交渉
やはりそうか.....私の予想は当たっていた。
レナが私のところにわざわざ会いにきた理由は彼にある
私もそのことをわかった上で彼女を通した。
もはや政府や世間の目も彼に対してはそれは厳しいもので
新聞や雑誌などは彼の過去を洗いざらい調べ上げ、
必要のないものまで吊し上げ、さも重大犯罪のように取り上げ、重箱の隅をつつく行為はこれからさらにエスカレートしていくだろう。無論だからと言って彼に非がなかったと言えばそれはまた違う話だろう。
手段の一つとして刃物を使った脅しを敢行しようとしたことは紛れもない事実。ただ、彼にはそこに明確な殺意のようなものは少なくとも私には感じられなかった。
報告によれば彼は殺意に対して肯定も否定もしなかったが
おおよそ殺人犯が抱くような恨みや憎しみと言った類は
まるで含んでいないようではあった。
それはおそらくレナもそれを確信して私のところにこうやってわざわざ尋ねに来たのだろう。
彼女は多くを語らなかった。ただ彼に関しての事件をしっかりと精査して欲しい旨を私に伝えた。
「どうか。お願いします」
彼女の願いよりもむしろその後の私に目一杯頭を下げる姿に私は彼女の偉大さやあるいは恐ろしさを持った。
普通ならば他の役所の人間に頭を下げるなんてのはプライドやらが邪魔して到底できることではない。
ただ、彼女はそれをして見せた。そこには野心や下心などはおそらくない。純粋なものであることを私は読み取った
「........」
私はしばらくの間沈黙を貫いた。この行為自体へのリスクを彼女がわかっていないはずがない。言葉にこそ現れていないが、行間には彼への恩赦を最大限の目標としながら
そこまで行かずとも滅刑や不当な勾留を避けようとする思惑が見える。また、もし減刑となれば当事者であるガーランド家はもちろん、関係深い大蔵省や鉄道省の奴らや
面倒なマスコミにますます批判の声を高まらせることになる。それに仮にも軍参謀総長である彼女が司法卿の私に対して、説得といえば聞こえがいいものを行っていることも
軍部の圧力だのなんだので騒ぎ立てられることは目に見えている。それは彼女も分かった上での覚悟を私に示したものなのだろう。
「分かった。」
私がそれだけ言うと彼女は軽い礼と会釈をした後部屋を去った。この言葉だけで納得したように帰ったのは
私の性格をよく知った上でのもので、それはある意味信頼を持ってくれている証拠でもあった。
ならば、私もその信頼に答えるべく机の上にあった資料に
もう一度あたることにした。