第40話 獅子の冠
俺は誰か分からない男と戦うことになった
だが、こいつに勝てばこいつが所属する組織のことが分かるかもしれない
この戦い、絶対に負けるわけにはいかない
始めは互角の戦いをしていたが、だんだん押されてきた
男が周りに気づかれないくらいの反則技ばかりかけてくる
こいつ、戦い慣れしてやがる
ちなみに武器は持ち込み可なんだが、この男は素手で俺と戦う気だ
完全になめられている
俺は念のために聖剣を持っていた
だが、聖剣を振り回す余裕もない
男の攻撃を受けるので精いっぱいだ
「このままだと負けてしまうぞ、ユウ? 勝つには全解放を使うしかないだろ」
男は拳を絶え間なく突き出しながら言った
この男、全解放を知っている
こいつ本当に何者なんだ?
しかし、このままだと本当にこの訳の分からない奴に負けてしまう
負けると、鍛えてくれたアグノスの父にも悪い
だが、全解放を使うと最悪の場合、死んでしまうかもしれない
……やるしか、ないのか
「聖心、全解放」
俺は覚悟を決め、小さく言った
別に全解放を使ってはいけないというルールはないがあんまり使いたくない
俺の体がほんのりと光る
体中に魔力が染み渡る
周りが少しばかりざわついた
「くっくっくっ 勇者様はそうでなくっちゃ!」
男は笑い出し、さらに力を拳に込めた
この戦い、何が何でも勝たないといけない
俺は確かに全解放を使った
だが、今の現状はどうだ
使う前と全く変わっていないではないか!!
こいつ、俺が全解放を使ってもまだ互角だと!?
なんて強さなんだ!
決着がつく気配がしない
しかも、このままずっと戦っていたら全解放のせいで俺が死んでしまうかもしれない
それどころか、全解放の反動で男に攻撃が当たらなくなってきた
視界がぼやけてきた 足が動かなくなってきた
男の攻撃を受け続けているからか、腕もしびれてきた
ヤバイヤバイヤバイ 一体どうすればいいんだ?
『今こそ飛躍の時』
俺の耳にそう聞こえた
誰が俺にそう言ってるのかすら分からない
だが、飛躍と言われても何をどうすればいいのか分からない
『己の精神を研ぎ澄ますのだ』
声は再び俺に言ってきた
本当に誰なんだ、こいつは
まあ、とにかく言われた通りに目を閉じ精神を集中させる
「!!」
ふと、男を見るとこちらに向かって拳を出してきていた
だが、飛躍した俺には拳の軌道が見えた
俺は、男の拳を難なく避ける
「なん、だと!?」
急に自分の拳を避けた俺に、男は当然驚いた
もちろん俺も驚いた
これなら勝てるかもしれない!
男は驚きはしたが、すぐに冷静になり再び戦闘態勢に入った
拳の軌道が見えるようになった俺には、男の攻撃は当たらなくなった
そんな俺に男は焦り始めている
「なぜだ! なぜ俺の攻撃が当たらないんだ!? このままではあの方の命令を遂行できない!」
あの方?
誰のことを言ってるんだ?
こいつの親玉を知るチャンスかもしれない
「ここは一旦引くしかない!!」
男は戦闘中にも関わらず、俺に背を向け逃げ出そうとした
そこに俺は隙を見た
「戦いの最中に背中を見せるなあああ!!」
俺は男に向かって聖剣を振り下ろした
俺の放った剣戟は、男に直撃した
男は俺の剣戟の衝撃波で観客がいない席に吹き飛ばされた
少しやりすぎたか?
誰もいない観客席が真っ二つになっっていた
これが聖剣の力……なのか
「勝者、ユウ!!」
戦いの儀を見ていた獅子王が、そう宣言した
静かになっていた観客がドッと沸いた
みんなが驚嘆の声を上げる
全解放を使った反動で倒れる俺を、ティファナが慌てて駆け寄ってきた
ついて来ようとする獣人たちを、その場にとどまらせてからわざわざやってきてくれた
「大丈夫ですか? 全く全解放なんて無茶するから……」
「はは…… すまないな」
俺は苦笑いで返した
本当に面目ない
「くっ……!! せめて勇者だけでも殺して聖剣を……!」
男はまだ気を失っていなかったようだ
男は立ち上がりながら片手に魔力を溜め、俺に向けて打ってきた
全解放の反動で俺は動けない
このままではやられてしまう!
その時だった
「そこまでだ!」
王が男の攻撃を素手で止めた
それも片手でだ
「男なら潔く負けを認めろ!」
獅子王が男に勢いよく言い放った
男は悔しそうな顔を浮かべ、舌打ちをして去っていった
さすが王様だな
魔法を片手で止めるなんて普通の人にできるはずもない
この人だからこそできることなのだろう
この人が王に選ばれた理由がよく分かった気がした
「勝者ユウよ 戦いの儀において、そなたは勇敢にも最後まで戦った。 その力強さをここに認め、力の象徴 獅子の冠 をそなたに託そう」
獅子王は倒れているおれに向けて言った
ちょっと待ってくれてもいいのに
起き上がるのにはまだ時間がかかるぞ
だって、体全体が悲鳴を上げているのだから
「なんだあれは!」 「不気味な雲ねえ」
突然獣人たちが空を指さし、騒ぎ出した
俺はまだ完全に回復していない体を少し起こして、空を見上げる
この世界で見たことのない色をした雲が、空の半分を埋め尽くしていた
俺もその雲を見ているだけで、さらに気分が悪くなってきた
バリバリバリっ!!
「きゃあー!!」 「何だ今のは!」
獣人たちが口々にわめきだす
地面に雷が落ちたのだ
それにしてもものすごい音だな
その雷とともに誰かが降りてきた
その姿は女神のように美しかったが、それよりも常人には耐えられないくらいの邪の気をばらまいている
こいつは一体何者だ?
「うわーー!! 邪の女神だあ!!」 「何でこんなところにマルムがいるんだよーー!!」
獣人たちは一気にパニック状態になった
獅子王も王兵に連れられ、城へ戻っていった
ま、仕方ないか
王様は大切だからな
「そ、そんな! 邪の女神がなぜここに!?」
メランもいつになく焦っている
「私は邪の女神! ここに勇者がいると聞いてやってきた。 さあ、勇者はどこだ!」
邪の女神が声を荒らげて言う
皆が一斉に俺の方をむく
「なるほどなぁ······ 貴様が勇者か。 にわかには信じられんが、周りの反応を見るからにはそうなのだろう」
そう言ったマルムは俺の方へ近づいてきた
俺は全解放の反動で少ししか動けないというのに
「さあ、勇者よ 私と戦え! 己の強さを私に見せてみろ! 断った暁にはどうなるか、お前にはわかるよな?」
マルムは声高らかに言い放った
ここを人質に取られてしまったら、やるしかなくなってくる
結局こうなるのか
俺は大きくため息をついた
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