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この"平等"不公平に!  作者: 雨ならいいな
3/4

平等3

「時刻は9時。魔法学の時間だ」

 眼鏡を付けたアストレアが指差し棒という名の、木刀を握りながら授業の開始を告げる。

「異世界と言えば魔法! この時を待っていた!」

 勇者が机から立ち上がり弾んだ声をあげた。

「ふん。この程度の事ではしゃぐとは貴様もまだまだガキだな」

 この前のことを根に持っているアストレアが毒付く。

「いいかよく聞け、ガキンチョ勇者。貴様に魔法を教えるのは……」


 ――ガチャリ。


 アストレアが何か言いかけたところで、扉の開く音が鳴る。

 勇者が後ろを振り返ると、黒ずくめの服装に三角帽子を被った美女が入り口にいた。

「……魔女?」

 勇者から呆けた声が出る。

「おお! 本物の魔女じゃん!」

「ふふっ、いい反応ね。私が今日から勇者くんに魔法を教える先生よ。私のことは師匠と呼んでちょうだい」

 魔女が優しく微笑みながら勇者に近づく。


「了解です、師匠!」

 勇者も嬉しそうに応じた。しかし同時に、はたと疑問が生じる。

「……ん、じゃあ?」

 教壇の上で仁王立ちするアストレアに視線を向けた。

(あれは何だ?)

 いかにも熱血教師然とした佇まい。でも、魔法を教えるのは魔女だ。だったら精霊は何のためにここにいるのか、そう不思議に思うのも仕方ない。

 勇者の目線を追った魔女がのんびりとした口調で呟く。

「なんでいるのかしらね〜」

「勝手にいるだけだった……」


 その際魔女は、色鮮やかな黒板を見て使うのを諦めた。

「では、始めましょうか」

 魔女が勇者の背後に立ち、聖典を開く。

「……そうですね。お願いします」 

 同じように黒板を見ていろいろと理解した勇者が、魔女に同情した。

 気持ちを改めて聖典の第七章:魔法編と向き合う。


 授業は魔法属性の確認から始まった。

「勇者くん、魔法にはどんな属性があると思う?」

「う〜ん」

 顎に手を当てて少し考える素振りを見せる勇者。

(とりま、ファンタジー世界によくあるやつを答えるか……)

 ライトノベルやアニメで頻繁に見られる構成をあげることにした。

「火、水、土、雷、風……あとは、光と闇ですか?」

「惜しい。一つ違うわ」

「それじゃ、光が――」


「くはははっ!」

 勇者が再解答しようとしたところに前方から横槍が投げ込まれる。

「そんな事も知らぬとは、元の世界では随分と生温い教育を受けていたようだな!」

「冷やかし要員かな?」

 小さな声で勇者がぼやいた。

「いいか、頭に叩き込め勇者。闇でなく、漆黒属性だ!」

 いつの間にか綺麗になっていた黒板には、五属性の基本属性に加えて、応用に二つの属性が書かれていた。

 『聖』と『漆黒』と。

「やっぱり聖……いやそれよりも、漆黒?」

 あまりのインパクトに、どうしても意識がもっていかれる。

(……え、なにそれ? パワーワードすぎない?)

 久しぶりに聞く厨二病じみた言葉に、何故だか恥ずかしさが込み上げてきた。

「漆黒属性とはだな。主にデバフ効果が中心で速度低下、攻撃力と防御力の低下、思考や判断の妨害、状態異常。他にも精神支配や隷属化といった極めて危険な使い道もあるが、属性全体としてはとても有用な魔法で……」

 自信ありげにアストレアが早口で語り出す。


 しかし、その途中で。

「漆黒属性なんて聞いたことないわよ?」

「「え?」」

 カタン、と木刀が地面を打つ乾いた音が鳴り響いた。

 二人が声の主に目をやると、魔女がパラパラとページを捲って聖典を確認している。

「うん。やっぱりどこにも載ってないわ」

「……」

「……」

 束の間の沈黙の末、勇者は勝ち馬に便乗するようにアストレアに牙を剥いた。

「うっわ〜……。にわかじゃん」

 魔女の変人を見る目と勇者の白い目のダブルパンチが精霊を襲う。

「そ、そんなはずは!」

 狼狽しながらもアストレアが、教卓から身を乗り出して必死に弁明しようとしたが。

「アストレアは嘘を教えようとしたの?」

 静かに魔女に尋ねられた。

「いえ、おく、魔女様。精霊界では漆黒属性と呼んでおりまして……」

「少し黙ってなさい」

「……かしこまり、ました」

 魔女の有無を言わせない微笑みに瞬く間に屈し、教壇の上でアストレアがしゅんと肩を落とす。構図が逆転しているが、突っ走った生徒が先生に一蹴される、まさにその場面だった。

