表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/16

イリーナという公娼(未満)

高位貴族の公娼を輩出してきたオルコット家のイリーナ嬢は、「高位貴族を籠絡した悪女」とされた。

骨が浮いて見えそうなくらい痩せすぎなのに、胸だけ豊満な扇情的な体型で、透けるように肌が白い。よく言えば幽玄美を持つ、悪く言えば不健康な女の子だった。


オルコットの公娼たちは普通は学園に通わないが、学問が取り柄のイリーナ嬢には、箔をつけたかったのだろう。


男爵の善意が、酷な結果を生んだ。


本人が望まなくても、あの子は男を引き寄せてしまう。

男爵家のタウンハウスで春をひさぐ公娼ならば、特定の客とだけ契る。公娼には客を選ぶ権利があり、身の安全は守られている。

だが、自主独立を建前に大人たちの目が行き届かない学園では、なすすべもなく搾取された。それも、国の重鎮でもある大貴族の子息たちに。


生徒会室にかくまったのは、シンパシーを感じたからだと思う。


僕は生徒会役員を、なんとなく僕みたいな連中で固めていた。

派手さはないが、機動力があり、裏方をする労力を厭わないとか。爵位はあっても権力や居場所がないとか。

男子生徒はともかく、女子生徒はイリーナ嬢を好いていなかったが、やがて「貴女は魔女なんかじゃない。普通の女の子だね」と認識を改めていった。


それでも、イリーナに懸想する大貴族の子息たち、自称第一王子の未来の側近たちは、避けきれない。

僕の公欠日になると、役員たちを追い出してはイリーナ嬢に無体を働いた。

側室腹で後ろ盾のない僕に、大臣、宰相、大神官、騎士団長の直系の縁者たちを牽制しきるほどの権力はないのだ。

なおかつ、彼らにはイリーナを暴力で従えている自覚がなかった。純粋に愛を共有しているという認識で、なぜか僕も身内扱いされた。

僕がいるときは僕を立てる忠臣って、意味不明すぎる。

でも、信じている連中にとってはそれが真実で、下手に刺激すればイリーナの命が危うい。毎日が、綱渡りだった。


もし、イリーナ嬢がもっと嫌がって泣いたりしていたら、役員たちは不敬を覚悟で庇おうとしていただろう。

だけどイリーナ嬢は曖昧に笑って、望まない寵を受け入れたという。

そうしなければ、生徒会の連中を守れないことを知っていたんだと思う。「あの子の献身はわかりづらいから、わかると泣けてくるわ」と言ったのは、副会長だったか会計だったか。


あの断罪劇がなかったら、彼女らとイリーナ嬢は良き友でいられただろうに……。




今、イリーナ嬢は掘立て小屋に軟禁されている。

昼間はひたすらレースを編んでいる。

僕をたらしこんだ悪女ってことになっているけど、彼女に籠絡された覚えはない。

恋慕を向けられていたことは知っていたけど、寵を与えるなんて残酷な仕打ちをしようなんて思えなかった。とてもじゃないけど。


そういえば、出発の前日、わざわざ独房を訪れたエリザベートに「どうか、イリーナさんとお幸せに」とほざかれた。


「僕はずっと君が好きだったけど、今、この瞬間、初めて憎いと思ったよ」と言い返してやった。


「嘘よ!」と怒鳴られた。


「私には表面的に取り繕ってきただけのくせに! イリーナさんには優しく微笑みかけたくせに!」と。


「話しかけただけで怯えて後ずさる相手に、どうやったら礼儀以上の振る舞いができるんだよ?」


「ひっ……!」


「すぐそうなる。君って、加害者のくせにやたら被害者ぶるよね」


共に人生を歩みたいって気持ちは、愛されなくても愛したいって慕情は、木っ端微塵に砕けた。

こんな女に片思いしていた10年間が、ただただ虚しい。


追放先の掘立て小屋に、ベッドがひとつしかなかったのも、脱力を誘った。



エリザベートが僕と結婚したくないなら、婚約者を交代するだけなら、もっと穏やかな方法がとれたはずだ。


辺境伯が娘の嫁ぎ先を探し始めたとき、王家が名乗り出て、辺境伯が僕を指名した。

エリザベートの気質は、伝統の保護を担う王太子妃には向いていないから、と。それだけの話だったのだ。


そこで、正妃腹の王子と辺境伯令嬢から不貞を訴えられたら、僕に弁解の余地はない。事実関係が洗われることもなく、権力者が勝訴する仕組みになっている。


あえて、センセーショナルな話題を提供したってことは……隠蔽したいものができたんだろうな。


女にたぶらかされて淫交に耽った王子は、どっちだって話だよ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