第1話
今日この日、一人の漫画家が他界した。
その漫画家の名は「天龍始」
多くの作品を手掛け、世に大きな影響を与えた天才
そんな彼が亡くなった翌日、世界で少し変わったことが起こっていた
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表札に「海鷲」と書かれたとある家
カリカリカリ…
ペンから奏でられる演奏が一室に鳴り響く
「はぁ…」
全然駄目だ…
漫画家を夢見て数年
何度も何度もこうやって作品を作ってはみても
「面白くねえなぁ…」
どうしても上手くいかない
頭の中では最高の話が出来ているのにこうして絵にしてみると途端につまらなくなる
「俺…やっぱ才能無いのかなあ…」
もとより俺はあまり絵が上手くない
自分だけのオリジナルストーリーを考えるのは子供の頃から好きだったが絵を描くということはしてこなかった
中学に入ってから何度か模写をしてはみたものの結果はでず
そのままサボり続けて今は高校1年
「どうすっかな~」
俺はあくまでも漫画が好きであって小説が好きという訳ではない
文字を読むというのはどちらかと言えば苦手な部類だ
だから小説家ではなく漫画家になりたい
「………」
まあ、なりたいと言って小説家になれる訳でもないのだが
「はぁ…今日はちょっと休もう」
「叶~?」
母の声がする
そう、叶は俺の名前
海鷲 叶だ
「郵便受けに何か入ってたわよ~」
郵便受け?俺宛にか?
心当たりがない
俺は部屋を出て母の元へ行く
「はいこれ、叶宛に」
母が持っていたのは小さな小包だった
「差出人は?」
「えっと…天龍始…」
「天龍始!?」
「この人って確か亡くなった漫画家さんよね?」
どうして天龍先生が?
母からその小包を受け取り、自分の部屋へと戻る
実は俺は天龍先生の大ファンだ
天龍先生の漫画は絶版となってしまっている作品以外は全て持っている
中でも俺が一番好きな作品は「ファイナル」
黄金の鎧を着た勇者「ファイナル」が魔神と戦うという内容の王道バトル漫画
これは俺が一番最初に読んだ漫画であり漫画家という夢を持つきっかけとなった作品でもある
おっと、少し熱くなりすぎてしまった
それよりもはやくこの小包を開けるとしよう
ビリビリビリ……
「これは…」
金色の万年筆…!!
「はッ!?」
なんだ…これは!!
創作意欲が…湧いてくる…!
頭の中で突然何かが爆発したかのようにイメージが広がっていく!
雨粒のように小さい光が集まって一つのビジョンを映しだす!
今すぐこれを…
絵にしたい…!!
カリカリカリカリカリ!!
俺は無我夢中でペンを走らせた
下書きを一切していないにも関わらず頭に思い描いたビジョンそのものが決められた線の上をなぞっているかのように正確に描かれていく
カリカリカリカリカリッ!!
ペンが止まらない
まるでこのペン自身が意識を持って動いているかのようなそんな感覚に陥るほどにペンは軽やかだった
カリカリカリッ!!
「出来た!!」
ほんの数分で一つの絵が完成した
それは鎧を着た戦士…そう「ファイナル」によく似たキャラクターだった
カーッ!!!
「うおッ!?」
突如その絵が光りだした
それは比喩でもなんでもない
本当に絵が光っていた
そして俺はそれよりももっと驚く光景を目の当たりにする
きっとこれ以上の驚きは生涯一度も無いだろう
「な!?」
ゆっくりと目を開くと絵に描いた戦士が俺の目の前に立っていた
「うおおおおッ!?」
俺は座っていたイスから思わず転げ落ちた
その姿は傍からみれば実に滑稽だっただろうが誰だって俺と同じ立場になればこうなる
「な、なんだよお前!!」
「………」
机の上に立つ鎧の戦士
なんともまあミスマッチな光景だ
ゆっくりと戦士が机から降りる
そして俺の前に膝をついた
「初めまして、先生」
「せ、先生?俺が?」
「そうです、あなたが私を創り出したのです」
「私はあなたの想像力から生まれました」
「想像力から生まれたって……どういうことだよ?」
「この黄金のペンには力が秘められているのです」
「それは最初に描いたものを実体化させる力」
「実体化!?」
「はい、あなたがこのペンを使って私を描いてくださったおかげでこうして誕生することが出来ました」
「は、はぁ…」
「本当にありがとうございます」
「い、いやぁそんな…」
「しかし私はまだ完成しておりません」
「今の私には名前も性格も力も無いのです」
「ですのでお願いがございます」
「先生のお力で私を完成させてください」
俺はどうしたらいいのか分からなかった
最初に描いたものを実体化させるペンってなんだとか
何でそんなものが俺宛に送られてきたんだとか
こいつのこと、母さんになんて言えばいいんだとか
色々なことが頭を駆け巡っていた
けど一つ
本当に大したことじゃないんだが
俺の心を動かすものがあった
それは…
「先生」
その一言だ
「俺が……先生……か」
「どうかされましたか?」
「いや!なんでもない!」
「えっと…俺がお前に名前を付けたり性格を決めたりすればいいのか?」
「はい、そうです」
「よ~し、分かった!俺に任せとけ!」
「ありがとうございます、先生」
「う~ん……」
とは言ったものの……
「…………」
「…………」
「…………」
駄目だ全然出てこない…
そうだ!
