1.4
扉が閉まってしまって、リリアンは啞然とした。なにあれ!良い話してたのに、勝手に勘違いしていったんだけど!
二冊、机の上に置いたリリアンは、むっとしながら机の前の椅子に腰かけた。
たしかに紛らわしい題名ではあるが、『公爵と危険な夜』はわたしのバイブルだ。殿下との婚約解消後、侯爵邸の自室に置いて行ってしまったが、一言一句違わず暗唱できるほど読み込んでいる。
「『敬愛するリオン・デーヴァ・テオバルト公爵に捧げる』」
そらんじて、懐かしくなった。
リリアンは、もうぼろぼろな『公爵と危険な夜』の1ページめを開いた。
【リディアもといリリアン・ジョンストンは雪原にて討ち死する ~『君と堕ちていく』より引用~】
ダイイングメッセージかと思うほどに真っ赤に艶めく文字を見たリリアンは、何事もなかったように日記帳を閉じた。
表紙を改めると、『公爵と危険な夜』とはまったく別の書籍であった。『公爵と危険な夜』に付けていた特製カバーが、誰かのいたずらで、異なる本につけられていた。
そっとカバーを外すとそれは、いまは亡き母に頂いた、蒼の美しい背表紙の分厚い日記帳だった。ただし、とてもぼろぼろだった。
「…わたしの日記……?」
たしかに日記をつけていた記憶はあった。朝ごはんがどんなだったとか、何をして遊んだとか、誰かがこう言ったとか、当たり障りのないことを。
たしかに見覚えのある字体だった。絶対に、あんな一文を書いた覚えはないし、赤いインクを使ったこともないけれど。
というか、リディアってだれよ、わたしはリリアンよ。というか、というか、わたしのバイブルはどこに行ったんだ!
積み上げられた本を睨むと、カバーの外された『公爵と危険な夜』が中ほどに挟まっていた。
なぜに????
嫌な汗をかきながら日記帳をもう一度開くと、1ページめには先程の一文。そして隅に小さな文字でなにかが書き連ねてあった。
【ヤンデレ、メンヘラ、サイコパス……『君と堕ちていく』はメリーバッドエンドをうたう乙女ゲーム。さあ、狂愛の世界へ】
オトメげーむ?オトメげーむとは、なんぞ?
リリアンは、怖いもの見たさでページをぱらぱらと繰った。
…どのページも、酸化して黄ばんだ紙面をびっしりと血文字が埋めていた。赤い、赤すぎる。まるで呪物です。
1ページめに戻り、今度は次ページに進んだ。
【目次 1-5クローネ・ライン 6-150ジークハルト・デーヴァ 151-185レオン・アルライナ 185-190バーナード・アルライナ 191-220ハルト・アリスティア 221-251ディエゴ・リアンド 252-270メジーナ・リアンド 271-275アルフレド・レグルス 276-280セリス・ラルベール 281リリアン・ジョンストン 282-283リディア・リアンド・カルターク 284-500概要】
「……………」
いくつか見知った名前が記されているが…先頭の数字はページ数だろう。アルフレドでさえ5ページあって、なぜリリアン・ジョンストンが1ページで終わっているのか。
リリアンは、自分の名前の記してあることが気になって、そのページを開いた。
【:リリアン・ジョンストン :侯爵令嬢。リアンド国王の妹であるサリーヌ・カルタークを母に持ち、前アリスティア公爵家三男にあたるフィリップ・ジョンストンを父に持つ。リディア・リアンド・カルタークの血をデーヴァ王家に取り入れたがった皇帝により皇太子ジークハルト・デーヴァと婚約が結ばれ______】
「ぬわっ!」
突然、血文字が水しぶきとなって飛んできて、視界が真っ赤に染まった。
え!?血を噴いた!!?
卑劣な目潰しに悶えていると、日記帳は赤い液体を噴いて、リリアン・ジョンストンのページを赤一面に染めあげた。
___バシャシャシャシャッ!
「わあああああ!」