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15話 私とハッタリ、そして挨拶を。

灯りがない部屋の中は、外の夕焼けだけが私とアテナをオレンジ色に染めていた。

真剣なアテナを前に、嘘を言えばすぐにばれてしまいそうで。

でも『この世界を作った人間でこの先の展開を知ってるの』なんて言えるわけがない。

とすれば、私が取れる行動は一つしかなかった。


「当たり前でしょう、わたくしはこの国の王女ディアーナ。ヴァルカンティアの母とディオメシア王国の国王の娘。そして、スラムで危ない目に遭ってから少し未来が見えるようになっただけの子供よ」

「は?未来……?」


あっけにとられるアテナを見据えたまま私は当然のように堂々と続ける。

こういったハッタリは相手に考えさせる隙を与えちゃダメなのだ。


「スラムで死にかけたときに能力に目覚めたの。ごくごくたまに未来がわかるだけよ。あなた達が盗んだものを見つけたのもその能力」

「お前あれもかよ!しかもその能力ってもしかして『王家の祝福』か?王家には初代王が神にもらった加護があるって、本当だったのか」


え?何それ知らない、怖……

待って私の知らない設定出てきてる。

あれかな、初代王のお話に出てきた「神の加護」のこと?もしかして民衆の間じゃ民間伝承的に信じられてるの?

民衆の信仰とかは構築してたけど、王家の祝福って形に変質してたのは完全に想定の外にあるんだけど。

でも今はそれ深堀りしだすと違和感しかないし、王家の祝福に乗るしかない!


「そうらしいわね。でも祝福については他言無用なの、家族にも、メリーとコマチにもよ。この意味、わかるわね」


ちょっと高圧的に、でもさっきまでの雰囲気を壊さないようにわがままがちょっと直った王女のイメージを保ちつつ、会話を続ける。

嘘を言うときは真実を織り交ぜるのが鉄則!あとは堂々と言い放つことにあり!

それに、今の私はいつもより派手で威厳ある姿。

どうかこの見た目でちょっとは騙されてくれないだろうか!


「あたしで、いいのかよ。そんな大事なこと言う相手」

「あなたが、いいの。その代わり、コマチとメリーにも秘密。絶対に言わないで」

(本当に広められると困ることこの上ないから!)


戸惑ったようなアテナだったけど、割とすぐに持ち直したのか「わかった」と答える。

心なしか照れ臭そうで、頬を指で掻いては私を見つめてた。


「親のために頑張るのはわかる、あたしもそうだった。何もできないまま二人とも死んじまったけど」

「親のため?」

「まあ、色々あったんだよ。だから、庭で話聞いたときは『コイツはあの時のあたしと同じだ』って、どうしても聞きたくなった。あたしはもう無理だけど、あんたがまだ大好きな母親助けられるなら、この体、お前のために走ってやる」