黄金のペンを持って考える
「う~ん……」
「……あの、先生?」
「なんだ?」
「何故ペンを持ったのですか?」
「いやあ、さっきこのペンを持った瞬間、想像力が凄い勢いで広がっていく感じがしたんだよ」
「だからこれ持って考えたらまたさっきみたいになったりしないかなあって」
「……えっと、先生…」
「大変、言いづらいことなのですが……」
「もうそのペンにはなんの力も残っておりません」
「だ、だよなあ!あはははは!」
「けど、どうしたもんかなあ……」
俺が描いたのは「ファイナル」をモデルとした白銀の勇者
やっぱりカッコイイ名前にしてやりたい
「駄目だ、外に出て散歩でもしながら考えるとしよう」
「外出されるのですか、それでしたら私もお供致します。」
「え?いやいや!ちょっと待ってくれ!」
「どうかされましたか?」
「その格好で出歩くつもりか?というかまだお前のこと母さんに何て言おうか考えて無いのに!」
「ああ、そのことでしたか」
「それでしたらご安心を」
戦士が自分の絵が描かれているスケッチブックを俺に渡す
「私はいつでもこの絵に戻ることが出来ます」
そういうと絵に手を置いた
シュウウ…
一瞬、部屋の中で風が吹いた気がした
そのときだった
ヒョオオオオオ!!
「うお!?」
戦士の身体がスケッチブックにどんどん吸い込まれていく
バサッ
床に戦士が手にしていたスケッチブックが落ちる
「まさか…」
スケッチブックを開く
「こうすれば他の人の目を気にすることなく先生のそばにつくことが出来ます」
絵の中…いや、戦士の絵そのものがスケッチブックの中で動いていた
「おお、すげえ!」
「さあ、行きましょう先生」
スケッチブックをカバンに入れ、外を歩く
この道は小学生の頃の通学路
ここを歩いていると懐かしい記憶が蘇る
自然と心も落ち着く
「そういや、一つ聞きたいことがあるんだが…」
「なんでしょうか?」
「なんで俺の元にあのペンが天龍先生から届いたんだ?」
「それに描いたものを実体化させるって普通じゃないよな?」
「そうですね、その力はもともと天龍先生が持っていた力でした」
「天龍先生の!?」
「ええ、あの方は昔から不思議な物を多く持っていた、そんな方でしたから」
「そして天龍先生は生前にご自身の持つその力をほんの少しだけあのペンに加え、世界中の子供達に送ったのです」
「せ、世界中!?」
「はい、そうです」
「そうか、俺だけって訳じゃなかったのか…」
正直、ちょっと残念だな…
「もともとが天龍先生のお力という訳か、少しだけですが先生の記憶が私にも刻まれております」
「先生はある想いを込めてあのペンを送りました」
「その想いがなんなのか…それだけは何故か、はっきりとは思い出せないのですが…」
「私達はきっとその想いを叶えなくてはならない…そんな気がするのです」
「ふ~ん…」
そのとき
ドゴーンッ!!
遠くで何かが爆発した
「なんだ!?」
「この感じは…」
戦士が何かを察知した
「先生!爆発した地点に私と同じペンの力で生まれた者の気配を感じます!」
「それってつまり!?」
「ペンの力が悪用されております」
「!?」
ダッ!!
