おじさんと角ウサギ
額から私の前腕ほどの長さの角を生やし、大型犬くらいの体躯を持つ兎のような「角ウサギ」と呼ばれている魔物。私から見たらとても非常識な生き物が、その鋭利な角を私に向けて突進してくる。
槍鹿といい角ウサギといい、殺意が高すぎないか? 草食だよなお前ら。なんで逃げないのさ。
発達した後ろ足から繰り出される脚力が強いのか、跳ね回りながら空中を進んで来るので、まるで飛んでいるようにも感じる。
対して私は、右手に持った小さい方の牙棍棒を腰だめに、左手には大楯を保持して基本の斜めに傾け、受け止めも受け流しも出来るように構える。
角ウサギは真っ直ぐ突進してくることはなく、後方以外の左右前方ジグザグに跳び跳ねながら距離を詰めてくる。そんな角ウサギを見失わないように、大楯を掲げて迎え撃つのだが、すごい跳ね回るなこいつ。
こちらを向く鋭利な角が怖くて大楯をかざして隠れてしまいたいけど、視界から対象を見失うのは危ないと教わっているので、角ウサギと私の間に大楯が必ずあるように位置を調整しながら、見失わないように角ウサギを必ず視界内に入れる。
私から見て左前方に着地した角ウサギは急角度で切り返し、私に向かって本命の突進を慣行、発達した後ろ足の脚力のなせる技か空中を矢のように飛び、鋭利な角で真っ直ぐに私の胴体を貫こうと狙っている。殺意高すぎるって!
「ふっ」
それに合わせて突貫してきた角ウサギを逸らすため、角ウサギと私の間に斜めに大楯を割り込ませるように大楯を横に振るう。
「あっ」
タイミングが良かったのか悪かったのか、振るわれた大楯が振り払いの一撃のように角ウサギに直撃。
なにかが砕けるような音、折れるような音、潰れるような音、全て合わせた鈍い衝撃音を響かせて吹っ飛んでいく角ウサギ。
「はい、ゴンゾウ失敗ッス。相変わらずえっぐい威力してる一撃だったッスね。角ウサギが真横に吹っ飛んだッスよ。シールドバッシュ狙ったッスか?」
「たまたま当たっただけで、本当は逸らすはず、だったんですよね。角ウサギは……うわぁ、これ、ダメですよね?」
「あらぁ、角はバラバラで体も潰れちゃってますねぇ。ギルドに持っていったら怒られますよぉ」
幸い角ウサギの討伐証明部位は尻尾なので、討伐数にはカウント出来るが、角はバラバラに砕け、潰れた内蔵や飛び出した骨が肉や毛皮を駄目にして買い取ってもらうことは絶望的だ。
ボブさんに暖房器具の相談をしてから十数日ほど経った今日は、防壁外の丸太の柵で囲われた農地の警備依頼を受けている。
あの日にファンタジーな世界でも税金で悩むなんて世知辛いと思った税については、現在は冒険者としての報酬からもろもろ引かれているため特に手続きなどは必要なく、冒険者を引退した後に日本で言う戸籍などの登録と一緒に必要になるようだ。
ジスさんもカエラさんも冒険者ギルドでさえ、なんともざっくりした説明だったのだが、ジスさんの「冒険者は悪く言えば浮浪者の集団みたいなもんだ、死亡率も高いから免除ってか放置されてんのさ」の一言に色々と込められていたんだろうか。
現状なにも出来ないようだし、冒険者を続けて年間で一定数の仕事をしている内は防壁内から追放される心配もないみたいだ。これ以上深く考えるのは無駄かな。
今は仕事に集中しよう。
リジーさんとエナさんと私の三人で農地の警備依頼を受けているが、アイリーンさんとセイランさんも同じく農地の警備をしている。
アイリーンさんはCランク冒険者で討伐限定B、セイランさんはBランク冒険者で「警備にフルメンバーでは過剰ですね」と冒険者ギルドに言われ、二人はそれぞれソロで私達の両隣の区画を担当している。
見晴らしのいいところから両隣を担当するアイリーンさんとセイランさんが見えるが、一組が担当する範囲はなかなか広いようだ。
新人転がしを受けたときのような真夏のような暑さが無くなり、農地を涼しい風が吹き抜ける秋を思わせる季節に入ったようだ。
もうすぐ収穫が始まるらしく冒険者にも農地関連の依頼が増えたらしく、普段西の森での討伐を主にしている「春の風」にもギルドから農地関連で依頼を受けないかと勧められたんだが……低ランク冒険者や稼ぎが少なかった冒険者が、越冬のために稼げるように優先されるんじゃなかっただろうか。
「ああ、それは収穫が本格的に始まってからッスよ。今みたいにこれから収穫が始まるかもってときは、むしろ実績のある冒険者やパーティーが警備を勧められるッス」
「収穫前が農地は一番農作物が豊富ですからねぇ。農家の方々と農作物を盗人や野生動物や魔物から守るために衛兵隊も出ますが、全ては警備できないので実績や信用のある冒険者にギルドから依頼が出るんですぅ」
「エナは初めて受ける仕事ッスけど、この依頼を受けることが出来ればランク関係なく、冒険者として冒険者ギルドから認められたって証ってよく聞くッスよ」
「それよりもゴンゾウさん? もっと大楯の使い方練習しましょうねぇ。基本は出来るようになりましたが、まだまだ鈍器を振り回しているのと変わりませんよぉ」
「逸らそうとして魔物吹っ飛ばしたの、今日だけで三回ッスよ。いっそのこと逸らすことは考えないで、角ウサギくらいの大きさなら受け止めることだけ考えたらどうッスか?」
「大楯も壊れる様子はありませんし、今から大楯で受け止める練習にしましょうかぁ。出来るようになったら逸らすのは側面に当てないで、大楯に角度を付けるだけでやってみましょうねぇ」
今回の依頼は私の大楯の実地訓練でもあるんだけど、私のパワーでは重量物である大楯も段ボールで作ったような重さにしか感じられず、どうにも勢いが余ってしまう。
やっぱり武具って取り扱いが難しい。次は腕と大楯は構えたまま動かさずに、体の向きを変えるだけにしてみるかな。
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