 やたら既視感のある光景に、過去の自分を重ねた勇者は身震いする。


 そこで、空気を一新するように魔女がパンとひと叩き打った。

「それでは早速、簡単な詠唱魔法を見せましょう」

「……あ、はい!」

 その音で勇者の意識も過去から現在に戻ってくる。

 楽しみだけど、どこか緊張もするような心持ちで、魔女の手のひらを見守る。

 片手を空中に差し出した状態で、彼女が詠唱を始めた。

『魔力よ、我が手に集まりて水を生み出せ…水球(ウォーターボール)

 唱えると同時に、手の周りに眩い光を放つ魔法陣が一瞬チラつき、空気中に無数の細かい水色断片が漂い始めた。

 それらが徐々に集まっていき、テニスボール大の水の球が魔女の手の上に浮かびあがる。

 絵に描いたような詠唱魔法に、勇者の口から感嘆のため息が漏れ、興味深そうにそれを見つめた。


 地球ではまず見ることのできない宙に浮かぶ水。シャボン玉みたいだが殻だけの存在とは違い、中身が詰まっている。

 妙に幻想的に思えた。

 シャボン玉に触れたくなるように、水球に触りたくなる衝動を必死に堪える。

 ……こら、える。


 危うく我慢対決で敗北を認めかけたところに、魔女が水の球を近くのコップに移して説明を始めた。

「これが魔法編詠唱部門その3『水の球』よ」

「いや、飛ばされた2つが気になる」

 新たな興味が、さっきまでの激しい衝動を一気に蒸発させる。

「詠唱魔法は誰でも"平等"に魔法が扱えるよう呪文化されたものなの。だから詠唱文さえ知っていれば全員が使えるのよ」

 それから付け足す。

「聖典に見放されていない限りね」

「おく、魔女様のおっしゃる通り。聖典のもと詠唱魔法は"平等"だ」

 そして、しばらく黙り込んでいたアストレアがここぞとばかりに補足を入れた。

「それに聖典のお心は寛大! 詠唱魔法を使えない奴がまさかいるわけあるまい」

 前方で腕を組んで意気揚々に述べる。


 勇者が自分の手のひらに視線を落とした。何度か握っては緩めるを繰り返す。

 なんかいけるか気がするぞ、と根拠のない自信が湧いてきた。

(ちょーと聖典に触れたけど流石に大丈夫でしょ。見ていたわけじゃないんだし)

 勇者が期待に満ちた表情で、片手を前に伸ばした。

 先ほど魔女が唱えた言葉と一言一句違わぬよう、意識して詠唱を始める。


『魔力よ、我が手に集まりて水を生み出せ…水球(ウォーターボール)


 ………………そして。


 この日、詠唱魔法の"平等"が乱された。



 その昼屋敷の廊下。

 純白の僧侶服に身を包んだ美しい少女が薄暗い廊下を歩いている。

 いつもは被っているフードを今日は外し、腰まで伸びる水色の髪を揺らしていた。

 少女が目的の扉の前で立ち止まる。

「お母様はちゃんと勇者様に教えられているでしょうか……」

 少し心配に思いながら扉を開くと、真っ先に高笑いする声が耳に飛び込んできた。

「くはははっ! 疾くも貴様は聖典に見放されたか!」

「ちょっとアストレア!」

 腹を抱えて笑う精霊とそれを嗜める魔女。

 部屋の隅で……枯れた花のように勇者が蹲っている。

「勇者くん、もう一度試してみましょ。きっと今のはたまたまよ。私も聖典反したこと沢山あるから」

「奥様!?」

「……」

 情報過多な状況に、聖女は置物と化すのだった。

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