10話 私は火をつけたい
どれだけ泣いても、良心が苦しくとも時は経つ。
あれから時間は飛ぶように過ぎていった。ざっとひと月くらい。
少しだけ涼しい日が増えてきて、恐ろしいくらいに何事もなく私の日々は過ぎていった。
アンナの体調は、良くなっていない。
王妃暗殺は、全くと言っていいほど防げてなかった。
なので、今日私は、部屋の中でキャンプファイヤーをします。
自棄にはなっていません。絵面は幼女の火遊びだけどね!実に物騒!
発端は三日前のこと。
アンナの暗殺阻止と息巻いたものの、私はちーっともどうすればいいのかわからなかった。
メイド達の帰りを待つことしかできない日々を送っていたからだ。
「ディアーナ様、コマチが戻りました」
「おかえりなさい、それで、どうだったの」
「残念ですが」
コマチの返答にかなり落胆してしまった。
眉一つ動かさず、彼女はさっさとまた部屋を出ていく。
私のそばにはアテナがいて、主人がそばにいるというのに、窓辺の椅子に腰かけて私のクッキーを摘まんでいた。
机でうんうん考え事をしている私を見ていないようで、大あくびしながら椅子をぐらぐら揺らしている。
アンナが体調を崩すというシナリオは、ディアーナの誕生日パーティーでアンナが倒れてそのまま死ぬというシーンのきっかけになっている。
あまりに長くなっちゃうので、すべて没にしたシナリオ。でも、私が考えたお話の世界だから、間違いなくこのままだとシナリオ通りになるだろう。
私は彼女の死を「暗殺」と考えていた。
体調に問題がなく、武人としての力も備えた彼女を殺すには長期で少しずつ進めなければ成立しないと私は構想していた。
実に面倒なシナリオにしたな私!
つまり、彼女のここ最近の体調不良が既に暗殺の始まりだということを示している。
(だけど、体調不良にさせる方法なんて考えてなかったんだよ~!)
ここ数日で何度やったかわからない、頭を抱える私。
そしてそれを見て、アテナはクッキーをすべて平らげてしまった。
私ができるのは毒物が混入しているかもしれないものを探し出して、食べさせないようにすること。
アンナは体が強い設定だったから、毒物くらいじゃないと倒れないはず。
そのために、メイド達には使用人たちの伝手を頼り、王妃のここ数ヶ月継続して口にしているものを調べてもらっていた。
専属メイドがひとりもそばにいないのは外聞的にもよろしくないから、日替わりで部屋にこもる私を一人がそばに。あとの二人は王宮を歩き回って、使用人でしか集められない話を聞いてもらっていた。
私が行ってもいいけど、王族が使用人達に何回も何回も話を聞きに行くなんて不自然でしかない。ただでさえ成り代わってるから怪しまれないように傲慢演じてるのに。
だから、私は悶々としながら情報収集の結果を待つしかなかった。
メイド三人はよくやってくれてる。
私は自分のことを何ひとつ言っていないのに、指示したことを忠実に……まあ個人差はあれど、従ってくれている。
実は中身は成人女性でこの世界は物語の中で~なんて言えるかってんだ。
考え疲れた頃、部屋のドアがけたたましく叩かれた。
入室の許可を出す前に開かれた扉。そこにいたのは、いつも以上に髪が乱れてクルクルになったメリーだった。
走ってきたのだろう、息切れしていて、アテナが呆然としている。
「おいメリー!どうした?誰かにいじめられて逃げてきたか?」
「ちっち、違うの!ディアーナ様!ききき、聞けましたよ!王妃様のここ数か月ずっと食べてるもの!」
「ホントに!?よくやったわねメリー!大手柄よ!!」
私は疲れも忘れてメリーに飛びつく。
でも、すぐにハッとして離れた。メリーは驚いた表情をしていたけど、すぐに笑顔を見せて「そんなに喜んでもらえるなんて」と照れたようにはにかんだ。
ちょっと体が幼女だから、精神が引っ張られた。いけないいけない、彼女からすればまだわがまま王女で、金を保証してくれるだけの金づるみたいなものなのだから。
でもなんだか、彼女からした石鹸の匂いと、草っぽいにおいが気になった。
「えっと、ここ最近欠かさず飲んでいるものはお茶みたいです。王様が王妃様にって送っているらしくて、専用にブレンドされているとか」
「お父様がお母様に?……それ、ほんとなの」
「はい、王妃様と仲がいいって言ってた庭師さんが教えてくれました!」
これこれこれだ!これこそ私が求めていた情報!
専属メイドや執事は、時に同じ主を戴く者以外に、主の情報を流さない。忠誠心の高いアンナの専属達なら、それは当然だと思っていた。だって私がそれとなく聞いても何も答えてくれなかったから。
でも、専属ではなくても王族を見ている人は必ずいるのだ。
「メリー、その庭師のことだけど。もしかして背の大きくて、ブラウンの髪をキャスケットに仕舞っている、他の庭師よりも若い人かしら」
「はい。そうですが、言いましたっけ?」
驚く表情をしたメリーにニヤッと笑いかけ、私はアテナに命じた。
「アテナ、今すぐコマチを連れてきなさい。三人に命令があるわ、足の速いあなたなら5分で戻ってこられるわね」
面倒そうにしていたが、私のクッキーを全部食べたでしょと言えば渋々部屋から出て行った。
さて、長くなったが、これがキャンプファイヤーのきっかけである。