27話 私と東屋の客人
「ディアーナ様は、人が死ぬのを見るのは初めてですか?」
「だったら、何が言いたいの」
「母が死んだというのに、随分と淡白に見送られていると思ったまでです」
「あなたも似たようなものじゃなくって?」
「ははは、全くアンナ様に似てクソガキでいらっしゃる」
アンナを埋葬した後、参列者はそそくさと帰っていった。
長居されても困るしそれはいい。
でも意外だったのは、この後の王族の進退について誰も口にしなかったこと。
下世話な後妻についてはもちろん、私への不信感や、今後の不安感を口にしない。
しかし、私のほうをチラチラ見る目線は変わらなかった。
「演説が効いたんじゃないですかね。俺から見てもいい内容と演出でしたよ」
「あなた、あの場にいなかったじゃない。どうして知っているの」
「有能なスパイですので。秘密です」
美しい夕焼けが庭を染めている。
埋葬が終わった頃には空がオレンジがかっていた。
今時期は日が短い、んでもって寒い。
ぶるっと震えた私に、さりげなくコートがかけられる。
「女性に冷えは大敵です。どうぞ」
「ありがたいけど、わざわざ寒い庭に連れ出したのはあなたなのよ。原因はあなたね?お分かりかしら?」
「まーまー!これからが本題なので。ほら、見えてきましたよ、あの東屋でお待ちです」
「本題って何よ。わたくしに何をさせたいの」
「警戒しないでください。ただディアーナ様に会いたい方がいらっしゃったので、秘かにお連れしたまでですよ」
「だからそれが誰なのって聞いているのだけれど?説明くらいすべきだわ」
「あ、いらしている。さあ、行きましょう」
「ちょっと!」
東屋にはすでに人がいた。
優雅にティーカップを傾けて、話し合っている様子が見える。
そこにいたのは、50代くらいの男女。関係性はわからないけど、柔らかな空気が「夫婦感」ある。
老夫婦は黒い葬式用の装いだけど、二人の着ている服のデザインはあまりディオメシアでは見ないものだ。
フリルはなく、直線的なプリーツが特徴のスタイリッシュな黒いドレスの婦人。
シャツに黒いジャケット、そして彩度の低い赤の糸で胸元に刺繍が施されている喪服の男性。
そして、夫人の髪の色は私が毎朝自分で見ている色と同じ赤銅。
まさかとジークを見上げれば、彼は一瞬私に目配せした。
「宰相殿、奥方。ディアーナ王女をお連れしました」
ジークの言葉に、夫婦はゆっくりと私のほうを見た。
だが二人が席を立つことはないし、会話もやめて黙って私を見ている。
「お前のほうから来い」という意思表示だろう。
初対面の相手だ。でもジークが庭師としてじゃなくて、正装で出迎える相手。
(となれば、この夫婦は相当偉い人。誰だっけ、キャラクターをたくさん作ったけど見た目を作ってないキャラは結構いるんだよな~)
夫婦の詳細はわからないけど、私がしっかり挨拶をするべきなのは変わらない。
七歳とは言え、ディオメシアの後継者になれる王女にこんな態度がとれる相手は立場上多くない。
この二人は、間違いなく今後に関わってくる重要人物のはず!
「ディルクレウス王とアンナ王妃が娘、ディアーナでございますわ。ジークにわたくしを連れてくるよう指示されたのは、あなた方でしょうか?」
ドレスの裾をしっかり持ってカーテシーをする。
そんな行動を、二人はじっと瞬き一つせずに見ていた。
ティーカップを手にしたまま、じっと見られているとすっごく居心地悪い。
そのままたっぷり30秒は経ったと思う。
(何か反応してくれない!?何か私からの言葉待ちかな。でもこんな人たち、初対面だし何を言えばいいの)
助けを求めるようにジークを見上げれば、ジークも私に何か反応を求めていたようでばっちり目が合った。
でもそんな察してなんてできるわけがない!なので、もう思い切って口を開く。
「失礼ですが、お名前を伺っても?わたくし、このジークから何も聞かされずここに誘導されたのです。ジーク、あなたがご紹介してくださるのが筋ではなくて?」
「えっ、本気ですか?ご自身で気づいてほしかったんですが。アンナ様から何も聞いていませんか」
「聞いていたら、このような威厳のある方々をちゃんとお迎えできるように準備もしたわ。わたくしのことを馬鹿にしてるわね?」
「いえいえ。頭の切れるクソガキのディアーナ様ですのでご存じかと」
「わたくしをからかうのはおやめなさい」
「前より返しに勢いがないですね。緊張されていますか」
「お客人の前でしてよ?ジーク?」
ジークがいきなり完璧優男の仮面を投げ捨てて煽ってきたので、言葉には気を付けつつ返していたらさらに煽り返された。
この重要人物っぽい人たちの前で醜態はさらしたくないってのに!
しかも優雅にお茶飲んでた男性のほうが少し肩を落としちゃってるし、夫人のほうは笑いこらえてるじゃん!
(全く読めない。この人たちは誰?)
私が本当に困惑しているのがわかったのか、笑いから立ち直ったらしい夫人が話し出した。
「ジーク、無理もないわ。この子に会ったのはまだ赤子の時で、アンナは私たちの肖像もすべて持たずに嫁いだ。
それで理解せよというのは無理な話。この子が真に王族であれば応対相手を間違える最上級の無礼を避けるのは必至よ」
そう言って老婦人は立ち上がり、私の右手を取ると軽く握った。
七歳の子供相手に、対等に接しようとする証みたいな握手。
私を見下ろすその瞳は、見覚えがある美しい緑で……
そのときピーン!とひらめいた。
アンナと最後にした会話、来るのが遅れることになる客人、私を知りながらこの国の貴族ではない者。
容姿は全く設定してなかったからわからなかったけど、彼らは設定だけを考えていた存在だ。
本編どころかスピンオフも考えてなかったけど、今のディアーナにとっては味方につけるべき重要人物!
私は合点がいきましたとばかりに目を見開いて、驚いたようにする。
「もしかして、ヴァルカンティアのおじい様おばあ様ですか?」
「そうだ。私はお前の祖母のアニータ、そしてそこで今お前の言葉を聞いて元気を取り戻したのが、ヴァルカンティアの宰相でありお前の祖父ハイネだ」




