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1王都_戻ってきた侯爵令嬢

 登場人物の大半はもれなくヤンデレ。愛のためなら人を傷つけることも厭わないアタオカたちである。なので、ヒロインを巡って血みどろに争うわけだ。中にはヒロインの自由を奪い、文字通り自分がいなければ生きていけない状況を計画し実行する猛者もいる。


 気の毒なことに、目の前の少年がヤンデレ王太子だと知らない少女は、丸い頬をうっすらピンクに染め、王太子からハンカチを受け取った。


 おめでとう、少女よ。地獄、じゃなくて刺激的な恋の始まりよ。そしておめでとう、わたし。平穏な人生への第一歩よ。


「ほら、見て。あの子が殿下の運命の恋人よ」


 得意げに振り返ると、アルフレドは怪訝そうにした。


「平民じゃないの」


「今はね」


 ふたりが出会ったのを確認したリリアンは、アルフレドの手を引いて建物の陰から出た。すこし離れたところに停めてあった馬車に乗り込むと、馬車はゆっくり動き出した。


「あの選民主義者が平民に恋するとおもうの?」


 窓のカーテンを閉めると、リアリストなアルフレドはそんなことを言い出した。


「恋するんじゃなくて、恋に落ちるんだよ。運命の恋っていうのは突然で必然で、気付かないうちに溺れていくものなの」


 我ながらなんて名言。

 誇らしげに言えば、アルフレドはリリアンの抱えている本に視線を向けた。


「恋愛小説の読みすぎだよ」


「そんなんじゃないよ!」


 生憎、わたしの愛読書は"公爵と危険な夜"である。勘違いしないでほしいのだが、本の内容は我が国の一般兵が書いた、武将として君臨する公爵の戦闘記録であって、けっして淫らな感じではない。題名のとおり、魔物討伐の夜、暗殺者拷問の夜、戦の夜など、命の危険な夜に公爵が活躍したその様子を詳細にしたうえで称えている。公爵のファンが描き下ろしたものなので、当然マイナー。危険な題名だけに、アルフレドはいつもしょっぱい顔をしてくる。失礼なやつ!


 何度も読んだおかげで擦り切れてしまった本の表紙を撫でていると、アルフレドは大げさにかぶりを振った。


「ジークハルト王太子はさ。リリーを婚約者に据えたのだって、侯爵夫人が他国の王族で侯爵がアリスティア公爵家の三男だから、リリーがふたりの血を引く、貴族の純血だからだろう」


「愛は価値観さえ変えるって知らないの?」


 ちなみにこの言葉は本の受け売りだった。


 p2『閣下の姿は皆に敬愛の心を起こした。それまで才能という壁の前でやさぐれていた者たちが、一様に壁を登り始めた。しょせん才能には勝てないのだ、と諦めることはない。恐れながら立ち向かう勇気は武才よりも尊いものだ。そうして閣下に従属したいくつもの夜、死を恐れていた我々は変わった。我々は閣下の肉盾になった。愛は価値観さえ変えるのだ!』


 アルフレドはどん引いた。


「その本、そんな内容だったの?」


「失礼だよ!」





 ________遡ること数カ月前。


 ぱちっ。

 目を開けると、アルフレドの顔があった。彼はじっとわたしを見つめた後、「おはよう」と言った。


「お、おはよう」


 睨むような目つきを不快に思いながら、アルフレドに顔中べたべたと触られるままにしていると、彼は悩むように唸った。


「自分の名前、言える?」


「リ___リリアン」


「俺が誰か分かる?」


「アルフレドでしょ。朝からなに?」


「うーん、じゃあ、今日の下着の色は?」


「えっと、白……なに言わせるの!」


 ゴツ!と頭突きすると、アルフレドは倒れた。この魔法使い、長い付き合いだからって舐めた真似しやがって!


「それより一体どういう状況……っあ!」


 横になっていた寝台から飛び降りた途端、盛大に転んだリリアンは、視界に星を散らしながら驚愕する。え?わたし転んだの?


 足がもつれたとか、体が上手く動かなかったとかじゃない。着地のタイミングが、わたしの感覚より遅かったのだ。


「大丈夫?」


「う、うん」


 アルフレドの手を借りて起き上がると、ちょうど視線の高さが合った。


「あれ?アルフレド、縮んだ?ていうか、若いね」


 高身長なはずの彼は、いまはいつかの少年姿だった。6歳くらいかな?銀の長髪に白い肌。見慣れた金色の瞳ではなく銀色の瞳をしているが、間違いない、わたしがまだ貴族令嬢だった頃のアルフレドだった。


「リリーもね」


 わたしも?言われて近くの全身鏡を振り返ると、六歳くらいの少女がこちらを見ていた。もちろん、見覚えがある。茶色の髪に、きらきらしたエメラルドの瞳。やたら特徴のない造形。いつかのわたしだった。気付けば、今いる部屋もいつかのお屋敷だった。


「お水飲む?」


「ありがとう…」


 混乱するリリアンにアルフレドはガラスの水差しを渡した。コップじゃないのね?


