おじさんと新人転がし
「お疲れ様ですぅ。新人転がしはどうでしたかぁ? ゴンゾウさん、昼食持ってきましたよぉ」
「ちょっと、リジーなにいきなりバラしてるのよっ、ふふっ」
「リジーさん、アイリーンさん、お疲れ様です。アイリーンさんどうしたの? 新人転がし?」
午前はセイランさんとエナさんが防具の習熟訓練に付き合ってくれて、午後は昼食をいただいた後にアイリーンさんとリジーさんによる私の大楯訓練の予定だ。
午後も訓練なんだが、新人転がしってなんだ? アイリーンさんが笑いを堪えて失敗してるけどどうしたのさ。あ、リジーさん昼食ありがとうございます。
「新人転がしはですねぇ。装備を一新した新人や駆け出しの冒険者が調子に乗って大きな失敗をしないように、同じパーティーや面倒見の良い先輩冒険者が行う、慣れて始めてきた新人冒険者を戒める通過儀礼のようなものなんですぅ」
「ふぅっ。もうリジーったら、今日の訓練が終わるまで内緒にしましょうって言ったのに、いきなりバラすんだから。
習熟訓練も嘘ではないんだけど、リジーが言ったみたいに冒険者の伝統みたいなものね。ゴンゾウ、黙っていてごめんね。知ってしまうと意味がないからって、昔から新人転がしは内緒で行うのよ」
「あぁ、なるほど、色々と理解しました。それで、セイランさんとエナさんは、具足の調整なのに、なぜ立てなくなるほど、転がすのか、聞いても、はぐらかして、いたんですね」
どおりで初めの装備の時にしなかった理由が言い訳のように感じた訳だ。習熟訓練は新人転がしをするための建前でもあったのね。
慣れ始めた頃が危険とは日本にいた頃でも様々な場面で聞いたことだ。日本でも車の運転など命の危険が伴うことなど身近にあったが、それ以上にこちらの世界の人々にとって命の危険はより身近なものだ。
特に冒険者や衛兵さんなど命を賭け札にしている人は多いから、新人転がしのような通過儀礼が伝統になるのも良くわかる。調子に乗って怪我や依頼の失敗で終われば軽いもので、高い確率で命を失ってしまいそうだ。
私の後に転がされていた少年冒険者も、きっと先輩冒険者が心配して新人転がしの洗礼を浴びせていたんだろう。先輩冒険者はとても楽しそうだったし、少年は大変なことになっていたが……無事を祈ろう。
何で転がすことになったのかはわからないが、最初は調子に乗った新人に力量差をわからせる、模擬戦やただ殴っていたのが恒例行事になって継承される中で変化したのかもしれない。伝統とか風習って案外そんなもんだ。
「私の使う小盾とゴンゾウさんの大楯は、大きさが違うだけで冒険者としての使い方は似たところが多いんですよぉ。
基本は正面から受けてはいけないことですぅ。ゴンゾウさんの腕力があっても……むしろ腕力があるからこそ、正面から魔物を何度も受け止めると先に盾が壊れますし、自分もその場から動きにくくりますぅ」
「以前のオレとの、模擬戦闘でも、皆さんとの訓練でも、リジーさんは、常に動いて、決して盾で、受け止めようとは、しませんでしたね」
「良く見ていましたねぇ。そうなんですぅ。盾の影に隠れたくなりますが、常に自分と対象との間に平行ではなく斜めに傾けるように構えて、視線を切らないようにしてくださいねぇ。
受けるときも受け止めるのではなく、逸らすことが大切ですぅ」
「人を相手にする衛兵や冒険者だと違った盾の使い方をするけど、魔物を相手にすることの多い私達のような冒険者は、リジーのような盾の使い方をするわね」
「ですが、これは基本ではあっても絶対ではありませんよぉ。例えば護衛や誰かを庇うときは、受け流したら危険ですから受け止めることも考えないといけませんねぇ。
私は非力なのでなかなか出来ませんが、ゴンゾウさんなら受け止めることを考えて良いと思いますぅ。
他にも盾で打撃を与えたり、盾を叩いて音を出すことで魔物の注意を引き付けたり、投げたり屋根にしたり罠に使ったりと色々ありますが、今日は基本を練習しましょうねぇ」
「守っているのに、後ろに通しては、危険ですね。大楯も、奥が深そうです。……今後、オレも前線に、出たほうが、良いでしょうか」
「巨大なシールドボアの時のようにゴンゾウが受け止めて、私達が仕留めるって戦法が使えるかもしれないけど、運搬担当をしているゴンゾウが前線に出る必要はないわよ。
あなたが前線に出るのは経験を積むための実地訓練か、緊急の場合になるかしら」
「そうですよねぇ。装備を持っているだけで使えないのは問題があるので、実地で経験した方がいいですが、ゴンゾウさんにはまず私達の稼ぎを守っていただかないとぉ」
「ふふっ、そうねリジー。ゴンゾウは私達の収入の要なんだから、荷物をしっかりと守ってもらわないとね。
食休みもいい頃合いかしら? そろそろ実際に大楯を使ってみましょうか」
「まずはアイリーンさんが木の棒を前に突き出してゆっくりと近付きますから、ゴンゾウさんは大楯を斜めに構えてアイリーンさんの歩みを斜め後方に逸らしてくださいねぇ。
逸らす方向とは逆側に移動して、大楯の訓練ではなく回避の訓練だと思いましょうねぇ」
「はい、リジーさんアイリーンさん、よろしくお願いします」
こうして始まった大楯の訓練は教わった基本を反復しながら、木の棒を突き出して私に向かってくるアイリーンさんをひたすらに大楯の使い逸らしていく。
慣れてくると速度を上げたり左右に動いたり緩急をつけたりと難易度が高くなっていったんだが、……アイリーンさん? 本気出されると視界に捉えられないんですが。
リジーさんはそれを様々な方向から確認して、構えや足の運びなど体の動かし方を私にもわかりやすいように教えてくれた。
途中、突然リジーさんに脇腹を木の棒で軽く突かれる。リジーさん? 不意打ちは聞いてないですよ。
「不意打ちだから言うわけないですぅ。それよりも周りにも注意を向けないといけませんよぉ」
仰る通りでございます。
正面から受け止める訓練もやったのだが、大楯を構えて腰を落とした私をアイリーンさんとリジーさんの二人で押してもびくともせず、訓練にも練習にもならないと一回で打ち切られ、日が傾くまで基本を繰り返すことになった。
基本だけを繰り返したんだが、大楯ってただ踏ん張って受け止めれば良いと思っていたから本当に奥が深い。
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