3話 私はドレスを着た
シー先生と大人たちが喋る声だけが、だんだんと耳に入ってくる
「なあ、みたか?」
「見た。あんなに似ているとは」
「おう、まるで同じ人間だ」
私の腕を、スラムのお姉さんたちが掴む。でも、思ったよりその手は優しい。お姉さん達は、男たちから見えないように私の服を脱がせると豪奢な赤いドレスを差し出した。
赤いドレス、そう。さっき亡くなったディアーナのものだ。
「そのドレス、さっきの」
「ライラちゃんごめんなさいね」
お姉さんの一人が、突然私の髪を切った。
ざっくり切られた髪は、素早く整えられていく。さっき自分で雑に切ってしまったところも、その場所がわからないくらいに綺麗になった。
その間に、別のおねえさんは水で濡らした布で少しの汚れもないほど体を磨いていく。
土埃も、転んでついた傷も丁重に拭われた。
まさかとディアーナの方を見れば、そちらも別のお姉さん達に整えられていた。私がさっきまで来ていたボロのスカートを着て、わざと土で肌を汚されている。
「あなたは頭もいいし、立ち回るのもうまい。きっとうまく騙せるはず」
「ちょっと待ってよ!何言ってるの?何をだますって?」
「もう決まったのよ。みんなの……あなたのためでもあるの」
身支度の整った私の前に、シー先生がやってきた。
神妙な顔をして、歯を食いしばっている。
「ライラ、お前には辛いことをさせる。スラムを維持するために、お前はこれからあの王女として生きろ。そのためならスラムを挙げてサポートする。国を、すべてを騙してスラムを生かしなさい」
「私が、王族に!?」
薄々気づいていたが、まさかの現実をはっきり口にされると頭は真っ白だ。
なぜそんな案が出たか?それは、私の外見がディアーナにそっくりだから。
同じ輝く赤い髪、灰色の瞳、同じくらいの背に体格、おまけに年頃も同じで幼女らしい高い声。しかも顔立ちがそっくり。
しかも今は同じ髪型にされたものだから、さらに似ていてドッペルゲンガーみたいだ。
世界には同じ顔の人が三人いるというが、まさかの王女と同じとは運がない。
小さいときからライラの顔が整っているな思っていたが、こうなる伏線とは作者である私にもわからない。
「無理だよ!バレるに決まってる。そしたら私、処刑間違いなしだよ!ひどい!!」
「いいや、お前ならできる。頭がいいお前を、ずっとスラムにいさせるのは損失だ。だから、広い世界を見てきなさい。スラムにいても、希望はない」
そう言われた時、私の脳に雷が落ちたような衝撃が走った。
私のこれまで目標にしていたものをあっさり覆すような、そんな決意。
(これはチャンス……王族として直接介入すれば内戦も防げるんじゃない!?王宮の伏魔殿だって、原作者の私なら生き残れる可能性大きすぎるし!)
私の心情を置き去りに、遠くからディアーナを呼ぶ仰々しい声が聞こえてくる。
遠目から見た声の主は、上等な衣と鎧に身を包んだ二人組。もしかすると王族付きの近衛兵かもしれない。
大人たちが私を守るように、いや「ディアーナを守るように」囲む中、私はその人壁をすり抜けてディアーナの元へ進んだ。
(覚悟しろ私。決めろ私!流されたけど、ここからは自分でやるしかないんだから)
困惑するみんな、私を見つけて安心する近衛兵。
その面前で私は、ディアーナの頭を踏みつけた。
「この貧民が!私に向かって汚い口を叩いた報いよ。スラムの奴らが殺してくれて清々したわ!」
きっと私は死体蹴りをしている常識のない子供に映るだろう。でも、ディアーナのイメージならこうするのが正解のはず。
私は人物の機微を書いて人気を博した作家だった。自分が生み出したキャラクターは書く密度の差はあれど、キャラクターシートを書いて綿密な作品作りをしていた。
それによるとディアーナは幼少期から気が強く、絶対に舐められることがないように尊大に振舞っていた。
私の行動にスラムのみんなはドン引きしていたけど、近衛兵はやれやれと呆れている。これは当たった!
「こいつらはわたくしがコイツに絡まれているのを助けたの。だからもう用済みよ、さっさと帰りましょ!馬車はどこなの、早く!」
スラムのみんなに背を向けたとき、私は覚悟を決めた。
絶対にこの国を立て直す女王になってやる!!!
なぜか?スラムのみんなのため?いい生活を自分が送るため?
どれも違う。いや、確かにそのためもなくはないけど。
何が何でも生き延びるためだ。
私の物語ではディアーナは19歳のときに父である国王の悪政によって起こされた革命により、断頭台で処刑される。
つまり、現国王の治世のままでは私の寿命は十数年。
タイムリミットは十年はあるはず。自分で作った死を絶対に回避するために。
私は、私のために。この世界の創造主として幸せifルートを創る!
「ではごきげんよう、スラムの皆様」
みんなに向かってドレスを摘まみ、膝を折るカーテシーをした。
短かったけど、大好きな私の故郷に。
そして私は馬車に乗って高い城壁の城に入る。
私が作り上げた、愛憎情念渦巻く魔窟へと。