105話 俺の語りの終わり終わり~後編~
さて、時のディオメシア国王はまず何をしたのか?
それはズバリ『大義名分を作ること』でした。
ソルディアとステラディアは、ガッチガチに軍備強化を行い、軍隊も一糸乱れぬ連携で外敵を寄せ付けない素晴らしいものでしたが、基本的に『どこにも侵攻しない、侵攻させない』国です。
しかも、ディオメシアだけでは戦いを有利に進めるのが難しい。
属国に援護を求めるためにも、正当な理由が欲しかった。
「そこで選ばれたのが、自分の末の王子をわざと国境付近に行かせて攻撃の的にすることでした。一国の王子を害したとあれば、悪いのは攻撃したほうです。それが国内ではなく、国境付近であれば『国に侵入していないのに攻撃を行った』となればなおさら…その時多くの人の血が流れました」
「じゃ、じゃあ…戦争を起こすために自分の子供を死なせてしまったんですか…!?」
メリーの戦慄した声音に安心します。
ですよね、これが普通の反応ですよ。なんでメリー以外そんなに平然と聞いてるんですか?
肝が据わっているのか、嫌な慣れをしてしまっているのか、もう知っている事実だからなのか。
「いや?死んではないです。一緒にいた使用人たちは巻き添えで死にましたが、王子は唯一残ったメイドと共に命からがら王宮へ戻ってきました。勝手に殺さないでくださいよ、メリーは怖いですねぇ」
「あなたが思わせぶりなことを言ったからでしょう。メリーは悪くありません」
「ジーク、煽るのをやめなさい。どうして脱線しようとするの」
「気が進まないんですよ。あの戦争、この国にとっては大打撃の大悲劇でしたし」
それでも話せというんでしょう?
話しますけどね。
気分を変えようと紅茶のポットに手を伸ばしたら、アテナに奪われました。
なんて弟子でしょう。たくさん話してのどがカラカラだというのに。
はいはい、追加の紅茶はお話が終わってからですね。
「どこまで話しましたか…ああ、無事に大義名分を得てからですね」
末の王子の危機と引き換えに大義名分を得たディオメシアは、まずステラディアに攻撃を仕掛けました。
末の王子を攻撃したのがステラディア兵士だったから、それだけの理由です。
ですがそこは兄弟国。即座にソルディアの軍がやってきて押されに押され、死傷者を出したのはディオメシアの方。敗戦です。
この後海からソルディアを攻めますが、まあ結果は同じでした。
諦めればいいのですが、この兄弟国はその2国で全てが賄えるほどに資源豊富だった国。
しかも、立地的に軍事大国であるヴァルカンティアと近いので、結託されたら実に厄介。
他にもくっだらない理由はあるんですが、そういった経緯で何年も攻めあぐねることになります。
人的な被害も大きく、軍に所属する兵だけでなく、今の陛下の兄君たちはその過程で亡くなったり出奔したり大怪我を負ったりして、ディオメシアは実に散々な状態でした。
「それが変わったのが今から9年くらい前。何をしたのかまでは知りませんが、ディルクレウスの野郎が3日で王位を父親からぶん取って即位してからです。それからいろいろあって陛下以外王位継承者は死にまくってみんないなくなり、あいつはたった一人の王になりましたとさ」
「はしょりすぎだろ!なんっにもわかんねぇぞ今のとこ!」
「仕方ないじゃないですか~この辺りは本当に情報が出てこなかったんです。この時期は俺も活動してましたけど、誰もこの件については情報持ってないんですよ」
「あなたにも無能なところがあったんですね、無能なところが」
「コマチちゃん、口が悪いよっ」
「俺、というかヴァルカンティアのスパイ総出でやってもわからなかったんですから、ディオメシアのガードが固すぎッて言うのが正しいですよ。ほら、俺はまず有能ですので」
9年前は本格的に任務をこなしていたが、俺含めだーれもこの突然の即位の真実はわからない。
しまいにはハイネ様も裏から手を回したが、情報の一つも見つかりはしなかった。
だから、もし知ってるとすれば王族しかいないということなのだろうが…
ちらとディアーナ様を見る。
本人が父親の即位について語ってくれるかと思いましたが、そんな気配はなし。
知っているが話さないのか、何も知らないから話せないのか。
(賢いだけに、何考えているか読めないんですよねぇ。こういった真剣なときは特に)
「あとはサクサクいきますよ。細かい所業は恨みつらみしか起こさないので、事実だけざっくり行きましょう」
「ディアーナ様はその所業の部分を知りたくてジークに説明をお願いしたのだと思いますが?」
「これ以上夕食の時間を2~3時間遅らせてもいいのであれば語りますよ?あまり長引くとディアーナ様もおねむになってしまいますが、よろしいですか?」
コマチは一瞬ディアーナ様を見るも、だんまりを決め込んでいるのを察して口を閉じる。
さっきから一言もしゃべらないですし、本人が「もっと話せ」と言わないのにコマチが俺に強要するのは話が違いますからね。
俺も自分の過去だとかを詳細につまびらかに大きく知らせる気はありませんので。
「さ、やっとここでヴァルカンティアが登場します。とはいっても、すぐに終わります」
「お前説明面倒になってきてんだろ」
「よくわかりましたね。なので、あと30秒くらいで終わらせますよ」
「国の大事な話なのにいいんですか?」
「メリーだって長いとわからないでしょう?こういうのは、事実だけ入ってればいいんです」
ディルクレウスが王になってから真っ先に行ったのは、ヴァルカンティアとの同盟だった。
それは、ソルディアとステラディアとの争いを終わらせるため。
和平ではなく、完全に屈服させて属国にするため。
いろいろとヴァルカンティア側のゴタゴタはありましたが、結果としてこの同盟は成立しました。
その証として、この戦争が終わったら、宰相の娘であるアンナ様がディオメシアに嫁ぐことが決まりました。
ディオメシア単体では善戦はしてもダメージが大きかった戦争は、ヴァルカンティアの徹底的に敵を殲滅する精神を持った軍が参戦してすぐに収束しました。
『徹底的に』の詳細は聞かないでくださいね?今思い返しても容赦なかったと思いますし、俺もそれに参加しましたから。
誓って言いますが、誰かを辱めたり無駄に殺したりはしません。
それを守れなくては、終戦後の敗戦国への印象最悪ですし。
「色々焼き払ったり、撃ったり切ったりを兄弟国軍とディオメシア・ヴァルカンティア連合軍でお互いたくさん行いました。結果兄弟国はついに倒れて属国になりましたとさ、めでたしめでたし」
「めでたいですか?」
「ディオメシアは属国が増えたしめでたいんじゃないですか?戦争でめでたいとか本気で言う奴いたら人間じゃないです。さすがの俺もああいう総動員みたいな戦いは好みじゃないんですし」
ようやく語り終わって一息。
いやー重いです、たった10年も建たないくらいの過去の戦争。
今もディオメシアはソルディア、ステラディア両国から恨まれてると思うんですけど、どうして他にも属国がある中でその2国を陛下は選んだんでしょう。
本当に、ディアーナ様の人生は波乱に満ちている。
戦争の同名のために結ばれた両親から生まれ、幼くして母を失い、それでも気丈に国のために日々動いているのに父である王に振り回されている。
(父娘そっくり…って、嫌な因果ですね)
目を閉じたまま黙っているディアーナ様は、数分後、ただただ「大体、合ってたわね…もういいわ」といってお茶会を解散させた。
ああ、楽しみですね。
裏カジノの時のように、また大波乱が起きそうで。