「不便はない?怪我とか、体調とか。異変はある?」


「異変だらけっていうか…」


 水差しを抱えたまま突っ立っていると、アルフレドは椅子を二脚持ってきてリリアンを自分の体面に座らせた。アルフレドが念入りにリリアンの脈を調べている間、リリアンは自分の身に起こったことの把握に忙しかった。


 たしか、ペルセポ峠で襲撃に遭って、わたしは襲撃者と相討ちになったはず。酷い傷でもう助からないと覚悟を決めて、永久の旅立ちに…。


「___それで、健康な時代まで時を戻ったんだ」


「へえ…ん?ごめん、喋ってたの?ちょっと聞いてなかった、もう一回言って?」


「リリーがミンチになってて治しようがなかったから、時戻りしたよって」


「わたしミンチになってたの?」


 いやそこじゃなくて、とアルフレドは呟いたが、それくらい血みどろだったよってこと、と答えた。どう戦ったらあんな気色悪い姿になるんだ、とも。


「ペルセポ峠で大国の反逆者たちを見失ったって聞いて駆けつけてみたら、何人か偵察兵が引き返してくるところだったんだ。話を聞けば、吹雪の中で仲間とはぐれたっていうから…まさかリリーがいるとは思わなかった」


 アルフレドの説明に、リリアンは自分がいまだ吹雪の最中にいる感覚をおぼえた。なんとなく、あの一時が自分の持てる力の最大値だった気がする。武においては負け知らずのため、相討ちだったことは納得いかないけれど。


「おれはてっきり、もう帝国を出て自由にやってると思ってたよ」


「えっと、検問を避けるために峠を越えて隣国に行こうとしてたんだけど、はぐれた仲間?に泣きつかれて…」


 だんだんと事の経緯を思い出す。そうだ。


 腐っても帝国の貴族だったリリアンは、いちおう行方不明届を出されていた。国を出るには国の検問を通らなければならなかったので、わたしは、かの峠から不法出国しようとしていたのだ。虎狼の氷山と呼ばれるペルセポ峠は、厳しい寒さと、目も開けられない吹雪で、とても生きた人間が立ち入るところではなかった。しめしめ誰にも止められまい、と思っていたら、今にも凍え死にそうな青年が、鼻水だらけの顔面を涙でぐしゃぐしゃにして縋ってきたのだ。しかも彼はわたしの顔を知っていた。むしろ家名で呼ばれた。そうして青年の事情を聞かされたあと、取引したのだ。


『守ってやるから、帝国に余計なことを報告しないでね』


 まさかあそこで敵ともどもわたしも死ぬとは思わなかった。


「あの大国の人たち、強かったな。クーデターの残党だよね?峠を越えてきたのかしら」


 虎狼の氷山、ペルセポ峠は帝国の北側を沿うように位置している。そして、ペルセポ峠の向こうは大陸一の栄華を誇る大国。ちなみに、帝国の西から隣国を通って大国へ行くのがセオリーだった。


「でもあれ一対四だったし、わたし偵察兵守ってたし、相討ちだったけど実質わたしの勝ちだよね」


「それは知らないけど、リリーは満足そうな顔で死んじゃったよ」


「実質わたしのほうが強かったからね。悔しくはなかったはず」


 リリアンとして武闘会に出たときも他を圧倒して優勝したし、帝国内でリリアンに敵う者といえば、不参加だったリオン公爵の他にはいないだろう。結局、リオン公爵とは一度も手合わせすることなく、姿を拝むこともなかったが。


 帝国の鬼と呼ばれるリオン公爵は、帝国の騎士団の総帥であり、あの頃は大国のクーデターのおかげで常時国境警備に付いていた、と思う。


 て、そうじゃなくって。


「時戻りなんてできるの?」


「ああ。人間は初めてだけど。感情とか欠けてないよね?」


「いや…どうして感情が欠けるのよ」


 聞くと、時戻りの魔法には代償を払わなければならないらしい。魔法の行使者も、被験者も、それぞれ差し出さなければならないのだという。


 彼が素晴らしい魔法使いであることは知っていたが、まさか世の理に関わる力を持っているなんて。


「リリーが摂理に何を差し出したのか、心当たりはある?」


「ええー…対価ってたとえば?」


 アルフレドは腕を組んで、うーん、と首を傾げた。混乱しているときほど質問が多くなるのは、リリアンの習慣のようなものだった。ストレスに耐えて黙るよりは、他のことをして気を紛らわそうとする、ひとつの癖である。


「たとえば、自分の存在を揺らがすものかな。ディーノなら、完璧な味覚」


 ディーノ。


 リリアンは懐かしい名前につい笑ってしまった。


 アルフレドと同じくらい親しかった友人のディーノは、やたら声の大きい少年だった。この屋敷の兵士見習いで、血の気は多いけれどいつも元気で明るい。そしてディーノは繊細な味覚を持っていて、料理に対する抜群のセンスがあった。


 そのへんの草をちぎってサンドイッチに挟んだときは殴ってやろうと思ったけれど、無理やり食べさせられたあのサンドイッチ、すごく美味しかったな。


 アルフレドもにやにやしているので、彼なりの冗談なのだろう。からかうつもりで彼をつついた。


「じゃあアルフレドは?」


「おれは、魔法の力」


「え?」


 どういうこと?と聞くと、アルフレドはさりげなく、リリアンの視線を避けるように顔を背けた。


「魔法を使えなくなったんだ。摂理のやつ、おれの魔力をぜんぶ奪っていきやがった。まあそれくらいしなきゃ、おれたちの魂を除いて時を戻すなんて超常現象は起こせないが」


「あなた魔塔主になったんじゃないの?」


「リリーがミンチになった頃ね。おれの話はいいよ、リリーの対価に心当たりは?」


「ちょっと待って。すこしも使えないってこと?」


「魔力がないから、そうだね。おれの瞳、すこしだって色づいてないだろ」


「じゃあ、魔力を取り戻す算段があるのね?」


「ないよ。銀の瞳は魔力がない証というよりは、魔力に適合できない証なんだ」


「ならどうやって魔塔に行って、魔塔主になるの?」


「行かないし、ならない。だからおれのことはいいんだよ、今はリリー自身のことを考えてよ」


 それを聞くなり、リリアンはガラスの水差しを落とした。



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