152話 私が争いを起こす時
ドン、ドン
扉を二度ノックされた。
上品にコンコン、ではなく拳で殴るように鈍い音。
二回ノックなんてマナーがなってないな。
ちなみに二回のノックはトイレで人が入ってるかどうかに使うぞ!
だから家や部屋で人がいるかを確認するノックは3回出来るといいな!
今はそんなことを言ってられる状況じゃないけどさ。
だって、明らかに知らない声が声高々に名を呼ぶのが聞こえたから。
「ディアーナ王女、今すぐ投降しろ!さもなくばこの家に火を放つ!」
「レオン王子を閉じ込め、エラ王妃を爆殺した罪、命を以て償え!!」
「そうだそうだ!!」
馬の蹄の音は一つだったけど、人の声はいくつも聞こえる。
窓から見ると、村にいたのとは違う武装した男たちが10、いや20人は扉の前で待ち構えていた。
みんな肌が浅黒くて、太陽に愛されたような美男であるレオンを思い出す。
アテナはメイド服に仕込んでた武器をカチャカチャ取り出し始めたし、コマチも小瓶をいくつも取り出しては蓋を開けようとしている。
頼もしいけど殺意高すぎ。
そりゃ、今扉の前にいる男たちは明らかに殺気立ってるし、王女の命狙ってる感すごい。
二人が本気にならないと、この場を乗り気ることすらできないだろう。
私だって戦闘能力とか、超運動神経いいとかあればよかったのにな―!
同年代の子供と比べたらある程度動けるかもしれないけれど、大人相手にできることなんてたかが知れてる。
(もたもたしてる間に、万事休す?いやいや!そんなんで命諦めきれるか!)
私は王族に成り代わってるだけの元スラムの孤児だろ、あの時の崖っぷちを思い出せ!
本物のディアーナの死をごまかして、ここまで王女として逃げおおせてきたんだ。
本物じゃなくても、原作知識を持ってるだけの一般人としてなんとか、なんとか……
(待てよ?それっておかしくない?)
ふと気づいたことに、霧が晴れていく思いがする。
そうだ、よく考えればおかしいじゃないか。
どうしてこんなことに気が付かなかったんだろう。
混沌が、ここにある。
(コマチもきっとわからないだろう、今の状況のおかしさ。これを利用すれば)
イチかバチか、ここを切り抜けられる!
「コマチ、アテナ、よく聞いて。わたくし、この扉を開けて外に出るわ」
「はぁ!?何言ってんだ、そんなことしたら一瞬でボロ雑巾になって死ぬぞ!」
「冷静になってくださいディアーナ様、お望みであれば自分とアテナで強行突破いたしますから」
「わたくしは冷静よ。でも、そうね……あなたたちにはそれこそ死ぬ気で逃げる準備をしてもらう必要があるわ」
窓の外を見る。
私には、農具に交じって剣や銃を手にする村人…もとい、集められただろうディオメシアの男たちがおずおずと武装した集団に近寄っていた。
先頭にいるのは村長をしていた老年の男。
さっき話した時の好々爺っぷりはどこへやら、背後に覇気を背負った鬼のような形相で銃を構えている。
ああやっぱり。
これは、この構図はよくない。
争いの予感がする。
でも、ここにしか3人で切り抜けられる隙は生じない。
「いいこと?外に出たらわたくしから絶対に手を離さないで。これからわたくしは、人為的にここにいる男たちを争わせるわ」
「そのようなこと、可能でしょうか」
「それは賭けね。詳しいことは言えないけれど王家の祝福がある以上、状況は変わるはずよ」
「祝福って、ディアーナお前それ」
「アテナ、申し訳ないけれど何も言わないでちょうだい」
アテナには私の原作者知識を、王家の祝福を受けて未来が少し見えるって誤魔化してるから。
でも、もう気づいてるはずだ。
本当に未来が見えていたら、私はこんなとこで失態晒してない。
まずはここを切り抜けないといけないんだ。
そのために、これまで大切にしていたものだって壊す。
足を一歩、二歩踏み出す。
私は一人で扉を開けると、目の前には大男がいた。
見ればわかる、彼の肌や武装の紋章から、敵の姿が。
(私の死を望むのは、ソルディアだったか……)
太陽に愛されたような色彩、質のいい武具、ソルディア王家の紋が入った剣がちらりと見えた。
そして、村にいた男たちはきれいにソルディアの軍に向けて武器を構えている。
鍬、鋤、銃に剣、中には棍棒らしきものを持つものも。
異様な光景だった。
私を誘い込むようにして村に入れたのに、今私を狙う軍勢から守るように力を向けている。
かたや重厚な軍備、かたやちぐはぐだけれど人数は3倍はいる見た目農民集団。
私に続いて外に出たアテナとコマチも、目の前の光景に驚いていた。
でも私はちっとも驚かなかった。
最悪なことに、予想通りだったから。
「あなたたち、ソルディア軍ね。レオンを取り戻しに来たのなら、わたくしを狙うのは筋違いよ」
「いいや間違ってねぇ。俺は祖国の命でここにいる!」
「レオン様のために!小さき悪魔よ覚悟!」
「わたくしを『殺しに来た』というの?」
「無論!その首我らが王に献上すれば、ディオメシアの呪縛から逃れられる!」
「先の戦で死んでいった同胞へのはなむけだ!」
おうおう、全部話してくれるとは何て親切な。
嘘を言ってる可能性もあるけれど、ある意味安心というもんだ。
そして私はくるっとあたりを見渡して、大声をあげた。
ここにいる全員に聞こえるように。
「この村にいた男たちに告げる!あなたたちの望みは、わたくしが王宮へ投降することで間違いないか!」
「ちょ、おいディアーナ何して」
「王女ディアーナの名において命じる!ソルディア軍を『殺さず生け捕りにできた』暁には、わたくしは王宮へ向かおう。そして、わたくしをソルディアから守った者に、この冬腹いっぱいになる量のパンを進呈すると約束しよう!」
男たちからどよめきが広がる。
パンに対してか、私が彼らの望みを看破したからなのか。
でも、これで状況はガラッと変わった。
村長らしき男が、空に一発銃弾を撃ち込む。
緊張が最高潮になり、シンとあたりが静まり返った。
「ディオメシア青年隊!命令に反するが、パンが欲しいものは死ぬ気でソルディアを狩れ!!」
その声が合図になった。
うおおおお!!と武具もバラバラなディオメシアの男たちは、次々にソルディア軍へ突っ込んでいく。
生きるために必死な人間の力は、私も知っている。
なにせ、スラムはそういう場所だったんだから。
ソルディア軍はいきなりの混戦に少々たじろいだものの、果敢に剣をふるっている。
皆が必死に、私をめぐる処遇で傷つけあい、褒章をもらおうと命を燃やしている。
状況は一変し、私たちを見る目線はぐっと減った。
「なんだかわかりませんが、今ならこの村を抜け出せます。さあ、ディアーナ様こちらへ…ディアーナ様?震えてらっしゃるのですか」
「寒いのか?動けねえなら担いでいくぞ」
アテナの提案に、コマチの声に私は二人の腕を握る。
震えが全身を覆って、すくむ足を何とかへたり込まないように叱咤する事しかできなかったから。




