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006:盗賊「おい、モヒカンがいるぞ。同業者かな?」

 ギルドの窓口を通じて依頼人のゴドーさんと手紙のやり取りした上で、俺は盗賊の討伐クエストを受けることになった。

 今日は彼と初顔合わせの日。ギルド前で懐中時計を確認しながら彼のことを待っていると、明らかに依頼人と分かるずんぐりむっくりなヒゲオヤジが挙動不審になりながらこちらに向かってくるのが見えた。


 結構な距離があったものの、彼と一瞬目が合う。

 ゴドーさんは「うわぁ、いかにもそれっぽい風貌だなぁ……」という表情だった。まぁ俺、トゲトゲアーマーにモヒカンだからね。


 初対面特有の「あの人が待ち合わせの人だよね?」的な感じで回りくどく接近した俺とゴドーさんは、間合いの半歩外で互いに立ち止まった。


「あのぉ……失礼ですが、貴方がノクティスさんでございますか?」

「そうです。あなたがゴドーさんですね?」

「えぇ。違ったらどうしようと思いましたよ」


 からからと笑い合った後、立ち話も何ですからと言ってゴドーさんをギルドの中の談話スペースに誘う。

 そこで受付嬢さんに飲み物を出してもらってから、俺達は簡単な自己紹介をすることにした。


「初めましてゴドーさん。私の名前はノクティス・タッチストーンと申します。こんな見た目ですけど勉強が好きです。よろしくお願い致します」

「これはこれはノクティスさん――ご丁寧な挨拶をありがとうございます。(わたくし)の名前はゴドー・デイフォーです。ノクティスさんはどうか普段通りにしてくださいな」

「ヒャハァ! ギャハハ! そうさせてもらうわ、ありがとよぉ!!」

「うお」

「どうかしたか?」

「いえ、見込んだ通りの人で安心しました」


 軽い自己紹介が終わって、俺達の間に信頼関係が生まれたように感じる。

 やっぱり敬語ってのは堅苦しくてダメだな。相手が許してくれるならもっとフレンドリーに接するべきだぜ。


 個人依頼ってのは依頼主と冒険者が直接やり取りをする必要があり、そこにギルドの仲介はない。つまり信頼関係を構築することが何より大切ってわけ。

 こうなりゃ後はトントン拍子にコトが進むはずだ。


「それでよぉゴドーさん、手紙に書いておいた例のアレ……本当に構わねぇんだな?」

「えぇ。私は盗賊を根絶やしにできれば文句はありませんから」

「ギャハ! 話が早くて助かるぜェ! お〜いテメーら集合だ! こっちに来い!」


 『手紙に書かれた例のアレ』とは、このクエストに将来有望なDランク冒険者を連れて行ってもいいか――というご相談であった。


 正直な話、たった1人で人数の分からねぇ盗賊を相手取るのはちと難しい。

 例え話だが、俺と依頼人を引き剥がす戦法を使われちまったら個人の力じゃどうにもできなくなるワケよ。護衛対象を守れなくなっちまうのは是が非でも避けたい。

 そこで俺は考えた。新人の育成も兼ねて誰かを誘って、頭数を揃えてみよう――と。


 運が良かったのは、手紙のやり取りを通して複数人の護衛の大切さを説いたところ、こちらのゴドーさんがガキ共の同伴をあっさり承諾してくれたことか。

 何でも、「私共は護衛の完遂と盗賊の抹殺さえしていただければ、新人を連れてくるなり好きにして頂いて構いません」とのことで……盗賊に対する殺意の高さが青天井なことがよく分かった。


