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1.侍女レギーナはまず少年と出会う

「大修道院長! わたし、メーベルト伯爵家の女中に選ばれました!」


「何を言っているのですか? レギーナ? メーベルト伯爵家?」


「明日から伯爵様のお屋敷で暮らすことになります!」


「ですから、何を言っているのです!? ここからメーベルト伯爵家までどれぐらいかかると思って……」


「先週、求人に募集をいたしまして……」


「あなたは、先週馬を使って勝手にどこかに行っていましたね? あれですか……? 朝からいなくなって、夜遅く帰って来ていましたが」


「はい。あれです!」


 レギーナは意気揚々と大修道院長に宣言をした。えへん、きっと大修道院長もお喜びのはず……と言いたげな彼女に、大修道院長は苦々しく返す。


「まさか、馬に乗れたとは……それにしても、あなたは噂を知らないのですか。メーベルト伯爵当主は、女性に対して見境がなく、それこそ侍女にも手を出してと……」


「存じています!」


「知っているのに、行くというのですか?」


「はい! むしろ、わたしに手を出してくだされば儲けもの。そうなったら示談に持ち込んでがっぽりお金をいただくのです! そうすれば、この修道院も大儲けですよね!?」


 はあ~、と大修道院長は大きなため息をついた。一体どこからその発想が出てくるのだ、そもそも操をそのような形で散らそうだなんて、何を考えているのだ……と頭を抱える。


「レギーナ。よろしくない。よろしくないですよ? メーベルト伯爵はあなたの父親ぐらいの年齢で……」


「良いではないですか! わたしは引き取り手に逃げられましたし、覚悟は出来ております!」


 元気なのはいいが、どうにも話が通じない。大修道院長は頭を抱える。だが、この能天気な娘なりに、今の修道院の貧困についてあれこれと考えた結果なのだと思えば、それは自分が不甲斐ないとは思う。


 悲しいことに、メーベルト伯爵家の領地の中でもひときわ辺境にあるトイフェル修道院は、現在貧乏だ。それは間違いない。


 そして、今年19才になるレギーナは修道尼にならず、町の郊外に嫁ぐはずだった。「だった」のだ。先々月に相手の浮気が原因で婚約破棄をして以降、まったく縁談が来ない。そもそも修道院にいる者が縁談を取り付けただけでも相当なものだったのに、惜しいことをした。しかし、だからといって娘を「あの」メーベルト伯爵の元へとおめおめと差し出すつもりは大修道院長にはないのだ。


「いや、ちょっときちんと考え直してくれませんか。ようやくわたしも冷静になってきましたが、そもそもメーベルト伯爵に……あなたが『手を出してもらえる』保障はありませんよ……?」


 と、変化球を投げる大修道院長。


「まあっ、失礼ですね! わたしの、こう、ちょっとだけ微妙な美貌を、こう、どうにかすれば、少しは手を出してもらえるに違いありませんよ……」


 言いながら、レギーナの声は少しずつすぼまっていく。そうだ。大修道院長もちょっとだけ声を荒げたものの、冷静に考えればそう心配することもない気がする。なぜなら、レギーナは本人も言った通り「ちょっとだけ微妙な美貌」しか持っていない。


 髪は、くせっ毛の金髪で、束ねていないとふわふわとあちこちに跳ねてしまうし、顔の造作は良いけれどもそばかすが多い。言うなれば、非常に健康的な美貌を持ち合わせているのだが、それが貴族社会となると、また少し勝手が違うだろうと思う。そして、体は少し痩せている。いや、駄目だろう……大修道院長は頭を抱えたが、もう決めたことは仕方がない、と受け入れた。


「そうですか。わかりました……頑張って来なさい。家事はどれもこれも一通り以上あなたは出来るし、足手まといにはそうはならないはずですし……ええ……まあ、普通に稼いでお金を入れてくれる分には……」


 そんなことを言わなければいけない修道院の現状もどうかと思いつつ、大修道院長はもごもごと激励を述べるだけ。


 ちなみに、2人が言っている「メーベルト伯爵」の噂はある意味で本当なのだが、とある事情により、レギーナはそのメーベルト伯爵に会うことは出来ない。が、彼女はまだ、当然それを知らないのだった。




 そんなわけで、メーベルト伯爵邸の侍女になったレギーナだったが、職場の環境は想像とまったく違っていた。彼女が担当する場所はメーベルト伯爵邸の「離れ」の一つ。


 大きな邸宅の離れと言えば、一つのそれなりの棟を指すことがほとんどだ。しかし、その離れは相当小さく、離れの近くはなんだか鬱蒼としている。建物の内訳は、部屋が3部屋のみ。なんとそのうちの一部屋がレギーナの部屋なのだと言う。他は厨房や倉庫などがあって、一通り生活を出来るようにはなっている。


 話を聞けば、メーベルト伯爵邸には5つもの小さな離れがあるらしい。そして、伯爵の次期候補者が「候補選定」の時にそれぞれ1つずつ離れに入り、互いに接触をせずに一か月から二か月そこで過ごし、かつ、現伯爵からの課題をこなす……というしきたりが長きに渡ってあったのだと言う。


