24話 語り継がれる葬式
王妃の死から二日後
昼間の太陽が差し込んでいるのに、雨音が響く中葬儀は執り行われた。
場所は王宮内の教会。
祭壇を彩るステンドグラスが光を受けて、花に囲まれた赤銅の髪を持つ王妃を照らす。
穏やかに目を閉じる彼女の美しさは、彼女を慕う専属使用人たちによって拵えられた愛の結晶と言っていいだろう。
「信じられん、あんなにお元気だったのに」
「でも舞踏会でも踊らずにいたから具合でも悪かったんじゃ」
「どうするというのだ、ヴァルカンティアとの同盟は。ディオメシアはまだ敵が多いのに」
「それより、次の王妃だろう。王女一人しかいないというのにこの先どうなる」
「王女の相手を立てるより、先に王妃を立てたほうが得策か」
しかし、そんな彼女の葬儀だというのに貴族たちは口さがない。
ほんの数日前に行った王女のパーティーでも変わらない、自らが得をしようとする姿勢。
だが、その不謹慎さが前面に押し出されているのは理由があった。
王妃の棺の傍、専属の使用人たちすら立たせてはもらえないその場所。
故人に近しい者が座るその席にいるのは、七歳になったばかりの王女のみだった。
本来その場所にいるべきもう一人、このディオメシア王国の長の姿はない。
黒いドレスにベールを被ったディアーナ王女は、姿勢正しく参列者を眺めていた。
「妻の葬儀に来ないとは。いったい何が」
「知らないのか?アンナ王妃とは政略結婚だろ、愛なんてものない」
「可哀そうに。たった一人で母親の葬儀なんて」
遠巻きなその言葉に、ディアーナ王女は全く反応せずに静観する。
時折王女に直接その言葉を浴びせる者がいたが、それすら無反応。
教会内の椅子を参列者が埋め尽くした頃、王族紋が入ったカメオを胸につけた黒髪のメイドが彼女に声をかけた。
「ディアーナ様、そろそろお時間です。」
「わかったわコマチ。メリーとアテナは?」
「メリーは王妃の専属達と一緒に。アテナは……少々立て込んでおりますが問題ありません」
「じゃあお母様の専属使用人たちも教会内へ入れなさい。首尾は?」
「上々かと」
「じゃあ下がって」
コマチと呼ばれた彼女が離れると、王女は祭壇の前に立つ。
この葬儀に司祭はいない。王族の葬儀は、王族の家族が始祖であるディオメシウスと祝福を下さった神に向けて祈りを捧げるのが習わし。
ディアーナ王女も母の死を悼み、手元に開かれた故人を送る「旅立ちの書」を読み上げていく。
「この国を栄華に導き、王族に使命を与えられた始祖と神よ。ここに、第14代国王ディルクレウスが妻アンナの旅立ちを認め、王族としての祝福から外れゆくことをお認めください……」
長い長いその言葉の間、貴族たちはさすがに黙ったままだった。
彼らにもそのあたりの分別があるようだ。
ディアーナ王女の祈りは5分間続き、旅立ちの書を閉じて参列者を眺めた。
祈りの後は、参列者へ言葉を残すのが決まりだ。
小さな子供が何を言うのかと、気が抜けている貴族の耳は眠たげに閉じようとしている。
だが、それを許すほど王女は穏やかではない。
彼女は喋りすぎて喉が渇くだろうと置かれた水の入ったガラスのコップを、大理石の床に思いっきり叩きつけた。
ガシャーン!!!
甲高く、耳障りが極めて悪いその破壊音は参列者の意識を叩き起こす。
誰もがいきなりの行動に目を丸くして王女に注目する。
それを満足そうに見つめると、王女は話し出した。
「『うっかり』カップを落としてしまいましたわ?皆さま、ごめんくださいませ。まだ七歳で、お話を聞いてもらえないと緊張してしまいました」
そう言う彼女の顔は冷たく、笑いも悲しみもない。
そのまなざしは、恐王ディルクレウスを彷彿とさせる。小声で何か話していた者たちは、背筋に冷たいものを感じて口をつぐんだ。
「皆様ご存知のとおり、お父様…陛下はいません。それは彼にしかできない戦の仲裁や、経済的安定のための交渉を行っているためです。なので、この度七歳を迎え、正式に後継者として名乗人を許されたわたくし、ディアーナが見送りを任されました。それを崇高だと理解し、参列してくださったであろう『多忙な王を支える忠臣の皆様に』敬意を…」
その言葉遣いは、七歳の子供とは思えなかった。彼女が行ったのは、まず母親の葬儀をそっちのけで口を動かす無作法者への警告だ。
数ヶ月前までわがまま王女として有名だった彼女とは思えぬ牽制。
二日前のパーティーでは両親に守られ、ただ立つのみだった幼子とは全く違っていた。
「わたくしは、7歳にして母を亡くしました。皆様の中には、それを憐れみ、新たな母となろうかと考える方がいるでしょう。……しかし、それはおすすめしません」
自分達の考えが王女に筒抜けだと知った参列者は、一気にまたざわめき出す。
しかし、それもまたディアーナは想定済みだったように手を振り上げる。
パァン!!
木の台は派手な音を立てて、真っ二つに割れてしまった。
決して幼子の力で壊れる代物ではない。
それが強く叩いただけでおしゃかになった。
「……脆くなっていたのね。でもよかった、もう物は壊したくなかったの…静かにしてくださってよかったわ」
彼女を見る目が変わった瞬間だった。
子供だと言うのに桁外れな力。そして、大人を黙らせる視線。
それはまさしく、アンナ王妃と恐王の血。
満足そうに頷く子供は、つらつらと話し始めた。
「お母様が亡くなったことでヴァルカンティアとの今後は不透明、後釜に据えられる程に友好的な同盟国も今はなければ、『王自ら動かなければ』と思わせてしまうこの国の体勢の中、貴方がたが王家の縁戚に入ったところで先は闇です」
そして一度言葉を切り、ディアーナはベールを脱いだ。
彼女の王妃譲りの髪と眼差し、父親と同じ瞳の色が、参列者を射抜く。
「なので、わたくしは約束しますわ。お母様がわたくしに『この国を救ってくれ』と今際の際に託された願いを、叶える」
誰ももう喋っていない。
彼女のまっすぐな瞳、強い力、弱冠7歳で大人を前にした振る舞いに、感動が生まれていた。
そしてちょうどその時、ステンドグラスを背にする彼女の頭上に太陽の光が差し込む。
「口に出せば綺麗事なのはわかっていますわ。でもわたくしは、アンナ王妃に誓います。民も、貴族も、皆を救う。皆が今よりもっとこの国を愛せるように。わたくしには、それを実現できる力と、背景と、頭脳がある……足りないのは時間だけ」
何かをこらえるように下を向いて、だが唇を噛み締め再度前を向く。
彼女の目は少々潤んでいた。
「だから、わたくしに期待なさい!貴方がたが王室に入るために使う金、物、頭脳全てわたくしに預けなさい!……わたくしは、この国のために今から戦うのだから」
ほろりと涙が一筋流れていく。
それは、太陽の光、ステンドグラスの色彩、雨の音に囲まれて息を呑むほどに神々しい光景。
「……わたくしからは以上ですわ。お聞きくださって、ありがとう」
王女はその言葉を最後に壇上から降り、教会を出ていってしまった。
誰もそれを止めることはできず、黙ってそれを見届けた。
教会の端で、それを見届けたアンナ王妃の専属メイド達は涙をこらえていた。
この演説は伝説の葬儀宣言として後の世に語られ、王女ディアーナを語る上で始まりのエピソードである。