 そして将来有望なDランクのガキ共と言ったら、当然出てくるのはこの3人だ。

 茶髪おさげの女弓使いミーヤ、黒髪ツーブロックの男剣士ダイアン、青髪ボブカットの女魔法使いティーラ。

 ゴブリンキングの縄張りに入ってなお生還したコイツらには伸びしろがあるだろうということで、このガキ共は個人的に目をつけていたのだ。

 運だけで生き残っていたとしてもそれはそれで良いことだし、俺にロックオンされた時点でテメーらは逃げられない運命だったんだよ。


「つーわけで、こいつらが将来有望なDランク冒険者達だ。ほらオメーら、ゴドーさんに自己紹介しろ」

「あ、はい! ミーヤです!」

「だ、ダイアンですっ!」

「ティーラです!」

「「「よろしくお願いしますっ!」」」


 ギルドの奥の方から走ってきた3人のDランク冒険者は、ゴドーさんに向かって元気いっぱいの挨拶をした。

 少しだけ頬が緩んだような表情になるゴドーさん。挨拶のできるガキは好印象ということなのだろう。


「ギャハハ! こいつら元気でしょぉ? こう見えて中々やる奴らなんすわ、ヘッヘッヘッ……」


 こうして俺達の会話は早速クエストの中身について触れていくことになった。

 そして、クエスト内容の最終確認は、依頼主のこんな言葉から幕を開けることになる。


「奴らを殺してください、何としてでも」


 仄暗い表情で呟くゴドーさん。

 一気に重苦しい雰囲気が漂い始め、何故か周囲の彩度が著しく低下する。


「え、ええと……ギャハハ。ゴドーさん、新人もいるからお手柔らかに頼むぜ?」

「おっとこれは失礼。殺意が前に出過ぎてしまいました」


 ミーヤ・ダイアン・ティーラの3人には既にクエスト内容を話しておいたが、依頼主がここまでの殺意を持ち合わせる人間だとは伝えていなかった。

 俺の隣に座る3人は拳を握り締めて俯き加減になっている。ゴブリンキングの時とは別ベクトルの恐怖に囚われている感じだ。

 ストレスを与えるつもりはなかったんだ、申し訳ねぇ……。まぁ悪いのは全部盗賊だから、ゴドーさんに対して文句なんか言えねぇがな。


「私はね、この仕事に誇りを持っているんですよ。農民の皆さんから農作物を頂いて、それを商品として世界中の人々に届けていく……人と人を繋ぐ商人という仕事は私の生き甲斐なんです」

「なるほど」

「そんな生き甲斐を奪う盗賊共が現れたのです。場所はエクシアの街と国境線の間。何としても彼らを討ち取っていただきたい」

「……ということだ。ダイアン、ミーヤ、ティーラ、分かったな?」

「「「はい!」」」

「新人の御三方。奴らは真面目に働こうとせずに犯罪を重ね続けるモンスター以下の存在です。良い歳をした大人なら胸を張れる仕事に就けよと思いませんか?」

「おぉ……とんでもない正論パンチ。異端審問官かな?」

「そういえば、ゴドーさんはどうしてノクティスさんにこのクエストの依頼を? 他にも適任の方がいたのではありませんか?」

「ノクティスさんは盗賊共を殺してくれる冒険者だと聞いていましてね。だから頼んだのですよ」


 ティーラの質問に答えるゴドーさん。

 おいおい、とんでもねぇ嘘の噂だな。

 俺、殺人なんかやったことないぜ。

 ダイアン達が俺を訝しむような視線を向けてきたが、首を横に振って殺しの事実を否定する。


「先に言っておくよゴドーさん。何故か間違われやすいんだが、俺は人殺ししたことなんぞ人生で1度もねぇ。生憎興味が無いんだ」

「えぇ!?」


 いや、「えぇ!?」じゃないがゴドーさん。

 そして……おいティーラ。何でテメーはゴドーさんより驚いてんだ。もう1回目の前でゴブリンキングの解体作業を見せつけてやろうか?


「は、話を戻すが……盗賊共を生け捕りにする分には構わねぇだろ? 煮るなり焼くなり好きにできるんだから」

「ええ、殺すも生け捕るも変わりません。好きなようにお願いしますよ」


 ふぅ……ゴドーさんが普通の商人で良かったぜ。最終確認の段階で「ダメです。殺してください」って言われたら、このクエストを断っていたところだ。

 生け捕りにするには丁度良い道具を持ってきているから、盗賊を捕まえてゴドーさんに引き渡した後のことは全て任せよう。生かすも殺すも彼の自由だ。


「出発は明日の未明と聞いてたが、変更は無いか?」

「えぇ。晴れの香りがしますから、天候的にも問題はありません」

「……よし。じゃあ、俺達はクエストのための最終準備に向かう。今日は一旦解散して、また明日この場所で会おうぜ」

「はい。お待ちしております」


 こうしてゴドーさんと別れ、ガキ共とクエスト出発のための準備を整えた俺達は――


 ――クエストの当日。馬とバイクに誘われて、遥かなる大草原へ駆け出していた。


「うわぁ……! 風が気持ちいいですね、ノクティスさん!」

「おう。旅するには最高の天気だ」

「ほっほっほ……盗賊さえいなければ、ですがね」


 ガタガタと音を立てながら走る馬車の荷台で、俺達は胡座をかいて広大な草原を眺める。

 地平線の向こうには白銀を被った山脈が構えており、そこに至るまで青々とした草原が広がっていて。大自然へと挑んでいた過去の自分が思い出されて、俺は少しだけ哀愁に浸った。