 要するに、彼女は「いつ使うのかわからない」離れを綺麗に維持するためだけに雇われた侍女であり、逆を言えば「それ以外のことは期待されていない」ようだった。食事は本館から朝晩運ばれるし、昼だけ自分で作れば良い。離れの清掃チェックは週に一度だと聞いている。そう思えば、これはなかなか良い仕事ではないかと思う。


「とはいえ。これでは伯爵様に近寄れないわ……!」


 それだけは大問題だった。が、彼女は律儀なところがあったので、まずはきちんと離れの清掃を始める。毎日清掃をするといっても、エントランスに客室3部屋に倉庫に厨房に……と案外広い。その上、離れを囲んでいる庭園に出る通路や、庭園に置かれたベンチ類も範囲内らしい。


「案外と骨が折れるわね……でも、まっ、これぐらいならお安い御用よ!」


 と、自分を鼓舞して、髪を後ろで一つにまとめる。癖っ毛は、一つにしばっただけではまるでほうきのように先が広がってしまうため、三つ編みにしてぐるぐると巻き「よし!」と気合を入れた。何にせよ、働かなければ給金は出ない。それに間違いはないのだ。




 ある日、庭園のベンチを拭いていると、茂みでがさがさと何かの音がする。レギーナは驚いて「ええっ?」とそちらを向きつつも、正体不明のものを相手にして少し腰が引けた。が、やがてそこから、がさがさと幼い男の子が姿を現す。


「わあ!」


「きゃっ!」


 レギーナの前に出て来た少年は、年の頃8歳ぐらい。くるくると巻き毛の銀髪のあちこちに枯れ葉をつけての登場だ。ぱちぱちと緑の瞳を瞬きさせ、驚いた表情を見せる。服は小綺麗といえば小綺麗だったが、やたらあちこち土がついている。


「あ、あら、坊や、どこから来たの……?」


「あのねぇ、あっちのお庭」


「お庭から?」


 見れば本館の方を指さしている。


「あっちのお庭、おにいちゃんが手入れしてるの」


 なるほど、庭師か何かの弟か、と理解をするレギーナ。


「そうなの? 一人でここまで来ても大丈夫?」


「大丈夫! 今日はぁ、何もすることないから、冒険してたんだ!」


 そう言って、少年はくるりと一回転した。まったく人見知りをしていない。彼はじっとレギーナを見上げてにこにこ笑う。


「おねえちゃん、なんて名前? 知らない人」


「わたしはレギーナよ。数日前から、こちらの離れの担当になったの。坊やは?」


「僕はぁ、クルト! ねえ、おねえちゃん遊んで?」


 レギーナは一瞬困惑したが、とはいえ、自分も多少さぼっても問題はないだろうと思い「いいわよ」と返事をした。クルトは嬉しそうに「やった!」と何度も飛び跳ねて、大喜びで笑った。


「それじゃあねぇ~、何しようかしら……今日はなにも用意していないから、そうね」


 そう言ってレギーナは庭園のベンチに座った。その隣にクルトも「えい!」と何故か気合を入れて座る。


「じゃあ、まずは指遊びをしましょっか!」


「指遊び?」


「そうよ。2人で出来る遊びで道具もいらない遊び。最初にコインを投げて、先攻後攻を決める……おっとと、コインがなかった! じゃあ、この木の枝を地面に立てて……手を離したらどっちに倒れるかあてるところから始めましょ!」


 足元に落ちていた木の枝を拾って、それをクルトに見せながらくるくると回転させるレギーナ。


 修道院で子供たちを相手にしていた彼女は、子供の遊びはたくさん知っている。勿論、修道院には多くの子供たちがいたため、大人数で遊ぶ遊びの方が得意だったが、その中でもどうにか2人や3人で出来るものを必死に思い出す。


 クルトは「木の枝? 変わったことするんだね?」と言いつつ「僕は左側に倒れると思う!」とすぐに話にのった。そうして、2人は一時間ほどあれこれと遊んで、すっかりくたびれた。




「クルトー! おにいちゃんが呼んでるわよー! クルト―!」


 遊び疲れて少し眠そうなクルトだったが、自分を呼ぶ女の子の声が聞こえたらしく「いけない!」と叫んで飛び上がった。


「レギーナ、ありがと! ね、また来てもいい?」


「いいわよ。そのう、毎日は無理だけど……」


「あのね、僕もここに来るのは週に2,3回ぐらいなの。だから……」


「わかったわ! また待ってるわね」


「やった! じゃあね!」


 クルトは大喜びで手を振って、庭園を駆けだした。遠くに、クルトと同じ銀髪の少女の姿が見える。あまりはっきりとは見えなかったが、背格好を見る限りには双子のようにレギーナには見えた。


「庭師さんの弟や妹かしらね。可愛い子だわ」


 うふふ、と笑ってから、レギーナは離れに戻った。ほんの一時間に満ちないほどではあったが、クルトと遊んだ時間は、彼女にとってもいい気分転換になった。おかげで、そこからの仕事は思いのほか捗ったのだった。



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