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172話 ワシの月光国、ぬるい尋問と思考力の拷問

ワシ、何見せられてるんだ?

ここワシの国、月光国でワシが頂点の地下世界のはずなんだが。



「だから俺は知らないって」

「いやいや、あなたディアーナ様を逃がそうとしてたじゃないですか」

「俺は待ち合わせをしてただけであって、今どこにいるかは」

「も~強情ですねぇ。アテナ、もう一回」

「待ってくれ!俺本当に弱くて」

「悪ィな、優しくすっから」

「だったらやめてくれよ!」



ジャックと呼ばれた男の悲痛な叫び声。

さっきから執拗に繰り返されるディアーナ王女の所在の尋問。


椅子に両手両足縛り付けられた粗末な服の男を、ジークとアテナ二人がかりとは。

いい顔してやがるジークのやつ。


アテナがジャックの足に手を伸ばす。

手の中には……まさかの羽毛。



「ひっ!やめっ、やめろよ!!くすぐったい!あっ、ん」

「喘ぐな気色悪い!」

「アテナ手加減してるんです?もっと泣かせないと」

「こんなくすぐり尋問の腕あげてたまるか!」

「ゆ、ゆるしてえ…!」

「テメエも女々しい声上げんなジャック!」



声上げさせてるのお前らだろ?

ヴァルカンティア、本気でこれを尋問で使うのか。

確かにさっきから涙目だけどなジャックって男。

もう何回目だこのやり取り。


ワシはコマちゃんとちょっと離れた部屋の隅に立つ。

間違ってもこいつらと知り合いだと思われたくない。

月光国でこの部屋貸してやってる以上、知り合いだけどよ。



「ミクサ、いいんですよ?部屋を出ていっても」

「コマちゃんの側にいちゃだめ?」

「明らかにこの尋問を嫌な顔で見ていたので」

「そんなことないよ。だって裏カジノ時代のほうがもっと血なまぐさかったでしょ?」

「今もミクサはやってますよね?自分の目が届かないところで」

「そ、そんなことないよ」



闇を生きてたからわかってるさ、ヴァルカンティアのこいつらが明らかにぬるく尋問してるのは。

嫌なのはここだよ。

聞くつもりなら何が何でも聞きだせばいい。

ワシなら5分で吐かせてやるし、ジークも同じことできるだろきっと。


ワシがやる義理はないし、こいつらに任せるけどな。


(遊んでるのか、この男への気遣いなのか。面倒なことを)


コマちゃんがいいならいいけどな。



「じゃあ質問変えますか。ディアーナ様が専属の俺たちに会いたくない理由は?」

「それは……俺の口からは言いたくない。というか、許可されてない」

「許可、ですか。今言わないと次は俺も参戦してくすぐり地獄ですが」

「やめろってジーク!遊びやがってこの愉快犯!」

「遊んでるとは失礼な。手加減してるんですよ、俺が羽毛を持ったらくすぐりで脱水症状を起こし、内臓ひっくり返らせることも可能です」

「うそだろ?本当にあいつの使用人だったのか、こんな狂人が」

「さすがに嘘ですし、狂人で悪かったですね。一発体感してみましょうかジャックさん」

「やめろって知ってることは言うから!!」



やっと風向きが変わってきた。

ここまでで20分くらいか、この二人相手にしては粘ったほうじゃないか。


壁に背をつけ、男の話に耳を傾ける。

別に、王女サマが心配なんてことは全くない。

結局エラの逃亡も、コマちゃんもメリーの今後もほぼ丸投げで人使いの荒いガキだ。

トモエやシズの貴族位がディルクレウスから剥奪されなかったのは幸運だったが、王女サマがいなくなったことで月光国は2、3年くらい物流の運搬が制限されたんだからな。


コマちゃんが月光国に逃げ込んだことも、この国が王女サマのおかげで表の生活を歩めるようになったことも、すべて王女サマを匿ってるんじゃないかと疑われる材料になったってわけだ。


(コマちゃんの目に届く前に、俺が握りつぶしたけどな)


ともかく、俺だってあの王女サマに一言言ってやりたい。

まずは「自分の部下に心配かけるな」だ。



「まず、本当にあいつの行き先は知らない。でも、何をしに国外逃亡したのかは知ってる」

「ジャック、あなたはそんな不確定なのにあの方を放り出したんですか?」

「違う!ちゃんと協力者だ。お前らも会っただろ、シー先生の知り合いに頼んでた」

「あの胡散臭いやつか。あの時、ディアーナと何か喋ってやがったな……あたしの耳でも何言ってるかはわからなかった」

「すべてはシー先生とあいつの間で交わされた約束だ。だから、俺は全部は知らないし言えない」



ちらっと横に立つコマちゃんを見る。

ジャックを瞬きもせずに見つめてるその熱。

妬ける。

ワシ、そんな目向けてもらったことがない。


だけどワシはコマちゃん限定でいい男だ。

コマちゃんが望むなら、口は出さない。


今この瞬間にも、ワシには思いもつかないことを考えてるはずだ。

一を聞いて十を知り、百を発案して千を成す。

ディオメシアの経済を裏から掌握するのに成功したのは、コマちゃんのおかげなのだから。


コマちゃんが3人に近寄っていく。

ジャックが、コマちゃんと目があった。



「シー先生という男、彼は元王族でディルクレウス王の死んだはずの兄である『ディセル』である……間違いありませんか」

「な、なんでそれを」

「そしてスラム特別保護区は、属国の力を借りない、民衆反乱軍を組織しているのでは?」



ジャックの目が見開かれた。

図星だ。

人間は相当訓練していない限り、虚を突かれた反応は隠せない。


コマちゃんは頭がいい上に執念深いんだ。

ディオメシアをディアーナ様に返すためにって、国の歴史やら王族の遍歴とか情報をすさまじく集め、民衆の声をよく聞いて救済を行う……


それに、シー先生という存在はずっとコマちゃんが追っていた存在だ。



「反乱軍なんて、してない」

「民衆から『ディオメシア国内で他国の暴力に巻き込まれた時、軍でもない人間に助けられた』という報告が多数上がっています。どれもみすぼらしい服装で、鮮やかな黄色い布を身につけていると」

「お、俺は今つけてない!」

「今?いつもはつけているんでしょうか」



ジャックはしまった!みたいな顔をする。

コイツ、いいやつなんだろうな。

嘘がつけない、すぐ顔に出る、でも言えないことはなんとしても守ってる。


部屋の空気は一気にコマちゃんのものだった。

ヴァルカンティアの二人も、驚いてる。

当たり前だ、地下でずっとディオメシアを思ってたのはコマちゃんなのだから。



「ディセルに与えられた石は黄翡翠、そしてディアーナ様と同じ灰色の瞳。シー先生とやらを王にすべく担ぎ上げて、この国の転覆を狙っている……どうでしょう?自分の予想ですが大きく間違っていないのでは」



ジャックっていう男は、災難だったな。


アテナに捕まったこと?

ここに連れてこられて、ジークに尋問を受けたこと?


いいや、執念に燃えるコマちゃんを前にして、言うべきことをはっきり言わなかったことだ。



「あなたが語らないのなら、自分の思考力で語らせます。尋問は専門外ですので、不手際はご容赦を」



専門外?何言ってるんだコマちゃん!

これは思考力の拷問だ。


月光国の幹部として君臨するコマちゃんの力、とくと見るがいい!

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