11話 私はさざ波を立てるだけ
突然だけど、この国の王は恐ろしい。
大きな王国の王、悪政の元凶、軍略と謀略に長けた独裁的で冷たい「氷の大王」。
そしてディアーナにとっては父親である、男の人。
そんな人が王妃に何の思惑もなく、特別ブレンドのお茶なんて渡すだろうか?
アンナが死んだことで、王は彼女の保有していた個人軍や、彼女の祖国『ヴァルカンティア国』の利権の一部を手に入れたりできるはずだ。
アンナが体調を崩した時期と、王からお茶をもらった時期は一致している。
そのお茶に毒物が含まれていて、それを飲み続けて衰弱、そしてそのまま倒れて……というシナリオは、暗殺を疑われにくい。
夫婦のプレセントとして贈られたものを、専属のメイドと執事が口にするとも思えないしね。
「コマチ?わたくしは『お父様がお母様に贈った茶葉を持ってきて』と言ったの」
「はい、こちらがその茶葉のみが収納された『部屋』でございます」
「……悪かったわね、何か月もお母様が飲み続ける茶葉が数缶で済むわけなかったわ」
「そうですね、ですので、ディアーナ様をお連れしたほうが早いと思った次第です」
コマチは実に従順に、そして効率的に命令に従った。
茶葉の場所を特定して、処分できるようにしてと頼んだのは私だ。
まさか、部屋を埋め尽くすように茶葉があるとは思っていなかった。
米袋がドドンと積みあがっているような光景だ。紙袋の中はすべて茶葉らしい。
それが約10帖の部屋の中に詰まっている。
「金持ちってのはこんなに茶飲むのかよ」
「飲む訳ないでしょ……これを一人で消費しないとと考えたお母様、絶望したんじゃない?」
私はこの……もう茶葉室でいいか。
茶葉室にメイドたちと共に踏み込んだ。
メリーの情報をもとに、茶葉のありかを探したところコマチが情報を拾ってきて今に至る。
目的は「体調を崩す元になっている茶葉をすべて廃棄すること」だったけど、思った以上に量がありすぎた。
それに、よくよく考えると娘の専属メイドが王妃の茶葉を処分したなんて道理がおかしい。
茶葉の量、疑われずに処分する方法、両方とも私達だけでどうにかなる気がしない。
「あなた達三人を集めたけど、正攻法じゃ無理ね。どうしたってこの量の茶葉を廃棄できない」
「ディアーナ様、あのう、そろそろ教えてください。私たちはどうしてこんなことを?」
「どうして?だなんてまだあなた達が考える必要はないわ。ただわたくしに従い、わたくしに操られ、わたくしの起こす波の初めになってくれればいいのよ」
アテナの舌打ちが聞こえたけれど、舌打ちし返さなかっただけ私は偉い。うん。
だってまだ思考の意図を言えるほどに信頼なんて築けていない。
王妃暗殺を食い止めたいなんて言っても誰も信じない。
それなら、私の言葉に疑問もなく従う操り人形のほうが何倍もありがたい。
メリー、アテナ、コマチがどんな疑問を抱いていても、今は何も言えるわけがない。
私が自由に使える駒は三人だけ。さて、それで私は王妃にどうやってこの茶葉を口に入らないようにできるのか。
脳裏にあったのは、私の現代の知識と、スラムで培ったズル賢い処世術。
立ち入り禁止の洞窟に入りたがったちびっ子たちに、シー先生が言っていたこと。
『ねえシー先生。どうして洞窟に入ったらいけないの?ぼくたち探検したい!』
『すまないね。実はこの洞窟には毒ガスが出ているんだよ』
『そんなの嘘だ!だって大人たちはたまに入ってるのに』
『わかった、そんなに言うなら見せよう。先生の飼っている鳩を近くに行かせればわかるよ』
そして洞窟に近寄った鳩は。シー先生の手の中でコロっとひっくり返ってしまった。
思い出した記憶に、口元が吊り上がっていくのが自分でも分かった。
「ひらめいたわ。さて、あなた達」
振り返って三人に向かい合った顔が相当怖かったんだろう。メリーはヒッと声をあげたし、アテナはうげっと呟いたし、コマチは眉をひそめたけど知るもんか。
「この王宮のみんなを騙す準備はいいかしら?」
私の手には、マッチが握られていた。
もちろん火のつけ方はスラムで嫌と言うほど習ったとも。
その日、王が王妃に贈った茶葉を貯蔵する部屋で小火が起きた。
部屋から飛び出してきたディアーナ王女のメイドたちの証言と、モクモクと立ち上る煙のおかげで早期発見。大事には至らなかった。
部屋の中で火を使ったのは六歳のディアーナ王女。
「お母様にお茶を淹れてあげたかったの。茶葉を燃やして水に入れれば何とかなると思ったのに、失敗しちゃったわ」
と証言。事件性はなく、単なる王女のいたずら……というには温かな珍事だった。
王妃も、不在の王に代わって厳しく王女を叱ったが、最後には王女の真心に笑顔を見せたという。
だが、それよりも深刻なことが数日後発覚する。
「ディアーナ様が火をつけた瞬間、煙が上がってすぐに気分が悪くなりました。めまいがして、吐き気がして、とても気分が悪くなっちゃって……さ、寒気がします……げほっげほっ」
「ディアーナ様、が火ィ点けたときから嫌な予感はしてた。あの茶を燃やした煙はヤバい。あたしは感覚が鋭いからわかる、あの茶葉から出た煙は体に良くない。王妃サマ、あんなの飲んでるから体壊してるんじゃねーの?……なーんてな」
「自分は吐き気がしばらく続き、気分の不調、体の冷え、食欲不振、めまいがありました。煙ですらこの効果、陛下の送った物に口を出したくはないのですが。……体の強い王妃様ですら、摂取し続ければ御身を害しかねない。そう思わざるを得ませんでした」
ディアーナ王女専属のメイドが口を揃えてそのような証言をした。
そしてその証言を聞いた使用人の口から口へと噂は広まる。
数日後、王妃は王から贈られた茶を飲まなくなった。
曰く、彼女の専属メイドがとある噂を耳にして茶葉の使用をやめたらしい。
「王が愛人を王妃に据えるために、アンナ王妃の命を狙って毒入り茶葉を送ったのでは」
という噂が王宮を席巻し始めた頃のことである。
(すべては効果を目の前で見せる事。そうすれば、真の目的を隠したまま行動を誘導できる。シー先生がやったことと同じ)
あの鳩は、シー先生がよく躾けた賢い鳩だった。
先生がひと撫ですれば、コロっと死んだふりができるほど。
(子供を洞窟に入らせないための大ウソ。参考にさせてもらったよ、シー先生)