おじさんの初休日
冒険者としての初仕事を無事に終えて、日も落ちてきたので宿に戻ることになり、初報酬は夕食に全て使ってもらうことにした。
宿の夕食で出される大きなサイコロステーキが山盛りになった大皿が、大銅貨一枚で三皿買えるらしい。いまいち物価がわからんね。
「ゴンゾウ、やっぱりあんたは運搬依頼に強いね。今日の依頼なら簡単にこなすとわかっちゃいたが、背負って普通に歩くとは思わなかったよ」
「あの依頼、腕力だけでやるなら身体強化得意な冒険者が、最低でも二人で途中に休憩入れながら半日はかかるッスよ。ゴンゾウより早くやるなら八人で受けて四人ずつ交代で強化かけて走るしかないッス。魔力が持てばッスけど」
「八人じゃ報酬が微々たるものですねぇ。皆さんもびっくりしていましたぁ。加工場のおじさんにも勧誘されていましたねぇ。断ってくれてホッとしましたよぉ」
「私も勧誘を断ってくれて嬉しかったけど……良かったの? 無理をして慣れない冒険者をしなくても、定職に就くことを私たちは責めないわよ?」
アイリーンさんの言葉に全員の視線が私に向く。嫌な視線ではなく、気遣うような心配するような視線だ。
平凡なおじさんには視線から感情を読み取るとか難しいから、私の願望かもしれないが。
「いいえ。冒険者で春の風と、共に行きたい。オレはまだ、冒険者を、よく知らないです。皆に恩を、返していない。皆より、信用できる人に、出会っていない。皆を誰よりも、信頼しています」
私の心からの嘘偽りのない言葉は、伝わってくれるだろうか。
この世界に転移して出会ったのがアイリーンさん、セイランさん、リジーさん、エナさんの四人だったのは、とても幸運なことで本当に救われたのだと思っている。
四人は嬉しそうな表情で大きな笑みを浮かべ、改めて私の「春の風」への加入を祝ってくれた。
なんだろうね? 口数の少ない私が家族以外に自分の意志がしっかり伝わって、喜んで受け入れられる経験がなかったからか嬉し恥ずかしといった心境だ。
セイランさん、恥ずかしがってるの読み取って茶化さないで。あ、お酒ありがとうございます。
リジーさんも、お肉ありがとうございます。でもちょっとお腹が苦しいっす。残ったら食べる? まだ食べるの?
エナさん、食事中だから背中を叩かないで? え? 限定ランクでも並ばれたら悔しいッス? いやランク並んでも私が若いエナさんに追い付けるわけないじゃんよ。
アイリーンさん? 改めて乾杯? 乾杯! アイリーンさん一番嬉しそうだね。私の職の心配までしてくれて本当に女神様だ。
そんなこんなで改めて皆に「春の風」加入を祝ってもらい、夕食後にも語らい就寝。
翌朝。
今日は休養日だ。
慣れるためにも町を見たかったのだが、皆から却下されて三食とトイレ以外は部屋で休むように言われている。
昨日の夕食後の語らいで、数ヶ月ぶりにベッドで寝たこと、目覚めがとても良かったこと、自己認識より疲労していたのか起きたら体が軽かったことなどを話題として出したところ。
「明日は一日部屋から出るんじゃないよ。休みな」
「数ヶ月まともなところで寝てなきゃ、疲れるのは当たり前ッス」
「平気そうな顔してるのも困りますねぇ」
「食事とトイレ以外で外出はさせないわ。寝なさい!」
四人があきれた顔で語らいを中断し、私は部屋に叩き込まれ今に到る。
確かに昨日もすぐに眠りに付けたし、今日の目覚めも昨日よりもすっきりしている感じがある。
パワーで軽く感じる体が疲労の感覚をおかしくしているのか、回復力と疲労が拮抗していたのかはわからない。
しかし四人がそんなことになって平気な顔してたら、私もあきれて同じことをすると思う。
よく考えたら、異世界初の完全な休日だなこれ。
水を確保するために煮沸する必要もなく、食料の調達や調理をすることもなく、昼夜問わず常に煙を絶やさないように焚き火の管理をすることもなく、でかいリュックを背負って四人に同行することもない。
金はかかるが、ちゃんとしたベッドで眠れて、なにもしなくても三食食べることができる。
四人は二人ずつ交代で町に繰り出し、二人は私が問題を起こさないように、宿の部屋で装備や道具の点検と整備をしているらしい。
三食の呼び出し以外は、休ませるために部屋には行かないから寝ていろと言われている。ご迷惑おかけしてます。
そして面白いくらいに眠れる。
朝食を五人でいただき、今日の予定を話したら部屋に強制送還されて寝る。
昼食を五人でいただき、午前中に外出したアイリーンさんとリジーさんの話を聞き、部屋に強制送還されて寝る。
夕食を五人でいただき、午後に外出したセイランさんとエナさんの話と、明日の予定を話したら、部屋に強制送還されて寝る。
寝すぎて眠れないともならず、食べて寝てと正に休養日だった。やっぱり疲れていたのかなぁ。
いや、でも寝過ぎじゃないか? この体どうなってんの?
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