おじさんと気候
『暑い』
暑いんだよね。おそらく夏の日本人の大半が思うだろう、暑いと言う言葉が口癖のように日本語で口から溢れる。
湿度は日本の夏のように多湿ではなく不快ではない程度だし、体感気温は湿度も関わっていると聞くし温度計も無いから正確にわからないが、日本のように日中の外気温が四十度近いような酷暑では無いと断言できる。体感では三十度前後だろうか。
でも、暑いものは暑い。
涼しい午前中は完全装備で新人転がしを受け、午後は鎧と兜は外したが安全のために長袖の作業着と慣らすために具足にブーツと革手袋は装着して大楯の訓練だ。
すでに日も傾いて、吹き抜ける風が気持ちいい中を帰宅中ではあるが、真夏に長袖の作業着とブーツに革手袋だよ。リジーさんが魔術で出してくれた水を飲んだり、頭から被ったりしたのが気持ちよかった。
これが西の森での討伐依頼なら森の中は木が日を遮り、おそらく森の先にある山脈から吹き下ろされた風で避暑地にでもいるかのように涼しいんだけど、練兵場は屋根も壁も日陰もない野ざらしの広場だ。暑くて当たり前だよね。
「ゴンゾウ、今なんて言ったの?」
「あちらの言葉ですかぁ?」
「あちらの言葉で、暑いと。これから、もっと暑く、なるんですか?」
「ゴンゾウの国の言葉って本当になんて言ってるかわからないのよね。不思議な響きだわ。
練兵場は日を遮る物がないから余計暑かったわね。暑さはそろそろ収まるんじゃないかしら。ね? リジー」
「確かに練兵場は暑かったですねぇ。これから気温は下がっていくはずですよぉ。収穫祭も近くなってきましたし楽しみですねぇ」
「収穫祭、ですか?」
「防壁の外に丸太の柵に囲われて農地が広がっているでしょう? この暑さが終わって涼しくなると収穫が始まるの。収穫が終わったら、それを祝ってお祭りをするのよ」
「収穫の時期は農地でのお仕事が一気に増えますねぇ。稼ぎの少なかった人や低ランクの冒険者が冬を越せるように報酬が少し高くなりますから、稼いでいる人や高ランクの冒険者は掲示板の依頼を譲るようにしているんですぅ」
世界が変わっても収穫を祝うお祭りってやっているんだね。やっぱり作物の収穫量は大規模輸送の発達していないここでは特に大勢の命に関わることだし、世界が異なっても収穫は特別なことなんだろうなぁ。
話には聞いていたが、この世界には……主語がでかいな。この地域にはおそらく四季が春夏秋冬がある。
私が転移してきたのは春先くらいなんだろうか? 少し肌寒かった記憶がある。もう正確に何日前かはわからなくなったが、半年は経っていないくらいだろうか。
こういう不意に日本を、地元を思い出させる事柄があると、意識しないようにしている郷愁の想いが込み上げてくる。
帰ることを諦めているというのにいつまでも情けない。でも、この想いを忘れてはいけないような気もするなぁ。
「ゴンゾウさん、急に黙ってどうしましたぁ?」
「国のことを、思い出して、いました。あちらにも、こちらと同じ、季節があります。それが懐かしくて……すみません」
「謝ることなんて何もないし、忘れないように思い出すべきよ。あっちにも同じ季節があるのね。私達の家に帰ったら、その話を教えてもらうことは出来る?」
「こちらとの気候の違いも聞いてみたいですねぇ。アンゴン地方の冬はとても寒いですから、ゴンゾウさんの知る越冬の方法が、もしかしたらこちらでも有効かもしれませんよぉ」
「二人とも、ありがとうございます。……越冬ですか。道具が発展、していたので、越冬を意識したことが、ほとんどなかったなぁ。何か役立てる、ことがないか、思い出してみますね」
二人の気遣いがとても嬉しい。アイリーンさんが言った「私達の家」は、一ヶ月以上お世話になって慣れてきたパーティーハウスを表すのにぴったりだ。
それにしても越冬か。私が住んでいた日本の地元は雪国だったがアパートは火気厳禁でストーブは置けなかったんだよね。それでも断熱はしっかりされていたので、エアコンと炬燵と寝るときに湯たんぽ程度で十分だった。
むしろ冬なんてアパートの駐車場や職場に積もった雪の除雪作業が大変だった記憶の方が強すぎる。あ、今ならパワーでごり押せるな!
実家に灯油ストーブはあったけど、この世界で石油燃料を使っている所は見たことがないし、灯油なんかの石油燃料は期待は出来ないかな。
昔に父が買った薪ストーブは、私は家の中で火が燃えているのが珍しくて好きだったんだが、本体やパイプの手入れが大変なのと薪なんて邪魔という母の一言で物置にずっと鎮座していた。
パーティーハウスのリビングに暖炉はあったが、他にどんな暖房設備があるかは知らないし、帰って皆に聞いてみようかな。
アイリーンさんもリジーさんも、もしかしたらゴンゾウの世界の技術で稼げるかもね! とはしゃいでいるから、何か提案出来ればいいんだけど、平凡なおじさんの私に何か思い付けるだろうか。
でもなぁ、暑いときに暖房のことなんか考えたくないのが本音だ。考えただけで暑くなってきた気がするよ。むしろ涼しくする方法を考えたい。
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