部屋で寝っ転がったときに落とした!?いいやそれしか考えられない!
急いで部屋へ戻る。
到着したとき部屋の扉がわずかに開いていて、メイドたちの姦しい声が聞こえた。
そして私は見てしまった。赤毛のメイドが私の腕輪を自分のポケットへ着服している光景を。
巻き毛も黒髪も、それを見ていながら何も言わない。彼女たちもグルか。
彼女の部屋に物がない理由がわかった。
金目のものを盗まれていたから。そして素人がパッと見て値段が付きそうなものだったからだ。わざわざ本を盗んで売る奴はいない。この世界は別に本が刷られていない世界ではないし、ディアーナの部屋にあったものは貴族の教養には必要でもメイドにはいらない知識ばかりの本だったから。
(私が部屋にいるのに清掃に入った意味も変わる。わざわざ主人をどかせるなら、いない時を狙って清掃に入ればいい)
思い返せば違和感はあったのに、直面するまで気づかないなんて鈍いぞ自分!
だが、すぐにハッとした。
(これは、使える―!)
口元がニヤケてしまう。これは兆しだ。
私がこの伏魔殿で生き残るための、決定的なきっかけだ。