12話 私はディアーナとして七歳になる
季節は移ろう。
王妃は秋を超ると大衆の前に出ることも少しずつ増えた。
コルセットを締めて髪をしっかりと上げた正装の彼女。
それはかつての『人気の王妃』の再来だった。
そして季節は冬。
気温が低くなりやすいディオメシア王国の朝、一年で一番太陽が顔を見せないその日。
アンナは一人、自室のベッドから起き上がり、自分のデスクへ近寄った。
机上には美しく包装された、彼女の両手に収まるほどの大きさの箱。
朝の光が彼女の赤銅の髪を照らす中、それを手にして寂しそうに微笑んだ。
12月22日、アテナに叩き起こされた私は、たくさんの使用人に囲まれて身支度をさせられていた。
そう今日は、ついに私……いや、ディアーナ七歳の誕生日だ。
私、ライラの身体年齢はもう八歳を超えているのでなんとも言えない気分になる。
もう半年はスラムに帰ってない。私の生前も生まれたのは夏頃だし、ライラの誕生日もこの王宮に来る数日前だったから、冬に祝われるのはなんだかしっくりこない。
そんな私をよそに、いつも以上の人数が詰めかけた自室でゴテゴテに装飾されている。
「うっ、ぐえっ!コルセット締めすぎ!……じゃありませんこと!?というか、なんで専属メイド以外がいるんですの?」
「公式行事の準備が年若い三人だけで済むとお思いですか?専属を持つのは何よりですが、手に余る業務はこれまで通り、メイド長の私直々に仕切らせていただきますからね」
50代くらいのメイド長は髪をお団子にしてひっ詰めている「THEメイド長」の見た目。
口調は優しいのに、よく通って圧のある声が「この人の言うこと聞かなきゃ」という気にさせられる。
厳格で自他共に厳しくて、王族相手でも引かない。この王宮で雇われている専属ではない100人以上のメイドの管理を任された有能な人物。
やっぱり幼い王女に十代半ばの少女三人には任せられない。
悲しいかな、それが今の私の評価であった。
いつもは出入りしない、コマチよりも年上そうなメイドに囲まれて息が詰まりそうだった。
「昨日から陛下もご帰還されていますからね、ディアーナ様の誕生パーティーにはご夫婦揃ってご参加です。良かったですね」
愛想よく私に猫撫で声で告げたのは、コマチみたいな黒髪黒目のほんわかした雰囲気の女性。
私を喜ばせたくて言ったのかもしれないけど、私は一気に鳥肌が立った。
「め、メリー!アテナ!コマチ!誰でもいい、来なさい!」
「ディアーナ様、三人には既に別の仕事を振っています。用命がありましたら承りますよ」
メイド長の言葉に、他のメイドも同調する。その通りだと、未熟な三人よりも自分を頼れと。
どうにもできない。それに気づいた私はおとなしく黙った。
もしかすると、アンナの体調が回復したことで、王は次の手を打ってくるんじゃないか。
そして、今日が原作者としての私が考えていた「アンナ王妃の命日」だ。誕生パーティー中に倒れて彼女はそのまま死ぬ。
その運命が完璧に変えられたと安心するには、今日の誕生パーティーまでアンナを生存させなければいけない。
王が、王妃を殺す前に。
「昨日の夜に陛下も遠征から帰還されましたので、本日のパーティーには出席されるそうですよ。良かったですね」
(ラスボスと初対面が確定した上に、三人とは連携取れないし、私自身も今日は長く自由に動けない!万事休す)
せめて、せめてもう一人私に仲間がいたら。
信頼があって、有能で、単独でも力が出せて、自由に動ける。
そんなスーパーマンなんて……
「あ」
過去の会話、そして自分が綴っていたプロットが脳を駆け巡る。
メモ用紙にびっしり書いた、ある人物の設定とエピソード達。
泣く泣く存在を全カットして話を書くことを選んだ過去の私が、ひとりの存在をはじき出す。
いた、スーパーマン。
私自身もさすがに入りきらないと判断して、物語に組み込まなかったある男性。
この世界は私が作ったもの、であれば彼は私の作った通りの人物のはず!
「外の空気を吸ってくるわ!すぐ戻るから、誰もついてこないでちょうだい!」
「ディアーナ様!?まだヘアセットが……行ってしまった」
隙を見て部屋を飛び出す。
向かうのは庭園。花が咲き誇って、私が初めてアンナ王妃を遠目から見た場所。
今日は多くの人を招くから、庭師の人達も大忙しで庭を整えている。
私の目当てはすぐに見つかった。
背が高くて、キャスケットを被っていて、庭師はほとんどおじさんなのに20代くらいの若い男性。
走りにくいドレスをたくし上げて走る。そして彼のズボンの裾を掴んだ。
「おや?あなたはディアーナ様では。こんなところでどうなさったのですか」
優しく膝を折って目線を合わせてくれる彼。
先ほどまで植木をいじってたのか、感じる植物の青っぽい香り。
確信に変わった。
見た目、言葉遣い、とても有能なのにそれを一切出さないで自分を演じている人間の目。
あまりに彼は私が作ったままの人物だった。
彼は、私の協力を絶対にするだろう。
「あなた、私のメリーにお母様の体調について情報を言ったわね?金髪でくるくる巻き毛の眼鏡。私の可愛い専属メイドよ」
「いやいや、俺はただの庭師です。王妃様のことなんて知るはずが」
「『ジーク』でしょ、あなたは。お母様のふるさと、ヴァルカンティア国の」
そこまで言ったとき、私は口をつぐんだ。
目の前の優男、いや、優男に見せかけた人から、凄まじい殺気が飛んできたから。
「それを、どこで、知りました?」
彼、ジークは何もしていない。私に指一本触れてもいない。
なのに、首元に刃を突きつけられているような気がした。
スラムでたまに大人たちが見せた、剣呑な気配。
それを、今の今まで微塵も出さないジークがどれだけ心身共に手練れなのか。
理解した、理解したうえで私は覚悟を決めた。
この人を操らなければ、この先の未来はない。
私の直感と記憶がそう言っていたから。