18.幸せ、見つけた
書庫には、犬に関する書籍や文献が大量に収まっている。
犬病院を始めるときに、私の仕事に役立つようにと、男爵様が購入して下さったのだ。
(黒犬について調べたら、何かわかるかも……)
それは、ほどなくして見つかった。
百科事典にこう載っていた。
【ブラックドッグ 】
黒い犬の姿をした不吉な妖精のこと。ヘルハウンドとも。
炎のような赤い目に、黒い体の大きな犬の姿をしている。夜中に十字路に現れることが多い。
新月の女神ヘカテの従者。彼女に従属するブラックドッグたちは、死の先触れや死刑の執行者として人々に忌避されている。
ただし墓守犬としてのブラックドッグは、墓地を墓荒らしから守る以外に、人を害することはない。道に迷った子供を助けたりするなど、基本的に温和であるーー
「見ましたね」
書庫の入口を振り返る。
男爵様が立っていた。
私はそちらへ行った。
「男爵様、ヘカテ様は?」
「帰られました。場所は、おわかりですか?」
真っ直ぐに手を挙げ、天井を指差した。
「そう。月の裏側です。私もそこから来ました。ニュームーン国などと言って、あなたを欺いてしまってすみません」
「いいのです、男爵様」
「ルナは猫の姿をした妖精、ケンは子犬の姿をした妖精でした。いずれも、ヘカテ様の従者です」
「ルナとケンは、どうして人間に?」
「僕が人間になることを知って、彼らもそれを望んだのです。一種の冒険心ですね」
男爵様は、ふっと笑ったあと、ひどく悲しげな目をした。
「僕は、自分の気持ちばかり考えて、おかしな冒険をしてしまいました。その結果、あなたを傷つけることになった」
「どうして? 私は幸せですよ?」
「しかし僕は、あなたに子供を抱かせてあげることもできないし、一緒に歳をとることもーー」
「それがどうしたというのです?」
私は男爵様の手をとった。
初めて握る男爵様の手。
それは、とても柔らかく、優しくて純粋な心が伝わってきた。
「男爵様に出会わなければ、私は人生に絶望したままだったでしょう。男爵様は、私に生きる理由と目的を下さったのです。男爵様、プロポーズを、喜んで受け入れます」
男爵様の胸に飛び込んだとき、後ろのほうで、ルナとケンがわっという声がした。
あの二人、覗いてたのね。
◆◆◆◆◆
結婚式は、翌週の週末に挙げた。
場所は「新月館」、またの名を「黒犬館」、または「H&H犬病院」。
参列者はルナとケン。ニューファンドランドのチョコ。そして森の狼たち。
みんなでイノシシ料理をおいしくいただいた。幸せいっぱいの最高の結婚式!!
◆◆◆◆◆
新婚旅行は、常夏の島へ。
すらりとした美形の男爵様と、寸胴で究極の犬顔の私が手をつないで街道を歩いていると、人々はくすくす笑った。
でも全然気にならない。
超幸せだから。
男爵様がビーチに登場すると、どよめきが起きた。
全身毛むくじゃらだからである。
その男爵様が、海に入って見事な犬かきを見せると、人々は指差してひそひそした。
でも全然気にならない。
超幸せだから。
海から上がった男爵様の背中に、私はまたがった。
男爵様は嬉しそうに、私を乗せて、四つ足でビーチを駆け巡った。
人々は悲鳴を上げて、身をすくめて私たちをよけた。
でも全然気にならない。
超幸せだから。
◆◆◆◆◆
新婚旅行から帰ると、私はバリバリ働いた。
男爵様の予言どおり、外国からもお客様が来た。
どうやら私は、国際的にも有名になったようである。
犬語のわかる世界で唯一の犬医者として。
その生活がおよそ三年続いたあとーー
私と男爵様は、王室に招待された。




