プロローグ
山田権蔵は平凡な男だ。
権蔵は面倒を嫌う。
地元の大学を卒業後は地元で就職し、転職することなく十六年勤めていた。
業務に関する技術や知識があれば勤まる職種のため、資格として広く通用するような専門技術や専門知識は持っていない。
会社に対する細かな不満はあったが許容範囲だったし、転職しなかったのは面倒だったからだ。
その面倒を嫌う性質や、元来の身内以外への興味の無さは、嫌うまではいかなくとも苦手とする者や、相性の合わない者もいたが、好意的に見る者が多かった。
面倒を嫌い他者への興味が薄いから、必要以上に踏み込まない。一ヶ所の職場で十六年の経験を持つ熟練ではあったが、業界外では通用しない技術と知識と経験だと理解している権蔵は横柄になることもなく、新卒の年若い社員にも丁寧に一定の距離感で接する。
そのため会社の上層部からは意欲が少ないと思われていたし、一部からは付き合いが悪いと言われていた。
しかし、多くの同僚からは年齢性別問わず丁寧に接し、距離感を誰に対しても一定に保つため、職場で一緒に働くにはとても付き合いやすく、高くはないが決して低くはない人気を持っていた。
一定の距離感を保つため、業務上のことであれば後輩の面倒見も良かったことや、業務で相談されれば自身ならこうするといった一定の解答を持っていることも、人気の上乗せになっていたが、権蔵は他者に対する関心の薄さと、業務と割り切って接しているため気が付いていない。
いや、気が付いていないのではなく、人が集まれば自然と発生する派閥なども面倒と思っている権蔵は、自身の人気などを気にしていない。
ゴンゾウは面倒を嫌う。
時間を奪われることが嫌だとか、その時間を有効に使いたいだとか意識の高い理由なぞ一切ない。関心を持ってもいない他者が関わる面倒ごとに、自分の労力を使うことを嫌っているだけだ。
業務や手続きなどで発生してしまう面倒はしょうがないと割り切っているし、面倒が嫌で世捨て人になるつもりもない。
そして、それは関心の薄い他者に対してのみ発揮される。
自分の中で勝手に身内と認めて心を許した者に対して、ゴンゾウは面倒を嫌わない。いや、面倒だとすら思っていない。
そんなゴンゾウは何を想い、何を感じ、何を最終目標に冒険者をするのだろう。
自分の生活のため、アイリーンのため、セイランのため、リジーのため、エナのため、「春の風」のため、ゴンゾウは面倒を感じることなく冒険者を始めた。
異世界の常識に疎く、戦闘技術もないが、異世界の強靭な人類すら凌駕する腕力を持っている。
精神的な疲労はあるが、肉体的には無尽蔵とすら思える体力を持っている。
数ヶ月過酷な環境に居た疲労が、一日で万全になる回復力を持っている。
心を許した身内に対しては面倒だと一切感じることのないゴンゾウが、「春の風」のために冒険者として活動を開始する。
力を隠し自重するだろうか。
力を誇示し軽挙妄動になるだろうか。
常識の違いから異世界の住人と敵対するだろうか。
新たに身内に入れるような親しい者が出来るだろうか。
アイリーンにも、セイランにも、リジーにも、エナにも、カエラにも、アンナにも、ボブにも、周りの冒険者や冒険者ギルドにも、誰にもわからない。
そして一番わかっていないのが、平凡なゴンゾウである。
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