102話 俺は話しませんよ
俺は常々思っていることがある。
それは、ディルクレウスの野郎は実にバカでアホということだ。
もうすぐ夕飯を準備する時間ですが、ディアーナ様の指示で5人分用意された紅茶と茶菓子。
混乱の謁見、王子たちの衣食住の案内を済ませたディアーナ様と俺達4人は優雅にお茶タイム。
今日の紅茶はオレンジの皮を乾燥させたものをブレンドしているので、爽やかでいいですね。
誰が紅茶をブレンドして淹れたのかって?俺に決まってるじゃないですか。
5人でテーブルを囲み、今日のメリーが用意した茶菓子(フルーツを詰め込んで焼いたシンプルなケーキ)をかじる。
これはブルーベリーとブドウとナッツと…いろんなものが入った菓子は今日もなかなかのおいしさ。
本当に彼女はメイドにしておくより菓子職人にでもなるべきなんじゃないですかねぇ。
(それにしても、空気が重い。無理もないか、あのバカ王の発言が衝撃的だったしな)
紅茶とケーキを食べているのは俺だけ。
王女やメイドの垣根を越えて、よく食べよく喋る姿は見られない。
メリーはテーブルのふちに手をかけて何か言いたげ、アテナは頬杖をついてぼーっとしている。淑女が口をあけっぱなしにしてアホ面さらすものじゃありません、バカが加速して見える。
コマチが一番ひどい。血の気が引いているし、拳を強く握りしめている。あのままじゃ手のひらから血が出ます。
そして当事者のディアーナ王女は…紅茶と茶菓子をじっと眺めている。
(感情は読めませんが、あれは深い思考に入ったときの癖…今彼女のケーキを横から奪っても気づかれないんでは?)
しないですけどね、まだ自分の分がありますので。
でもこの状況が続くのも面白く…じゃない。
埒が明かないので、わざと大きな声をあげた。
「それにしても、ソルディアとステラディアの王子は可哀そうですねぇ…こんなじゃじゃ馬王女と結婚しなきゃいけないとは」
「ジーク、慎みなさい。ディアーナ様はこの地に生まれたどのお方より賢く思いやりがあるお強い方、名誉こそあれ可哀そうなど」
「可哀そうっていうより、苦労するの確定だろ。ディアーナの無鉄砲さは最上級、あたしよりもじゃじゃ馬だね。あのひょろひょろ王子たちに守れるのかよ」
コマチとアテナが釣れました。
ディアーナ様をちょっと悪く言えば間違いなくコマチは釣れると思いましたが、アテナの認識はちょっと予想外です。
ですが核心をついている。
どこの世界に従者が攫われて飛び込みに行く王族がいるのか。
ここにいましたね。
母親と同じ無鉄砲さを発揮しないでほしい。血筋なんですか?
宰相夫妻といい、アンナ様といい、ディアーナ様といい…なんで後方にいるべき立場なのに自分から先陣切っちゃうんです?
「アテナ、政略結婚はそういうものです。陛下も全く得のない後妻を迎えるなんて、齢30にして耄碌しましたかね」
「と、得がないなんて言わないでください…!エラちゃんは、すごくいい子なのに」
「エラがどんなに優れていても、国にとってメリットがない。わざわざアンナ様がここに嫁がれたのも、ディオメシアとヴァルカンティアの同盟っていう国益のためですよ?あーあもったいない、あれほどいい女だったのに国を壊しかねないバカ王が夫だったなんて~」
俺の言葉に多少戸惑った後、メリーは「そういうこと言っちゃいけないんですよっ」と俺を叱る。
メリーの怒った声は久しぶりに聞きましたね。
本当に子猫が見よう見まねで威嚇しているようでお可愛いこと。
コマチもアテナも、俺にとっちゃまだまだひよっこであーかわいいかわいい。
本気で威嚇する人間もかわいいですけどね。大体の場合俺が勝つのに無謀だな~って健気さがあります。
「政略結婚って、本当は好きじゃないのに一緒にならなきゃいけないんですよね…それは、悲しいです」
「自分も、納得できません。ディアーナ様はこの国の王となるべき方なのに、陛下の一存で追い出していいはずがありません!ましてやソルディアとステラディアなど、釣りあいが取れないにもほどがあります」
「あたしわかんねーけど、あの王子たちの国ってどんな国なんだ?」
ピクリとディアーナ様が反応するのが見えた。
何に反応したのかは知りませんけどね。
政略結婚なのか、追い出すなのか、王子たちの国になのか。
でも、これで全員が反応した。
ここからでしょうディアーナ王女、あんたがやりたかったのは。
あなたが昼時でもないのに俺達だけを呼び出してお茶をする理由は一つしかない。
『これから始める無鉄砲の作戦会議』だ。
「そろそろちゃんとお話ししましょうかディアーナ様。何を、お考えなんです?」
俺の声に、うつむいていた顔をあげる。
赤銅にきらめく髪、意志の強い眼光は俺の大切だった人と同じ癖に、瞳の灰色はいけ好かない男のもの。
自分も政略結婚の末に生まれた命だろう?
今、何を思うんです。
「お父様は、どうしてエラを後妻にしてわたくしを王宮から追い出そうとするのかしら。って」
「そんなの、新婚気分を味わうのに子供が邪魔だからじゃねぇの」
「それはないですね。あの男はアンナ様の時でさえそんな素振り見せたことがありませんし人間の感情がかなり欠けているといっていい今更イチャつきたいなどとディアーナ様を追い出すとは考えにくいさっさとディアーナ様に譲位しろ」
「ジークさん、一息で一気にしゃべりました…!一回も噛まずに言うなんて、早口言葉みたいです」
「……おっと、これは失敬」
俺としたことが。
あのバカ王への思いがちょーっとこぼれてしまいましたね。
コマチほどアンナ様に傾倒していたわけではないですが、彼女とはほぼ家族として育ったのです。
恨みくらい言わせてください。
何の力もない小娘がアンナの代わりになるわけないだろバカ野郎が。
「じゃあ、なんなんだよ。なんかこう、王子たちも意味わかんねーし」
「私も、属国の方のことはあんまり…コマチちゃんが釣りあい?って言ってたのもわかんなくて」
「知識としては自分も知っています。説明いたしますか」
「ありがとうコマチ。だけれど…ジーク、お話してくれるかしら。きっと、ジークはよく知っているわよね」
心臓が跳ねる。
スパイたるもの、表情の管理は万全なので顔には出しません。
が…まさか俺に説明させるのですか。
脳裏に蘇るは、苦い記憶達。
それを全く知らずに言うほど、ディアーナ様は馬鹿じゃない。
嫌なんですけど。
俺、話す気ないですよ。
だって、話したら…俺達の関係にヒビが入るかもじゃないですか。