205話 私が信じた光
どうすればいいんだろう。
いつもどうしてたっけ。
そうだ、落ち着かせるんだ。
昔エラちゃんにやったように、今もいろんな人の話をちゃんと聞くためによくやってること。
背中を撫でて、呼吸を整えさせて、とにかく早く!
私も行かなきゃ。
何もできないかもしれないけど、ディアーナ様のそばに!
「メリー」
「ジークさ、イタッ」
立ち上がろうとした私のほっぺに、何かが当たってテーブルに落ちた。
驚いて見ると、それは私が焼いたクッキー。
視線を上げれば対面に座るジークさんが、唯一動く左手を構えていた。
(もしかして、手が届かないからクッキー投げたの?)
ジークさんったら、声かけてくれればいいのに!
「お、お行儀悪いですよ」
「落ち着けと言いたくてつい。大丈夫ですよ、座って待ちましょう」
「でもディアーナ様が」
「いつまでも七年前のままではないですよ。コマチとアテナだって、偽物を何とかできます」
「でも」
「余計なお世話です座ってなさい」
アテナとコマチちゃんは、少なくとも人との対話とか、落ち着いて話をさせるのがあんまり得意じゃなかった。
だからいま行きたい。
でもジークさんの言葉に、刺さるものがある。
優しいようで、本当にやめろって言ってるのがわかる。
だって、顔怖いもん。
ご飯貰ってない野犬みたいにギラギラしてる。
(でも、このままじゃ)
痛々しい、何かを考えるディアーナ様を見ていられない。
だけど、それはすぐになくなった。
アテナが、ディアーナ様に歩み寄って乱暴に肩を掴む。
そして、強引に目を合わせた。
「勝手に暴走するな」
「離して!」
バチン!
ディアーナ様が抵抗した直後、痛そうな音がする。
私も思わず「うわっ」って声が出た。
ジークさんは声だけで「ははっ」って笑ってるけど。
ディアーナ様が痛そうにおでこを押さえ、痛みに耐えていた。
「アテナ、あなたデコピン……」
「デコピン?なんだそりゃ。あたし得意の指弾き、痛ぇだろ」
「随分、ディアーナ様にはかわいらしくやるじゃないですかアテナ」
「当たり前だろ?壊しても立ち上がるバケモンと普通の人間の区別くらいついてるわ」
「い、いたい」
「でもこれで、よくわかんねぇのは一回止まったろ」
アテナの指弾き、おでこに食らうと痛いのは私も知ってる。
小さいころ、私も受けた。
それに、町のいじめっ子を指弾きだけで撃退してボスに君臨してたもんアテナ。
「こっち向け、あたしを見ろ」
「な、なによ」
「全部話せ」
「嫌よ」
「どうして」
「あなたたちに話す義理はな……痛いっ!」
ああっ、もう一発ディアーナ様のおでこにバチンって!
ただの指弾きじゃない。あれ頭グワングワンするくらい強いのに!
「ジークさん、やっぱり私」
「行かなくていいですよ。それより俺の介助してくれません?利き手じゃないとどうにも茶も菓子も食べにくくて」
「そんなことしてる場合じゃないですよ!」
「あなたに仕事をあげてるんです。あなた、自分が今なにもできてない無力感で動こうとしているでしょう」
今日のジークさん、すごく冴えてる。
自分が何もできてないって感覚は、本当にあったから。
王宮にいたころもあった。
コマチちゃんは頭がよくて、アテナは動けて、ジークさんは何でもできて。
私は、平凡だって。
だから自信をつけたくて、ルシアン王のそばでたくさんお仕事した。
なのに、また何もできてないって気分になってる。
ジークさんが手招きをしてる。
私がそばに寄ると、使える左手で強く腕を掴まれた。
「今俺たちが行ったら水を差す。これからがいいところなんですから」
「あの、何を待ってるんですか。アテナのあれ痛いですしやめさせた方が」
「ボロを出しますよ、あの偽物」
「なんでそう言えるんですか」
「尋問のプロとしての勘です。重要な情報さえ吐けば、もうあの偽物に用はない。本物の王女が目覚めるなら、繋ぎの偽物は殺していいでしょう」
ジークさんは、そう言ってにんまり笑った。
(これは、すごくよくない)
だって、そんな顔これまで見たことない。
さっきまでディアーナ様に怪我させようとしてたし、ジークさんは本当にディアーナ様を殺す気だ。
諦めてなかったんだ。
だめ、だめだめ!
(ジークさんごめんなさい!)
私は、手を伸ばす。
痛々しくて、アテナがひどく折った彼の右腕に。
触れた瞬間、ジークさんの体が力が入る。
痛いよね、苦しいのはわかってる。
だけど、これは譲れない!
「グっ……なんですか、乱暴はあなたらしくない」
「絶対に、殺しちゃやだ。ディアーナ様は光なんです」
「コマチもあなたもなんで偽物をディアーナって呼ぶんです?理解に苦しみますね」
「私も、よく当たる勘があります。ずっとそれに従ってきました」
ジークさんと目が合う。
真正面からジークさんに対立するのは、これまであったかな。
こんなことは初めてで、なんだか気圧されそう。
「あの人は、信じていい人です」
「それが勘ですか?なんて根拠に乏しい」
「それでもいい。信じてください、味方でいてください。絶対に後悔させません」
「じゃあもし勘が外れたらどうします?」
挑発するみたいなジークさんの目。
きっと、返答次第で乗ってくれる目だ。
でも、返事を間違えばなんの言うことも聞かないで行っちゃう目だ。
右手右足使えないで、満足に動けないのに油断なんかできない。
私には優しいジークさんも、きっと私を殺すのに躊躇なんてない。
返事は、考えないまま口から出てた。
まるで、自分じゃないみたいに大胆な言葉。
「私がディアーナ様を止めます。殺してでも」
「あなたの判断で野放しにした偽物が、誰かを殺したら?」
「それでも、あの人のために動いてください」
「なぜそこまでこだわるんです」
なぜ?
そんなの、私にだってわからない。
もしディアーナ様が人を殺すとか、それ以上のことをするのなら。
止めるべきなのはわかってるけど、ジークさんが正しいのもよくわかるけど。
でも、決めてしまったから。
全部、あの人のためなら頑張れるって走ってきたから。
「ディアーナ様が、大好きだから」




