014:綺麗な目ぇしてんじゃねぇか
「結局不意打ちが最強の戦術でしたねぇ、兄貴」
「殺し合いは勝ったモン勝ちだからな。卑怯もクソもねぇよ」
応急処置を終えて軽く動けるようになった俺達は、気絶していたトミー達を古塔に連れ帰って治療を開始した。
カミナに手伝ってもらって治療を終えると、3人は何事も無かったかのように目を覚ました。闇属性魔法に対する知見の深いピピンが率先して処置を行ってくれたおかげで、回復が早かったようだ。
もちろん、街に帰ったらちゃんとした施設で治療を受けないとまずいけどな。
「にしても、オレ達本当にやっちゃったんですね……魔王軍幹部」
「……油断しまくってたんだろ。俺達のことを本気でならずものだと思ってたっぽいし、俺をすぐ殺さず痛めつけてたし。全力で向かって来てたら間違いなく負けてたな」
その辺で死んでいるデュラハン。ピピンが頭蓋骨を玉砕すると同時に動かなくなった。デュラハンの甲冑なんて涎の出そうな貴重素材だから、後でちゃんとバラして持ち帰って利用してあげないとな。
噂程度に聞いてた『死の宣告』とやらも無かったし、敵側がマジに油断してた結果だろう。それも含めてワンチャンスを掴み取ったと言えるのだが、どちらかと言うと今回は敵の失敗に助けられた側面の方が大きいかな。反省しなければならない。
「とにかく大変な一日だったぜ」
「そうですね」
「俺はカミナの様子を見てくる」
「了解です兄貴。石化能力についてはもう大丈夫だと思いますが、一応警戒は怠らないでくださいね」
「分かってるよ」
そう言いながら、俺は傷ついた身体を引きずって古塔の地下室へと降りていった。
地下室でひとり座っていたのは、ピピンの魔法によって処置を終えたカミナ。ピピンは瀕死の重傷を負った俺達を治療した後、ついでにカミナの石化を解いてくれたらしいのだ。本当に気の回る男である。
カミナはまだ目元に布切れを巻いていた。ピピンが言うのだから石化能力は無くなっているんだろうけど、まだ心配なのだろう。
いずれにせよ、俺は彼女に謝らなければならないことがある。
「カミナ、様子はどうだ?」
「……よく分かりません」
「そうか……」
「ノクティスさんこそ怪我は平気ですか? 私、あなたが死んじゃうかと思って怖かったんですから」
「冒険者に怪我はつきものだぜ。あれくらいじゃ死なねぇよ」
本当のところはギリギリだったけどな。デュラハンにボコされてた最中は死ぬほどキツかった。
雑談はこのくらいにしといて、さっき人質にしたことを謝ろう。勝つためには仕方なかった行為かもしれないが、外道な行為であることには間違いなかったのだから。
「……カミナ、さっきは本当にすまなかった」
「いえ、私は気にしてませんよ。ノクティスさんのナイフ、震えてましたし……あくまでアレは隠れたピピンさんを活かすための行為。私を殺す気は無かったんでしょ?」
「…………」
「私は分かってますから」
頭を下げて謝罪したところ、俺の内心を嫌というほど見透かされてしまった。小っ恥ずかしいものの、これくらいなら全然可愛いもんだ。本来なら絶縁とか敵対とかそのレベルの暴挙だったし……。
ううむと唸りながら頬を掻いていると、彼女はくすくすと笑った。
「うふ。ノクティスさん、結構可愛いところもあるんですね」
「う……うるせぇよ」
申し訳なさがあるせいか、やりづれぇ。
「んなこたどうでもいいんだよ。オメーの石化能力、ピピンに直してもらったんだってな? そろそろ目隠しを取っ払ってもいいんじゃねぇのよ」
「ええ、まぁ……それはそうなんですけど」
「怖ぇのか?」
「……はい。動物達を石に変えてしまったように、あなた達も石に変えてしまうのではないか……と思ってしまって……」
カミナは顔に巻いた布切れに手を当てて、僅かばかり俯いた。彼女の蛇頭は未だに元気だが、これまでに感じられたような魔力はすっかり無くなっている。その感覚的にもメドゥーサから普通の少女に戻っているのは間違いないだろうが、そこは本人の気持ちの問題だろう。
何せ、目を合わせるだけで相手を石にして殺しちまうんだからな。魔王軍が求めるくらい強い能力のくせして、本人が望んでいない能力と来た。そりゃ「能力が無くなりましたよ」っていきなり言われても、躊躇いが生まれちまうもんだろう。
「いいじゃねぇかよ。ほら目隠し外してみろよ。俺、オメーの顔が見てみてぇよ」
「……ま、まぁ……その言葉に絆されたわけではありませんが、いつまで経ってもこのままじゃいけませんよね」
「お、外してくれるのか」
「はい。まだ少し、怖いですけど……」
「…………」
カミナの手は震えていた。目隠しに翳した手は、いつまで経っても動かない。いや、動かせないのか。
彼女の様子を見かねた俺は、気付いた時にはカミナの手に触れていた。どうにか彼女の勇気を後押しできないものか――その気持ちが前に出すぎたみたいだ。さっきガッツリ人質にした男が何をやってるんだと思ったが、後には引けない。
「大丈夫だ」
「っ……」
カミナが唇を結びながらも、何とか目隠しを取り払う。
