36話 私とシンデレラの初対面
「あの、あたしやっぱり来るべきじゃなかったですよね。すぐに王宮に行けって言われて、いつの間にか来てしまってて」
しどろもどろになるシンデレラ……いや、エラはさっきから落ち着きがない。
豪奢なソファーに本当に座っていいのかと、もぞもぞ動きながら私を見つめている。
ここは謁見室を使うほどでもない、畏まらない場合の謁見をするときに使う応接室。
この国の王はほぼ王宮にいないから、よく使っていたアンナが亡くなってからは私専用になりつつある。
上品な柄の壁紙に、アンティークの調度品、キラキラしたシャンデリア。
きっと、こんな身なりのエラにはすべてが委縮するものでしかない。
汚れた布もボロボロの服もそのままに、堂々のどの字もない。
だけど、彼女の黒い髪に私と同じ灰色の瞳、自信がなさそうに伏せられた目は不思議な色気と清純さが共存している。
(やっぱり、私が作った通りの美女。この国を破滅に導く要因を作った傾国の女)
さて、私は今選択を迫られている。
ズバリ、彼女を『来るべき時まで捨て置く』か『今のうちに私の計画に組み込めるように距離を詰める』か。
専属使用人のみんなの時や、七歳の誕生パーティーやヴァルカンティアの交渉の時は確かに好き勝手考えながら進めてた。
でも、それは接してきた彼らが原作に大きく関わってないキャラだったか、原作に影響がないと思われるところだったから。
正直、自室で一人で考え込みたかった。
応接室まで通して、一対一で対峙する気なんてこれっぽっちもなかったのに。
玄関フロアで使用人たちが話していたヒソヒソ声を聞いたら、そんなことは頭から消えていた。
『貧民でも、陛下の名前が入った装身具を持っているんだぞ』
『これ、ディアーナ様が判断するのよね』
『王宮にいる唯一の王族だしな』
『それにしても、あの女と陛下ってどんな関係?』
専属じゃない使用人たちの邪推が止まらなかったあの場に、あのままエラを置いていたら誰が何をするかわからない。
私が今この王宮の最高権力だけど、メイド長や心無い使用人達に身柄が渡ったらどうなるか想像もつかない。
みすぼらしい彼女は、私がどうやったっていつかはこの王宮に来る運命。
だって、それが私の作った自作小説の始まりだから。
(エラが王宮に来るのを回避出来たら、国の崩壊は起こらないかもしれない)
でも、そうなった世界は私が作った世界じゃない。
原作知識は完全にゼロになる。でも、この国の崩壊は決められている。
そんなの、この世界で生きる私にとっては大黒柱を抜かれたようなもの。
「あの、あたしどうして王宮に来たのかもわからなくて。どうすれば…」
いつまでも黙っている私に、耐えられなくなったんだろう。エラが話しかけてきた。
こんなに美しくて、純朴で、素直で、自信がなくて。
そして、宿命を背負っている人。
「それはわたくしに言うことではなくってよ。あなたが自分で来たのでしょう」
「はい……今朝、知らない人に行けって言われて」
「それで来たっていうの?それに、あなたの持つお父様の名前が刻まれた装身具はどこで賜ったものかしら」
「これは、亡くなった母さんが持ってたもので。これも持っていけってその人が」
「知らない人の言うことを全部素直に聞いてここに来たっていうの?ここは、ディオメシア王国の中枢よ。一般市民が軽々しく来る場所じゃないというのは、わかっていらして?」
「そうですよね……なんで素直にここに来てしまったのか自分でもわからないんです。『従わなきゃ』って頭がいっぱいで…」
私の問いに答えながら、彼女自身も首をひねっていた。
なんとも要領を得ない。私は強烈な違和感を拭えなかった。
原作では、エラが自分の母の遺品を整理していた時に王族の印の入った装身具を見つけ、それを返却しようと思い立つところから話は始まる。
誰かに指示されてなんて描写を書いた覚えはない。
(原作が変わった?まさか、私が転生して引き起こしたことで細かな部分で原作乖離が生まれてる?じゃあどうして不自然に出来事の発生が前倒しされるの)
考えることは多いけど、今はそんな場合じゃない。
エラを何とかしないといけない。
彼女自身と相対してみて見てわかったことがある。
彼女は、嘘をついていない。そして、私に対してしっかり応対できる。
自分より5つ以上は下だろうはずなのに、口調の乱れはあれど敬意をもって話せる一般市民。
そう、シンプルに、人がいい。
なるほど、こうやって彼女に惹かれていく。
自分が作り上げた主人公だけど、ここまで魅力に溢れていたとは。
(さすが「シンデレラ」。愛される要素揃い過ぎ、対面するとさらに感じる)
どうせ、彼女は王宮に来る。それがなんでか半年早まっただけ、と来れば私がとる行動は一つしかない。
私は、使用人を呼ぶベルを鳴らした。
出てきたのは、私の部屋にエラの来訪を伝えに来た黒髪ショートカットのメイドだった。
「わたくしの専属たちをここへ呼びなさい。そして、わたくしとエラの分のケーキを持ってこさせて。紅茶はジークかメリーに淹れさせて」
「ディアーナ様、専属に頼まずともこちらで手配しますが」
「わたくしのメイドと執事は私の意図したところがわかるの。わかったら早くして」
ちょっと何か言いたげだったけど、メイドはすぐに下がった。
私が存在感を見せ始めてから、こんな感じに専属じゃなくて自分にと売り込んでくるような使用人が多くて困る。
ディアーナという王女で後継者にすり寄りたいのはわかるけど、こちとら誰かに認められる前からの4人のほうが大切なんだわ。
「さて、エラと言ったわね?悪いけど、今日あなたをどうするか決めるのは無理。お父様の名前が入っているのだから、確認をしないといけないもの」
「ですよね…あの、打ち首にはならないですか?」
「さぁ?でも、あなたなら問題ないかもしれないわね」
だって、あなたディルクレウスが後妻に据えようとするはずだから。
それが原因でこの国は揺れ始める。
しかも、彼女はただの庶民じゃない。それが余計に……
コンコンコン
礼儀正しくノックが三回。
返事をすると、コマチを先頭に4人は入ってきた。
メリーの手にはヨーロッパ調のトレーに二切れのショートケーキ。ジークとアテナとコマチが手早く私とエラのためのお茶を淹れ、セッティングをしていった。
「イチゴのケーキよ。一緒に食べましょう?甘いものはお好きかしら」
「ぁ……はい。大好きです」
本来、王族がいきなり王宮に押し掛けた庶民と同じテーブルで、しかも自分と専属使用人と食べようとしてた物を与えるなんて考えられない。
でも、これは先行投資。
「見ず知らずの庶民の自分にも良くしてくれた」という記憶を彼女に植え付けるためのもの。
久しぶりに食べたショートケーキは、打算の味がした。




