30話 俺、そんな対応みたことないんだが?
ディアーナはアンナ様に似てるし似てない。
生まれたときからたまに目をやって、宰相殿に報告をしていた俺だからわかる。
見た目は多少アンナ様譲りだが、あの頃のアンナ様はもっと武人のように凛々しくあろうとしていたと思う。間違いなくアニータ様の影響だ。
対して、ディアーナ様は子供っぽい。そして自己主張が激しい。
中身の似てなさ加減は、遠目から見ていた俺も納得するほどだった。
なのに、最近じゃちょっと賢くなったのか、専属メイドをつけたり俺に接触してくる。
確かに、誕生パーティーの最中にアンナ様へ暗殺しかけようとするバカが本当に現れたことには驚いた。
だが重要人物の暗殺を大勢がいる中で行うなんて、ある意味常套手段。
いざというときに大人の力を借りないといけないほど、クソガキなれどちっさい女の子だ。
だったはずなのだが、まさか宰相殿相手にこんな手に打って出るとは思わなかった。
(おいおい、こんなにかわいいぶりっ子今までしたことないだろ王女様。孫とはいえ、厳格な宰相殿だ。狙った相手との交渉では譲ったことのないお人なんだから、そんなんで何とかなるわけが)
「そうか、ではこの約束書は破棄にしよう」
(宰相殿ー!?)
おっといけない。ついつい顎外れるくらいの顔をさらすところだった。
手で口元を押さえ、いつもの表情を目元だけでもキープするんだ俺!
こんな顔アニータ様に見られたら死ぬほどからかわれて、それをネタに5年は笑われ続けるに違いない!
「いいのか?あれほどディオメシアに介入できないか考えた末の約定書だったろう」
「そうだが……」
「おじい様、わたくしがサインしないから怒ってらっしゃる?」
「全く問題ない。難しい話をしてすまなかったディアーナ」
アニータ様がいうのも無理はない。あの約定書は、正式な国の文書として用いられる紙で作られていた。
しかも、アニータ様の口ぶりでは相当に練ったものなのでは?
昔、交渉で有利をとれなかった俺を「理解が足りないな」と学問でよ~く『かわいがって』くれた宰相殿が、サインしなかった相手に向かってわずかに微笑んでいる……だと!?
孫のしょげた顔にそれほどまでの力があるというのか。
(孫パワー凄まじすぎるぞ!もはや誰だあれは!)
「ジーク、百面相をやめてこちらに来るといい。話は終わった、茶にしようではないか。お前も座りなさい、笑うんじゃないよ」
「んぐっ…笑ってはおりません。ですが俺のようなものが同席するわけには」
「何を今更、お前はアンナの弟みたいなものだっただろう。四人で我が娘を悼む茶会だ」
「俺はアンナ様より二つ年上のはずなんですがね」
「それでも弟だ。早く来なさい」
アニータ様は俺を鍛えてくれた師匠。
断れるはずもないので俺も同じ席につかせてもらう。
アンナ様がディオメシアに嫁入りする前はこうやって同じ机を囲んだものだが、まさかアンナ様の席が彼女の娘になるとは。
空気は随分と軟化していて、さっきまでのあの緊張感はどこにもない。
「そうだ、ハイネ。ディアーナに何か贈り物をしたいんだが、いいか?」
「宰相の俺から贈ると、国家間のいざこざが起きかねないんだが」
「ここだけの話にすればいいさ。ディアーナ、何か欲しいものを言いなさい?おじい様とおばあ様がなんでも叶えてやろう」
「……ふむ、悪くないな。全部とは言わないが叶えよう。己で約定を判断できた褒美も兼ねてな」
孫可愛さで、空気が甘ったるい気すらしてくる。
確かにアンナ様には甘かったお二人だが、彼女自身が甘やかされることが嫌いだったためにこんなやり取りは起きていなかった。
だからここぞとばかりに猫かわいがりしている。
戦争だの国家運営だので遭いたくても会えなかった孫だったのは知っている。
だから余計な茶々は入れない、入れたら俺にいらぬ矛先が来るからな。
これは完全に孫を可愛がりたくて仕方ない祖父母の図だ。
(さぁどう出る王女サマ。この二人の『なんでも』は本当に何でもだぞ)
自国の不利益になるかもしれない約定を、たまたまでも避けられたのは及第点。
本当に試されているのは「自国の利益になるだろう相手の提案をどう受けるか」だ。
昔、相手との交渉を宰相殿に叩き込まれた時に叩き込まれた事。
『自分の不利益は跳ねのけられて当然、自国の利益になる選択こそ難しいものだ』
『どうしてです?貰える分だけ貰えばじゃないですか。利益なのですから』
『甘いぞジーク。利益に飛びついて、その場で利を取りつくしてはいけない。なぜなら……』
(相手が余裕をもって差し出せる利益を長期的に出させることが、結果として大きな利を生むから。そう、宰相殿はおっしゃった)
つまり、ここでわがまま王女様のデカすぎるお願いをすれば、今上がっている宰相殿の評価は下がるだろう。
大事なのは、相手を慮っているように見せかけて長期的な利益を得る事。
やはり宰相殿。孫に交渉のイロハがわかっているか、さりげなく試していたのか。
(ま、この猫かわいがりなら孫として見放すことは想像できないが)
祖父母に微笑まれ、挟まれ、頭を撫でまわされる王女。
こんなに純粋にかわいがるのは、アンナ様くらいなものだったから困り顔だ。
アニータ様が用意したハーブ入りのクッキーをちまちま食べて、考え込んでいる。
そしてたっぷり数十秒黙ってから、俺の顔を見て話し出した。
「おじい様、おばあ様、あのね……」
俺は、この時の彼女の決断を今でも最悪に覚えている。