アテナは仁王立ちから直立の姿勢になり、両手を後ろに回して胸を張ってから礼をする。

その形は、ヴァルカンティアの兵が忠誠を誓う相手に行う敬礼。

私に散々な態度をとってきたアテナが、私に忠誠を誓った瞬間だった。


「ちゃんとあたしを使えよな、力になる。報酬はいつものクッキーでいいぜ」

「毎度あなたに食い尽くされてきた甲斐がやっとあったわね」

「あれうまいからな」


私たちははにかんだ。

アテナがどう思っていたかはわからない。

過去の自分と私を重ねて、おまけにヴァルカンティアにゆかりがあることも要因だったかもしれないけれど、彼女からの信頼を得ることができた。

アテナの身体能力は重要なカードになる。


コンコンコンとノックが三回。

咄嗟に時計を見ると、定刻だった。

誕生日の我が子をパーティー会場へエスコートしてくれる両親のお出ましだ。


「アテナ、持ち場に戻って」

「だけどよ」

「大丈夫、ちゃんと手は打ったわ。安心して」


ドアが開いてアンナが入ってきた。

アテナはそれを見て礼をすると、入れ替わりに部屋を出る。

アンナは一人だった。どうやら恐王は一緒じゃないみたい。

本人がよく好んで着ているエメラルドグリーンのドレスに、赤いワンポイント刺繍とガーネットのネックレスが映えている。

もしかしたら、赤が好きなディアーナに合わせてコーディネートしたものかもしれない。

私の姿を見てふんわり笑顔になったアンナは、私のそばに真っ先に近寄ってきた。


「ディアーナ、迎えにきたぞ。……おや、髪飾りが曲がっているな」

「えっ、どこですか?こっち?」

「いやそこではない。直してやるから前を向け」


グイっと鏡のほうを向かされて、私の髪にアンナが触れる。

鏡越しに見える彼女は穏やかで、慈しみがあって、だけどその手は少し雑だった。


「おまえも、もう七つになるんだな。ここまで、あっという間だった。ようやくこの日を迎えられた」

「ありがとうお母様……いたっ」

「ああ、すまないね。こういったことは不慣れで、痛かったか?でも直ったぞ」

「だ、大丈夫よお母様。ちょっと髪が引っ掛かっただけだもの」

「……ああ、そうなのか。そうか」


アンナが下を向く。

その表情は鏡では見えなくて、直接見ようとしたときにはもう何事もなかったように私を見下ろしていた。

王妃の毅然としている顔。これからパーティーに臨む美しい顔だ。

さっきまでの変わりように少し背筋がぞくっとする。


「お母様?」

「いや、なんでもない。あの人はもう会場にいる、早く行こうか」

「お父様は、お母様と一緒じゃなかったの?」

「そうだ。ひとりで貴族たちと話したいことがあるらしくてな、まあ、そんなこともある」


まるでそれが当然みたいにアンナは私の手を引いて部屋を出る。

二人で歩く会場への道を、沈みかけた夕日が照らす。

アンナを突き放すみたいな王の言葉が、小さく引っかかる。

王はすべてを計算ずくで進め、自分の思い通りに人を動かす才能がある。

さながら賢王。でもそれは悪事でも同じこと。

敵を倒すために、逆らうものを消すためにどれだけ彼が物語で残酷な知略をとってきたか。

原作者の私が良くわかっている。


(アンナを一人にして、暗殺の隙でも伺ってるの?二人っきりの時に死んだら疑われるから?毒入り茶葉をやめて元気になったアンナに何をしてくるかわかったもんじゃない)


手袋越しに感じるアンナの体温は、彼女の生を感じさせる。

元気で、バリバリ執務もこなして、王にも意見できる完璧な人。

他国からやってきてなお、人気を得ている有能な妃。


(あなたが生きれば、この国はもっといい方向を保ったまま進むはず)


姿が見えないけど、近くにいるだろうジークをちょっと探してしまう。

王妃が死ぬだろう誕生パーティーを乗り切れば、それでいい。彼なら、しっかりこなしてくれる。

私は、私が作ったスーパーマンを信じてる。


「さあ、着いた。準備はいいか?ディアーナ」


目の前にはパーティー会場の大きな扉。

二人の使用人がそれを開こうと待機している。

アンナは私の手を離し、入場の準備は万端だ。

この先にいる大量の貴族を、アンナの命を狙ってるだろう王と対峙しなければならない。

恐王、冷徹君主、独裁王で、ディアーナの父親……ディルクレウスに。


扉が開いていく。

光と談笑で満ちているけど、謀略と思惑と欲が渦巻くちっとも綺麗じゃない私のパーティー会場。

そこにいた貴族たちは、私とアンナを見て歓声を上げた。

真っ赤なドレスの裾を持ち、軽く頭を下げる。


(今日さえ乗り切れば、運命は変わる!)

「皆さま、本日はわたくしのためにお集まりいただき感謝いたします。ディルクレウス王とアンナ王妃が娘、ディアーナにございますわ!」


堂々と立ち、はつらつと声をあげろ。

ここが自分の見せ場だから。

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