叶が走りだした
「先生!?どこへ向かっているのですか!?」
「爆発した場所だ!」
「危険です!私にはまだ力がありません!」
「あの爆発からして犯人はそれなりの力を持っています!」
「何かあったとき、あなたを守ることができません!」
「……さっき言ってたよな?」
「天龍先生はある想いを込めてペンを送ったって」
「天龍先生はあんな風に使うことを望んで送ったわけじゃない!」
「もしも悪用するような奴がいるなら」
「同じようにペンを送られた俺が止めなきゃならない!そうだろ?」
「先生…」
「分かりました…犯人を止めましょう!」
「ああ!」
~~~~~
「いいぞ、もっとだ!もっと俺達の力を見せつけてやるんだ!!」
「オー……」
金髪の学生と全身が真っ黒な何者かが暴れている
「あいつらか!?」
叶が現場に到着する
辺りの建物や道路は破壊されていた
「おい、何やってんだよお前!」
「あん?なんだ?」
金髪の男が叶を見て嘲笑う
「は!何しに来たんだ?この状況を見て何も理解できなかったのか?」
「俺はお前を止めに来たんだ」
「はあっはっは!止めに来た?どーやってだよ!」
「いいか?カッコつけた台詞ってのはな、カッコいい奴が言うから成り立つんだよ」
「チャンスをやる、すぐにここから逃げろ」
「でなきゃ殺す」
「俺は、逃げない」
「オーケー、「ボンバーヘッド」やれ」
「オー……」
ボンバーヘッドと呼ばれている黒い何者かが地面を殴る
ドドドドドッ!!
その瞬間、地面から火柱が上がり、導火線に火が付いたかのように叶の所へ一直線に向かっていく
ドドオオンッ!!
叶の足元が爆発する
「くっくっくっくっく、ああっははははは!!」
「すげえ!すげえよこの力!」
「もう誰も俺に手出しできねえ!俺が最強だ!」
「……ん?」
爆発して上がった煙の中から影がぼんやりと浮かび上がる
「まさか……!?」
「ご無事ですか?先生」
「ああ、助かった!」
戦士が叶の前に立ち、その身で爆発を受け耐えた
「あいつ……」
「お前のところにも届いてたってことか、黄金のペンが」
「そうだ」
「へ、面白え!」
「俺が作ったこのボンバーヘッドとお前の作ったそのキャラ」
「どっちが強いか決めようじゃねえか!」
「やれ!」
「オー……」
ボンバーヘッドが先と同じ攻撃を仕掛ける
「先生!下がっていてください!」
ドドオオンッ!!
シューッ……
戦士がまたも耐えきる
「おいおい、攻撃してこないのか?」
「だったら……」
「オー……」
ドドドド!!
ボンバーヘッドが地面を連続で殴る
ドシュシュシュシュ!!
いくつもの火柱が戦士に向かっていく
「駄目だ!避けろ!」
叶が叫ぶが……
ドドドオオオンッ!!
全ての攻撃が直撃した
「ああ……」
「よっしゃあ!!大したことねえぜ!!」
誰もが今の攻撃で戦士がやられたと
そう思った、そのとき
ドシュッ!
煙の中で動く影
戦士は生きていた
ガシッ!
戦士が金髪の男を掴む
「馬鹿な!?」
「はぁ…はぁ…」
「くそ!離せ!」
「……」
戦士がゆっくりと掴んだ手を離した
「な!?」
予想外の行動に金髪の男が動揺する
「もう二度と……こんなことをするな」
「くそ……チッ!」
金髪の男がボンバーヘッドをスケッチブックの中へ戻す
「俺は懲りた訳じゃないからな」
そう言って金髪の男はその場から去っていった
「大丈夫か!しっかりしろ!」
叶が戦士の元へ駆け寄る
「はい、なんとか」
「なんでお前避けなかったんだよ」
「私が避けたら先生や建物に被害が及びますから……」
「お前……」
「そうか……すまない……」
「俺は結局何もしなかった……」
「俺が行くって言ったのに……お前だけがこんな目に合って……」
「いいんですよ、これが私の役目です」
戦士の姿を見て叶は心の中で決意する
「俺……変わるよ」
「今度は俺も戦う!」
「そしてあいつの悪事を止めてみせる!」
「先生……」
叶が首を横に振る
「違う、俺は先生なんかじゃない……」
「叶だ……そう呼んでくれ「プレリュード」」
「それは……!」
「お前の名前だ、思い付きで悪いけどさ……どうかな?」
戦士は微笑んで言った
「すごく気に入りました」
「ありがとうございます、叶」