おじさん不思議に思う
日が昇り始めた早朝に目を覚まし、一階に降りてトイレを済ませてリビングに向かうと、カエラさんが掃除道具を片付けているところだった。
「おはようございます。カエラさん、朝が早い、ですね。掃除ですか? お疲れ様です。早朝から、大変では、ないですか?」
「あら、ありがとうございます。おはようございます。ゴンゾウさんも朝が早いですね。私はやることと言ったらこの家の管理くらいですし、アンナさんも朝食後には来ますから、かなり楽なんですよ。お昼寝も出来るんです。
ゴンゾウさん洗面などはまだですよね? こちらですよ」
カエラさんは穏やかに微笑みながら、私を床が石で出来た水はけの良さそうな、桶や水瓶のある洗い場らしき部屋に案内してくれる。扉があるが裏口だろうか。
カエラさんに魔術で桶いっぱいに水を出していただき、礼を伝える。出ていくのを見届けてから、水で濡らした布で寝癖のついた髪を一気に拭いて適当に整え、顔や体を拭き、さっぱりしたところで指示されていた排水溝に水を流してリビングに戻る。
朝食までまだ時間があるから座って待つように言われ、用意していただいたハーブティを飲みながら考えてしまう。
まだまだ問題はあるがひとまず落ち着くことのできた私の頭は、疑問でいっぱいだった。
トイレがある。
タイゴンで泊まった宿にもトイレがあった。パーティーハウスとは言うものの、改築した一般家庭にトイレがある。
用を足した後に使うトイレットペーパー代わりの乾燥しているが柔らかい植物の葉。
桶に張られ手を洗った水で排泄物と葉をまとめて流す。水を自力で流さないといけないが、水洗トイレだ。
排水溝がある。
桶いっぱいの水を流しても、詰まることなく流れていく排水溝は、トイレのこともあって下水道があることを想像させる。
衣類がある。
作りは地球の機械製造品よりも、少しだけ荒いように思える。素材は被服に興味がなかった私では詳しくわからない。
しかし着心地は決して悪くない。ゴムが無いので紐で縛る必要があるが、下着も当然のようにある。
私や皆が昨日着替えた部屋着と思われる簡素な上下、生地が丈夫で地球で見ても違和感は少ないだろう作業着、他にも皆が革鎧の下に着ていた厚手で要所を革で補強した服や、行商人やすれ違う人々が着用していた様々な衣類。
地球の文明社会で暮らしていた私には、とても不思議に見えるんだよなぁ。
下水道って地球の中世頃は、世界的にも一部の人口密集地に作られただけだとテレビか動画で見たような気もするが、ここまで普及していたのだろうか。
清潔だと言われていた日本や他の国も、回収する職業や土地ごとの規則があったような気がしたが、下水道が一般家庭のトイレに繋がるほど普及していたなんて聞いたことがない。私が知らないだけか?
衣類なんかも機械工業が発達するまで高級品だと思っていたのだが、思い違いをしていたのだろうか? または外観から見えるよりも、高度な文明を築いているのかもしれない。
他にも食器や調理器具に香辛料、寝具、建物、武器防具、魔道具、身の回りの小物など、考え出したら切りがない。地球を知っている私には、ここは不思議な発展をしているように思える。
遭難生活中に歯を磨くためにと、毛の短い筆のような歯ブラシを渡されたときには、まさかの歯ブラシの登場に驚いたもんだ。
歴史に詳しい人や頭の良い人なら、この文明の発展具合についての理由や成り立ちが、理解できたり見当が付けられるのだろうか。
うん。考えてもわからんものは、考えるだけ無駄だな。考えるのやめよ。
人間が私しかいないような、ウホウホ言ってる場所じゃなかったことに感謝して、ありがたくこの世界の文明に全力で乗っかっていこう。
ただなぁ。私はどうやら水を出したり火を着けたり、簡単な魔術も使えないみたいなんだよね。簡単な魔術を使うこと前提の物や設備が多いみたいだし、どうすっかね。
考えるのをやめようと思うのだが、一晩熟睡してハーブティで覚醒した頭は、どうしようもないことをつらつらと考えてしまう。
皆に聞いて説明されても、はたして私に理解ができるだろうか。仮に理解できたとして、今後に生かせる知識になるだろうか。でも知らないのは何かあったときに不便では?
しかし知ったところでなんになる? いや無知は罪とも言うし知って損はないか。
あぁ、また今考えてもどうしようもないこと考えちゃってるよ。と一人でリビングに着席して、ハーブティを少しずつ飲みながら悶々としていると、誰かの足音が聞こえてくる。
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