先刻の戦闘時に駆けつけた時はほとんどの時間目を逸らしていた上、デュラハンを倒すと同時に目隠しをし直すほどの徹底ぶりだった。それが今、彼女は自ら目を開こうとしている……。何だか感動的ではないか。
「そう……ゆっくり目を開くんだ。自分のタイミングで良いから」
「わ、分かりました。さん、にい、いちで開いて良いですか?」
「あぁ、構わねぇよ」
彼女から魔力が感じられなくなったとはいえ、実は俺もちょっと怖い。まぁ、デュラハン戦で実質死んだようなもんだし石になっても仕方ねぇか。
「行きますよ……」
カミナが宣言すると同時、彼女の細い指が俺の手にぎゅっとしがみついてくる。
ぎょっとして視線を下げると、俺の手が彼女の白い手によって固く拘束されていた。妙に力が強い。どんだけ怖いんだよ。俺まで怖くなってくるじゃねぇか。
「さん……にい……いち……」
無慈悲に始まるカウントダウン。俺がカッコつけた手前、止めることもできない。
あっという間にカウントダウンが終わると、カミナがゆっくりと瞼を開き始めた。
「……!」
――目が合った。それでも俺の身体に変化はない。石化を乗り越えた。彼女はメドゥーサではなくなったのだ。
その事実を認識したカミナは、喜びを噛み締めるように目を見開いた。
青く澄んだ、美しい瞳だった。
「なんだよ……綺麗な目ぇしてんじゃねぇか」
思わずそんな言葉が零れてしまう。
とても彼女を人質に取ったゲスの放つ言葉とは思えなかった。
「ああ……やっと……やっと誰かの目を見ることができました……」
「おめでとうカミナ、勇気を出した結果だぜ」
「私……初めて見られた顔がノクティスさんの顔で良かった……」
初めて見る顔がこんなモヒカン男で良いのかよとツッコミそうになったが、目の縁に涙を浮かべた彼女を見て、そんなことを言うのも野暮だなと思った。
何気に彼女を治療したのもピピンなのだが、それも口にしないでおいた。リーダーの役得ということで、ここはひとつ。
「ノクティスさんっ」
至近距離で笑顔が弾ける。溢れ出した感情のまま抱擁されるが、力加減を知らない彼女は俺の首を絞めて落としにかかってきた。
柔らかくて温かい2つの感触と腕に挟まれて、本気で窒息死が見えてくる。
「く、苦し……マジで死ぬ! 怪我人だぞ俺は!」
「あ、すみません! 久々に人と触れ合ったものでつい……」
「ったく……まぁ良い。今日は記念日だ、好きなだけはしゃいでいいぞ」
こうして俺達は緊急クエストをクリアし、晴れてエクシアの街に帰還することになった。
ただ、バイクに乗って颯爽と走り出そうとしたところ、ゴン達に説得されてサイドカーに無理矢理寝かしつけられてしまった。俺の怪我が割かし重傷だったからかもしれない。
というわけで、最も軽傷なピピンの運転するバイクのサイドカーに乗せられて帰路に着く。カミナは古塔を離れて俺と一緒に暮らしたくなったらしく、地下室に飾っていた絵だけを抱えてバイクに同乗していた。
「にしても、皆さん相当面白い見た目をしてますよね。それはファッションか何かですか?」
「あ〜……まぁ、他人に舐められねぇためのファッションだな」
「なるほどぉ、勉強になります」
帰路の最中も、俺達6人の間に会話は絶えない。俺達はすっかり意気投合していた。
カミナが街で生活するための戸籍を用意するのに随分と苦労しそうだが、当面は俺の家に匿って乗り切ることにしよう。俺がついてりゃ、少なくともギルドから疑われることはなくなるはずだ。
そして、すっかり空が暗くなる頃。エクシアの街に到着した俺達は、一番最初にカミナを自宅に匿うことにした。緊急クエストから帰ってくると同時に戸籍不明の少女を連れて帰ってくるとか、いくら何でも怪しすぎるからなぁ……。と言うか、蛇頭が治らなかったんだから姿を見られたらヤバいぜ。
カミナは「私もギルド見たいです!」と頬を膨らませていたが、その機会は後日に持ち越しだ。髪の毛を隠す手段を考えなくちゃならん。
そうしてカミナを自宅に隠した後、俺達はギルドの扉をぶち開けて緊急クエストから堂々帰還。職員や冒険者達からの手荒い祝福を受けながら、緊急クエスト完了の事務作業を始めるのだった。
ちなみに、クエストの原因モンスターの討伐証明としてメドゥーサことカミナの髪を提出したのだが、どちらかと言うとデュラハンを倒した事実でギルド内は騒然となった。
俺はあんまり気にしてなかったが、Sランクに相当するモンスターだったらしい。油断してたのは間違いないが、魔王軍幹部なだけはある。
そんでもって、バラして持ち帰ってきたデュラハンの死体を見せつけてやると、あまりの貴重素材に卒倒する者が現れる始末だった。
「ノクティスさん、これヤバイっす! 保存状態が良いうちに固定して博物館に飾りましょうよ!!」
「全財産譲るんで、デュラハンの腕だけくれませんか!? ほんと先っちょだけで良いんで!!」
「味見していいかなぁ!? デュラハンを舐められる機会なんて一生ないよぉ!」
……やっぱり冒険者ってやべーやつしかいねぇわ。




