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31話 私の初めての感情先行

クッキーの味がしない。

紅茶の味もしない!


(完全に試されてるじゃん安心できるか!)


緊張の最高潮は今だった。

ハイネとアニータが見下ろしている中、若干うつむいた私は、背中にびっしょり汗をかいている。


サインの拒否をしたことを、強く抵抗されなかったのはよかった。

いや本当に良かった~!

軍事国家の宰相と女大将だよ?

知力と武力の最高峰を前に拒否なんてしたら、くいっと存在消されるかもとか考えてたんだから!


でも、まだ交渉が終わってない。

お茶会だと聞いて一瞬安心したけど、国の大幹部が「なんでも願いを叶えてやろう」なんて。

そんなの返答間違えたら即・THE END!

だけど正しく答えられたらこれ以上ないチャンス到来!


頭を使いすぎてさっきからクラクラする。

糖分が足りないのかとクッキーをかじっても、全く効果はない。


(私は今何が欲しい?)


お金?国庫にはあるし、ヴァルカンティアにお金で借りを作るにしてはシビアすぎる。

土地?そんなの将来ディオメシアとヴァルカンティアの関係悪化したときに荷物でしかない。

名誉……は要らないな。実績のない名誉なんて張りぼてにもならない。

一番のものは武力だけど、私の一存で何十人か軍隊なんて送られたらディルクレウス……父王にどう睨まれるか。


(必要なのは力、そしてこの国を私が動かすための何か。両方もらえて、かつ受け取りすぎにならない答えは)


正直ほしいものはありすぎる。

でも、社会人を経験した日本人として上司からの「ご褒美」なんて素直に受け取りすぎるとかえって厄介だと身に染みている。

あえて手の届きやすくて、ちょっと印象に残るくらい珍しくて、相手がそこそこ簡単に用意できそうな範囲にしないと。


あんまり簡単に手に入るものだと、相手に軽くみられるから侮られる。

でもハードル上げすぎると「あれだけのものを与えたんだから、仕事もっと頑張ってくれるよね?」みたいな圧かけられて社畜まっしぐらだったんだから!

私が構築した世界なんだから「なんでもあげる」がそんな甘いだけのわけがない。


(考えろ。国のトップがすぐに用意できそうで、でもちょっとだけ骨が折れるくらいのもの!)


そしてたっぷり考えて、目の前に座っていたジークと一瞬目が合った。


ピーン!!

と。人ってひらめいた時に本当にこの効果音がするんだ、なんてくだらないことがよぎる。

けど、確かに思いついた。

これなら私が欲しいものが手に入る!


「おじい様、おばあ様!わたくし、ジークが欲しいですわ!」


ハイネもアニータも目を見開いている。ジークはリアクション芸人ばりに椅子から立ち上がっていた。


「なぜだ?もっといいものをお前には用意できるんだぞ」

「だって、ジークはすごいでしょう?それに、お母様の弟みたいってことは、おじい様みたいに頭がよくておばあ様みたいに強いのよね?

わたくしもそうなりたいから、ジークには先生をしてもらうの!おじい様みたいに賢くなれば、お母様の願った通りにわたくしがこの国を変えられるわ!」


ジークは私が作った技術はピカイチスーパーマン。

それにヴァルカンティア随一のスパイ。何年もこの国で潜入するほどの振る舞いと頭脳と、アンナを助けた武力を持った人!

私の近くにジークがいれば、これからの動きがぐっと楽になる。


「ジークは私が仕込んでハイネが鍛え上げた強者。だが、易々と判断はできないんだ」

「どうして?ずっとわたくしの国にいたのに、ダメなの?ヴァルカンティアにはたくさん強い人がいると聞いていますのよ」

「そんなに欲しいなら別の兵をやろう。もっと見目麗しくて優しい、不遜な態度をとらない者を」

「イヤ、ジークがいいの。わたくしをからかっても、思い通りにならなくても、クソガキって言ってきてもよ」


アニータが私を宥めようとするけど、それは聞き入れられない。

だって、彼がいい。

アンナを特別に思っているから、娘の私を簡単には裏切らないだろう彼がいい。


「は~……ディアーナ様、俺にそんなにいじめられたいんですか?教え方はかなり厳しいですよ。きっと泣かせてしまいます。

それで『気に入らないから打ち首だ!』なんてわがまま言われたら、俺は泣いてしまいますよシクシク」


ため息をついて、わざとらしい泣き真似をするジーク。

わかってんだぞ、目笑ってるし私を試してるな!?

だったら私はあくまで子供らしく、祖父母の了解を得るためにお前を説得するのみ!


「わたくしそんなことで怒らないもの!お母様のお願いを叶えるために、立派な王女になるんだから!」

「いやいやダメですよ。俺は凄腕なんです、いくらディアーナ様でも許可が下りるわけありませんよ」

「お二人ともなんでも叶えるって言ったもの!だったらわたくしはジークが欲しい。お母様を大切に見守っていたジークがいい!」

「全く、まさか誕生パーティーの前に俺に声かけたのもそんな理由ですか?」

「そうよ!何か文句があるかしらっ!」

「最近おとなしくなっていたのに、またわがまま王女の癇癪ですか?」

「ジークがいいのっ!!!」


小さな手を膝の上でぎゅっと握りしめながら、ジークの売り言葉に買い言葉の応酬。

大声で言い返していれば、自然と涙が出てきてしまう。これじゃただの駄々っ子だ。

スラムではこんなに感情をむき出しにするようなことはなかった。

だからなのか、叫ぶことで幼女の体に精神がちょっと引っ張られてるのかもしれない。


(どうしよう、全然冷静に話し合い出来てない!このままじゃ呆れられちゃう)


こんなところで失敗するわけにはいかないのに。

失敗の二文字が頭の中をぐるぐるして、さらに涙が出てくる。

ここまでうまくできたのに。どうしてこんな重要なところで冷静になれなかった?


呼吸が乱れて、うまく息が吸えなくなっていく。

心臓が掴まれたようにぎゅっと痛くなった。


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