世話上手な妖精
――ハッ!?
何か嫌な予感を察知した俺は、夢路から外れて現実の方向に逆走した。
目を覚まして体を起き上がらせ、口元から垂れていたよだれを袖で拭う。そして小窓の外を見ると……日が暮れていた。
時刻は午後七時半。五時間程度は寝ていたことになる。俺の休日、残り十二時間ちょっとで終わりを迎える件。
本日の俺と太陽さんの面会時間、ほぼ一時間。多分俺の体内のビタミンDは全く活性化されていないだろう。
一日外出券を無駄遣いしたような気分になった俺は、うなだれたままトボトボと自分の巣窟へ帰ろうとする。
「あ、お兄ちゃんやっと起きた」
道端で蝶々を見つけたときくらいのテンションで話しかけてきたのは、お風呂上りの美琴。
普段と違ってストレートヘアーだったので、少しだけ俺の心臓がドキリと跳ねた。
と、それより。
「美琴……起こしてくれてもよかったんじゃないか?」
「……訳があったの」
途端に美琴は目を泳がせる。本当に訳ありのようだ。
「まぁ、座れや」
「どうもどうも」
俺は椅子を引いて美琴を座らせて、その正面の椅子に俺は腰掛けた。
ここからでもシャンプーのいい香りが漂ってくる。
恍惚として香りを嗅いでいると、美琴から話を切り出してきた。
「今日遊びに来た銀華ちゃんのことなんだけど……」
予測通り、俺の家に突然来訪してきた雪の妖精、銀華ちゃんの件だった。
確かに、美琴からしたら何が何だか分からないだろう。なんせ俺は二人だけを残して夢の中。申し訳ないと思っている。
すると美琴は両手で頭を抱えて、妖怪にでも憑かれたのか、ブワッと負のオーラを噴出した。
「あの後は地獄だった……触りたくもないピンクマウスを『かわいいでしょ~?』なんて抵抗なく素手で持って私の頬っぺたに近づけてくるわ、クサガメのケースの前では『ホントにクサガメって臭いのかな~?』とか言って刺激して私に嗅がせてくるわ。後……」
「オーケー美琴。そのときの光景がまざまざと浮かんできた。もう無理はしなくていい」
これ以上は美琴の憎悪が爆発して魔女化する可能性がある。一旦ここで打ち切ろう。
美琴に言われて気がついたが……気絶したせいでセイブシシバナヘビのケースを閉めていなかったがちゃんと閉めてあり、ピンクマウスを入れていたタッパーも消えている。
美琴はタッパーに触れないどころか、外気すらも触れたがらないので美琴はやっていない。
どうやら銀華ちゃんが代わりにやってくれたようだ。
あのままじゃ逃げちゃったかもしんないし、今度会ったらちゃんとお礼言わなきゃな。
「で、でも良いじゃないか……。植物の話は気が合ったんだろ?」
美琴の機嫌を良くするために言ったつもりだったのだが、美琴はギロリと俺を一瞥した。なんでだよ。
「あれね……別に植物が好きなんじゃなくて、単に『蛇とかの止まり木』が好きなだけだった……」
「あくまで主役は蛇っていう訳だな……」
家に誘うほど親睦を深めた始めての友達だったからな……美琴のダメージは相当でかいだろう。
俺だったら布団に潜って白血球の貪食シーン見て感傷に浸るね。まっ、そんな出来事起きてねーけど、なんせ友達いないからな!
「じゃあ……私が植物トークしているときの苦笑いってそういう……?」
我を失うほど熱弁した後、いざ友達の反応を顧みてみたら苦笑いしかしていない……。うわぁぁぁぁぁ! 経験したことないけど辛過ぎるぅぅぅぅぅぅ!!
ヤバイ。美琴の感情が失われてってる。ガチで魔女化するかも。ティロらなきゃいけないか!?
話を切り出そうにも、人情の厚くない俺が慰めたら口を滑らして余計に傷つけてしまうかもしれない……。でもこのままじゃ魔女化……。
葛藤に悩まされていると、美琴は生気を感じさせないまま立ち上がり、二階へと続く階段へ向かっていった。
「み、美琴……?」
辛うじて出た言葉がこれ。意気地なしにもほどがある。
「寝る……。寝なければならないから……寝る……」
テレビでたまに見る某政治家の構文みたいになってるぞ妹よ。
そのまま美琴は二階へとのぼっていった。途中ドドド! と滑り落ちた音がしたが、悲鳴一つ上げていなかった。
感情だけでなく痛覚も失っているのでは?
「……飯でも食うか」
その後飯や風呂やらなんやらを終わらせて、俺はベットにうつ伏せになって倒れた。
横目で時計を見てみると、既に午後十時を回っていた。こう見えて俺は睡眠時間は七時間は確保する人間。起床は六時なので、俺の残された時間は一時間。
勉強熱心な人は「英単語の復習をしよう!」などと机に張り切って向かっていくのだが、あいにく俺は英単語が苦手なので勉強したくない。
普段煩わしいと思っている友達だが、こんなときに雑談を交わせるとなると急激に必要性が増す。
「一人くらい作ればよかったなぁ……」
うつ伏せの体をひっくり返して、天井をポカーンと見上げる。
最悪の場合、天井のシミでも数えて一時間潰そうかと思った矢先、ブブブッと謎の振動音が鳴った。
期待の眼差しでスマホを手に取り、電源ボタンを押す。着信履歴を見てみると、
『明日、いつもの場所で落ち合えない? byRIMIRIN』
こいつかよ‼
思わずケータイを投げ捨てたくなった。
今思えば俺とケータイで繋がっている人、父さんと母さんと美琴と、こいつだけだった……。
しかも落ち合えない? って、送り主の容姿からは到底想像できないような言い方で……。もう少しかわいらしく言えよな。
こいつの話、マジでどうでもいいから会いたくないなぁ……。
しかし話し相手が欲しかったときに送ってきてくれたので、俺はお礼も兼ねて『了解』とだけ送信して、いつもより早いが眠りにつこうとした。
しかし、眠りに落ちる前に俺の脳内であることが浮かんできた。
何故、銀華ちゃんはあんなにも蛇の飼育に慣れているのだろうか?