18話 私はパーティーを乗り切れた!
パーティーは終わり、参加者はぞろぞろと各々の馬車に乗り込んで帰っていく。
ざわざわとした生き物の群れがばらけて消えていく様子は、どこかやり切った感を醸し出していた。
「ディアーナ。よく頑張ったな、ダンスも応対も立派だったぞ」
「本当ですかお母様!あっ、体調はいいのですか?座ってらしたし」
「ああ、問題ない。あいつが心配性なんだ、お前は気にするな。それより、すまないな」
貴族たちを見送って、アンナと二人で片づけの始まった会場を後にする。
当然のようにディルクレウスはいない。
執務なのか、またすぐに遠征が控えているんだかわからないが、アンナは当然のように振舞う。きっとこの距離感がこの家族なんだろう。
夕暮れの時と同じく、私を部屋まで送ってくれるアンナ。
長い廊下を歩きつつ、アンナの横顔を見つめる。
星がきれいな夜だ。12月も後半の今は、さらに星が見える。
そんな美しい星と月明りの下、アンナの表情は少しだけ申し訳なさそうだった。
「すまないって、なにがですか?」
「ヴァルカンティアのおじい様とおばあ様だ、私の両親。最近国内情勢がきな臭いとかで、当日には来られないと連絡があった。お前には七歳の誕生日にぜひ会ってほしかったのだが」
「ヴァルカンティアの……」
「といっても、お前は赤子の時にあったきりだから覚えているはずもないがな。子供が七歳になるということは、国を動かすものにとって重要な意味を持つ」
ディアーナには父方の祖父母はいない。
彼女が生まれる前にディオメシア王国は周辺小国10ヵ国の連合軍と戦争をしていた。
ディルクレウスは事なかれ主義だった先王を引きずり降ろして即位すると、アンナの祖国ヴァルカンティア国に同盟を申し入れ、戦争に勝利した。
無論、連合軍のすべての国を属国にしたし、功績のあるヴァルカンティアと同盟を結び、その証として嫁いできたのがアンナだ。
戦争の渦中にあり、先王とその妃。つまりディルクレウスの両親と、彼の兄弟は死んだ。
年上の姉がいたが、ディルクレウスによって大戦後に属国の力が及ばない他国へ嫁がされている。
その彼女の詳細はわからない……というのが物語を構成するディオメシア王国の現在だ。
それ以降は本編に入りきらなかった。
構想していたものはまだあるけど、それを語りだしたらきりがない。
だから、ディアーナと血のつながった人物というのは主要人物だとディルクレウス、アンナ、そしてヴァルカンティアの祖父母のみ。
「明後日にはこちらに着くと言っていたからな。その時に紹介しよう、2人ともなかなかに食えない親なのさ」
「ありがとうお母様。でもね…わたくし、今日とても嬉しかったわ」
確かにアンナの暗殺阻止のために、ジークとの交渉やアテナとのじりじりするやり取りは精神的に削れた。
だけど、ラスボス恐王との対面(正体バレなかったし、なんならダンスも乗り切れた!)に暗殺阻止。
疲れたけれど、無事にパーティーを終えられたこと。
結果として、この日はとてもいい日だったと言える!
「そうか。お前がそう思ってくれるのが一番だ」
微笑むアンナは、母というものが持つ慈しみが詰まっている。
その笑顔を見られただけで、私が成り代わったことはとても意味があるんじゃないかな。
安心してあくびが出てきた。
時刻はもう10時。
最近ではもう寝る時間だったから、そろそろ体力が限界。
部屋にたどり着いて、アンナが頭を撫でてくれる。やっぱりちょっと雑で、だけど彼女の軍事国家で育った本質みたいなものが見える手つき。
「今日は、よくやってくれた。良い七歳のお披露目だったぞ」
ちょっと痛いけど、それも彼女の愛。
直してくれた髪飾りは、パーティー中ちょっとも崩れずに役目を果たしてくれた。
今生では母の愛を少ししか受けられなかったから、私にとってのこの世界の母親像のベースはこの数ヶ月間ですっかりアンナの形だ。
(もう忘れちゃったけど、ライラの生みの親も頭を撫でてくれたな)
「おやすみ、いい夢を。ディアーナ」
「おやすみなさい、お母様」
星と月が照らす廊下で彼女と別れた。
その背中はしゃんと伸びていて、これからの彼女が国を支えてくれることを予感させる。
(これで私の生存率も相当アップしたかな)
部屋に入れば、私の支度を手伝おうと残ってくれていたメリー、アテナ、コマチがいた。薄く点いた灯りの中。何かを話していたのか三人の話し声が止んで、一斉に私のほうを向く。
「ディアーナ様、おつかれさまです。ささ、お茶でも飲みますか?」
「茶よりまず脱がせるぞ。さっさと寝たい、ほら後ろ向け」
「ではこちらで髪をほどきます。ジッとしていてください」
三人が待ち構えている光景は、最近見ていなかった。
まるで、私が初めて彼女たちに会った盗みの瞬間のような構図。
決定的に違うのは、彼女たちが今は思惑あれど私の手足だということ。
そして、メリーとアテナの胸には私が贈った王族紋の入ったカメオがついていた。
『お前の手足で懐刀で、そして、命綱だ』
お見舞いの日にアンナから言われた言葉が、どれだけ彼女の思いが込められていたのか私にはまだわからない。
だけど、誰かが自分を待つ部屋というのは悪い気分じゃなかった。
「ええ……お願いするわ」
着々と整えられていく、私の就寝準備。
豪華なドレスも、キラキラのアクセサリーも、手際よく剥がされていく。
ディアーナになってから身支度というものはだいたい「こう」だ。
服を着るのも脱ぐのも、手間がかかって仕方ない。
寝巻のワンピースに着替えると、体が軽くなってようやく息ができるようになった気がした。
「あなたたち、遅くまで待機してもらって悪かったわね。もういいから」
ゴンゴンゴン!
「ディアーナ様!ディアーナ様お目覚めください!ディアーナ様!」
三人を解放しようとしたところで、私の部屋のドアがけたたましく叩かれた。
女性の声で、とても急いでいるように聞こえる。
とても穏やかじゃない様子に、メイド三人も顔を見合わせて困惑していた。
「でぃ、ディアーナ様、どうしましょう」
「開けるか?一人ならたぶんあたしだけで制圧できるけど」
メリーとアテナが私に意見を求める中、コマチがちょっと焦った様子で進言してきた。
「この声、確か王妃様の専属メイドの方です。まさか王妃様に何かあったのでは」
「アテナ、ドアを開けなさい!」
身体能力の高いアテナがすぐに動きドアを開ければ、確かにアンナの部屋で見覚えがある女の人。
息を切らせて、作法もそこそこに話し出す。
「王妃様が、王妃様が倒れられて……!」
それだけで十分だった。
座っていた椅子を蹴りだす勢いで立ち上がり、部屋を出てアンナのもとを目指して走る。
後ろから私を呼ぶメイドたちの声が聞こえていたけど、立ち止まれなかった。
私は甘かったんだ。
(アンナの死亡フラグはまだ続いていた!)
暗い廊下は月明りがなければ泣いてしまうほどに見えなくて、肺が凍りそうなほど呼吸がしづらくて、靴を履き忘れた足がどんなに寒くても全力で駆ける。
スラムにいたときにいつも感じていた足の冷たさが、少しずつ頭まで到達する。
ノックもせず、私はアンナの部屋のドアを勢い良く開けた。