 ……昔、馬車の荷台に乗り過ぎたせいでケツに負担がかかって、見事な切れ痔になったことがあったなぁ。

 振動の少ない魔導バイクを愛用するようになったのはそれからだ。正直なところ馬車もバイクも目くそ鼻くそで、俺はいつ痔が再発するかビビり散らかしているんだがな。


 今日バイクに乗っていないのは、盗賊共に護衛がいないと誤認させるため。

 盗賊の影が見えた瞬間、馬を操るゴドーさんが合図を出して俺達が飛び出す寸法よ。


 広大な範囲に炎の壁を展開する火属性の魔法――【炎陣(イグ・フィールド)】を発動して奴らの逃げ場を封じ、そのままボーラや投網で捕縛するのが最良のケースだ。

 もし【炎陣(イグ・フィールド)】の範囲外に逃れた盗賊がいれば俺はそいつらを追いかけ、ダイアン達は依頼者を守り続ける。まさに磐石の態勢だ。


「……ギャハ! おいミーヤ、オメー緊張で背中がガチガチだぞ! 安心しろって、俺がフォローしてやっから!」

「き、緊張なんてしてません! 全然違いますから。……けど、お気遣いありがとうございます」

「ミーヤは人間を相手にするのが初めてだから、いざ戦うって時に躊躇いが生まれないか心配なんですよ」

「ちょ、ダイアン! 余計なこと言わないで!」

「あ〜、うっかりぶっ殺したりぶっ殺されちまうのが怖いってことか」

「は、はい……」

「中々切実な悩みだな。まずは悩みを素直に打ち明けてくれてありがとうミーヤ。その勇気に免じて、このノクティス様が直々にアドバイスをくれてやろう」


 俺はミーヤの頭を撫でて、世紀末スマイルで彼女の緊張を解きにかかった。


「近接戦闘をしようとするな。テメーらは3人で固まって動け。俺が用意した投網とボーラを投げまくって、催涙玉や閃光玉で撹乱しろ。テメーらが頑張ってる間に俺が全部終わらせてやる」


 昨日、俺は投網とボーラの投擲方法をこの3人にみっちり仕込んできた。催涙玉や閃光玉の作動方法を説き教え、ゴブリンを相手取って成功するまで何度も反復練習をさせたのだ。

 ガキ共は投擲武器の飲み込みが早く、今なら馬に乗った盗賊相手でも十分に効果を発揮できるだろう。


 ボーラや催涙玉などの搦め手に頼るのはダサいみたいなプライドを持っておらず、俺の言うことに素直に従ってくれたことが何より良かった。

 これだけ上手くやれるなら十分以上。Aランク冒険者のノクティス様が控えているのだ、盗賊共は1人残らず捕縛してみせるぜ。


「幸い、盗賊共に魔法使いはいねぇみたいだからな……まぁ、気軽に行こうや」


 白い歯を剥き出しにしてギャハハと笑い飛ばすと、ゴドーさんに続いてダイアンやティーラが笑い出す。

 その和が荷馬車の中に広がった結果、ミーヤはリラックスしてくれたようだった。


 しばらく馬車に揺られてケツが痛くなってきた頃、外で手綱を取っていたゴドーさんが突然合図を出した。

 俺達の間に走る緊張。一瞬で思考を戦闘モードに切り替えた俺は、馬車の外に勢い良く飛び出して腰の圧縮ポーチから魔導バイクを展開する。

 それと同時に、手のひらから射出した火球を【炎陣(イグ・フィールド)】として展開していく。

 自分を中心として広大な範囲に炎の壁が湧き上がり、ゴドーさんの馬車に接近していた盗賊は動きを封じられた。


「ミーヤ、ダイアン、ティーラは外に出てゴドーさんを護衛! ゴドーさんは馬車を止めて荷台の中でしゃがんでろ! 外の盗賊は俺がやる!」


 盗賊の数は8人。全員がロングソードを片手に馬に騎乗しており、あっという間に荷台に肉薄していた。

 乗馬の技術といい立ち振る舞いといい、相当の手練と見える。ついでに全員ハゲていた。強者のオーラがプンプンするぜ。

 そんな盗賊共の前に出て懐から投網をぶん投げようとしたところ、盗賊のひとりが手を振って接近してくる。


「……ん!?」


 まさか魔法か!? と思って防御の構えを取ったが、そのリーダーらしき盗賊は何もしてこなかった。

 両手を振る動作はまるで挨拶そのもの。

 何なんだよと思って呆気に取られていると、リーダーが近くに寄ってきて武器を下ろした。


「そのモヒカンにトゲトゲのバイク……おいお前、まさか同業者か?」

「は?」

「このご時世に古風な盗賊スタイルとは恐れ入ったぜ」


 何を言ってるんだコイツは?

