129話 私の言葉と空気を切り裂く言葉
私は、知らない間に不安にさせていたのかもしれない。
専属の4人とは、この二年ずっと一緒で、どこに行くにも一緒で。
困難も、苦境も、辛いときも、笑う時も、のんびりするのも一緒だった。
なのに、知らないところでレオンから揺さぶりを受けていた、と。
ジークもそうだ。ヴァルカンティアに戻らないかって宰相のハイネ経由ではないところからの勧誘があった。
私に言ってないだけで、コマチもメリーも何かあったのかもしれない。
(それなのに、これまで私に仕えてくれていた。きっと、今のアテナみたいに不信があったときもあるだろうに)
ほんと、私は知らず知らずツイている。
偶然とはいえ、こんなに心根が優しい4人を専属に迎えられたんだから。
アテナのほうに伸ばした手には、ハンカチ。
椅子から立ち上がって、私より背の高いアテナの涙をぬぐおうと思いっきり背伸びをした。
「な、なんだよ、そんなのすんな。主人だろうが」
「あなたたちはわたくしのもの。わたくしが、一等大事にしなきゃいけない人たちなのよ。放っておけるものですか」
「あたし、今お前が信じられねーって言ったんだぞ。充分裏切るようなもんだろ」
「あら、わたくし実は秘密主義ですのよ?それを知りたいと言ってくれるほどに、あなたはわたくしのことを考えてくれたということでしょう?」
理由がどうあれ、その人物に興味がないと知りたい欲は湧いてこない。
世間には、出会って数秒で興味を持つこともあれば、何十年一緒にいても興味がわかないこともある。
転生前の私は社会の荒波に揉まれて、世の中を恨むに至るほどに苦しいことが多かったけど、おかげで人間というものがどんなものかほんの少し理解できた。
(生きていて無駄なことってないんだ。私が逃げたいって願ったあの現実からも、こうして役立つことがある)
「わたくしが信じられないって言ったわね。じゃあ、もしわたくしが『実は未来なんか見えない』って言ったら、あなたはわたくしを信頼してはくれないのかしら」
「そ、そんなことない!あたしは、あの日覚悟決めたお前を見てついていこうって思ったんだ。それに嘘はねぇよ」
「でも、未来が見えること、疑ったわよね?」
「あれは……」
執務室の中で、お互いのすれ違いを掛け合わせる。
信頼関係のために、私は会話を大事してる。
日々のお茶会も、それぞれ言いたいことを言うためのものだし、毎日どこかで4人と一対一で話す時間を設けている。
でもアテナが弁解を始めようとしたその時。
「火事だ――――!!!火事だーー!!」
女の人の声が、耳に届いた。
大きな、喉から全力で叫ぶような声。
アテナと私は顔を見合わせた。
もう、さっきまでの泣いていたアテナはいない。
頼れる専属メイドの彼女がそこにいた。
「今の声は?」
「エラの声だ。まさか本当に火事…」
「っ…!!アテナ!!すぐに走って向かいなさい!」
「はぁ!?火事ならまっさきにお前逃がすべきだろ」
「火事じゃないわ!!」
エラを社交界デビューに向けて教育しているとき、私は一つ彼女に教えたことがある。
エラは美しい、しかも庶民の出だ。
王宮に仕える執事やメイドは庶民のものもいるけど、半分くらいは貴族や裕福な家柄。
もしかすると、身分を利用して彼女を好き勝手しようとする輩がいるかもと考えた私は、エラにこんな話をした。
『エラ、あなた、助けを求めるときは何と叫べばいいのかわかるかしら』
『え?たすけてーって大きな声を出せばいいんですよね』
『いいえ。それじゃ弱いわ、助けに来てはくれない』
『じゃあ、なんて助けを呼べばいいんですか?』
『いいこと?人は自分にも害があるかもしれないことが起こればすぐにやってくる。だから、助けが来るまでこう叫び続けなさい』
この知識、転生前に知ったことだったんだけどね。
小学生や中学生が不審者に襲われてても「キャー!」「助けてー!」だと遊んでいるとか、ふざけあってると思って助けが来ない。
だから『火事だ!!』と叫べば、騙してることにはなるけど、助けが来る可能性がぐっと上がる。
現に、二年前アンナの茶葉でキャンプファイヤーしてボヤ騒ぎ起こした時も、何人もが煙だけ見てすっ飛んできたし。
火事はそれだけ、恐れられてる。
「エラが助けを求めてるのよ!走りなさい!」
「わーかったよ!行きゃあいいんだろ!」
アテナはすぐに部屋の扉をぶち破る勢いで出ていく。
私も後に続いたけど、ほんの数秒のことなのに、もうアテナの姿が見えなくなっていた。
エラの声はもうしない。
さっきの一瞬の大声だけで、何で止まった?
「叫び続けろ」と私が言ったことを、エラが忘れてるとは思えない。
(やめてよ…いくら生き返るとはいえ、これ以上エラに何かあったらストーリーがどう転ぶかわかんない!)
エラは劇的に登場して、場をひっかきまわす加害者であり被害者。
この国の崩壊という原作に深く食い込む主要人物の彼女に何かあれば、そしてその出来事を私がちゃんと把握できなかったら?
これまでやってきた生き残るための布石全部がパーになる可能性大!!
私は走る。
どこにいるのかなんてわからないけど、アテナが全力で走った跡だろう靴跡を追っていく。
「お願い……間に合って!」