 同業者? 古風な盗賊スタイル?

 盗賊にも流行りのファッションがあるのかよ。


「お前もあの商人を追っていたんだろう? だがここはオレ達の縄張りだ。いきなり出てきた炎の壁は気になるが……とにかく盗んだ荷物とバイクを置いてここから去るんだな」


 盗人猛々しいとはまさにコレだな。

 俺は半ば呆れながら網を投擲し、リーダーらしきハゲを原始的な網で雁字搦(がんじがら)めにしてやった。

 この投網は身体の隅々に絡みつく。あんまり暴れるとアザになるぜ?


「何すんだモヒカンてめェコラァ!!」

「お前ぇ! リーダーをよくも――って、おわぁ!?」

「ちょっ――おいモヒカン! やめろ! 仲間割れのつもりか!」

「るせぇ! ハゲ共は黙ってろや!」


 何がムカつくって、俺のことを盗賊の同業者と勘違いしやがったこと。社会のルールも守れない奴らと同類に思われたことだ。

 俺はボーラも合わせて投げながら盗賊共を無力化し、馬から引きずり下ろして地面に転がした。


「な、何だコイツ! めちゃくちゃ強ぇぞ!」

「い、一旦逃げよう!」


 残った3人のハゲが慌て出し、馬を翻して元来た道を引き返そうとしたところ――


 刹那、ハゲが光り輝いた。


 ……あ、閃光玉か。


「おわっ!? 何だいきなり――」

「目が見えねぇ……!?」

「な、何が起きてるんだ!?」


 ダイアン達の閃光玉・催涙玉のコンボにより、盗賊共は背中を丸めて悲鳴を上げる。すかさずボーラと投網が放たれ、馬と共にハゲ共はあっという間に無力化された。


「ギャハハ! やるじゃねぇか新人!」

「ノクティスさんのおかげですよ!」

「サンキューな! でもテメーら油断するなよ! 炎の壁の外にまだ敵がいるかもしれねぇからな!」


 俺は馬を落ち着かせた後、8人の盗賊を縛り上げて1箇所に纏めて転がす。

 恨めしそうな顔で見てくる盗賊達。俺はリーダーハゲの顎を右手で持ち上げると、左手にどす黒い【滅炎(ファイア)】の火球を生み出して情報を吐かせることにした。


「おい、ここにいる8人でテメーらの盗賊は全員か?」

「っ……」

「ダンマリか。それならテメーの髪は1本残らず燃え尽きることになるぜ」

「……も、もう1本も無いんですけど……それは大丈夫なんですかね……?」


 ――そして、全員を脅すことによって得られた言葉は「盗賊は8人で全員」という異口同音の答えだった。

 こうして案外あっさりクエストは終わりを告げたのだが――


 それはもうとんでもない目をしたゴドーさんが、居心地悪そうに座る8人のハゲを睨んでいた。


「…………」

「…………」


 とりあえず国境線の向こうにある街まで盗賊共を運ぼうということになって、俺のサイドカーに積まれた8人のハゲ。

 誰も何も喋らず借りてきた猫のようになった彼らは、どうやら自分達がどんな目に合うかの予想が着いているらしかった。


「ゴドーさん。こいつらを街に連れて行ってどうするんだよ?」

「殺す」

「おぉ〜」


 殺す、という明確な殺意に震えるハゲ共。

 冒険者よりも覚悟が決まっててやべーなこの人。


「……と言うのは冗談で、騎士団に引き渡して然るべき裁きを受けてもらいますよ」

「あれ、案外冷静なんだな?」

「……復讐すればスッキリはするでしょうが、直接手を下したくないんですよ。人に商品を渡すこの手で、人を殺めたくはないのです」

「……大変結構なことで」


 盗賊を殺すことよりも、商人としての心が勝ったのかもしれない。

 馬の手綱を引くゴドーさんの目は、どこか優しかった。


 結局、ゴドーさんは宣言通り騎士団に8人の悪党を突き出した後、何事も無かったかのように笑顔を見せてくれた。

 俺達冒険者よりも、こういう普通の人の方がよっぽど強いのかもしれない。そう強く思わされるクエストだった。


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