植物以外にも興味持とう?
目玉焼きが完成してからキッチンに備えられている時計を見てみると、時刻は十二時。
そして今日は日曜日。また明日から憂鬱な学校生活が始まってしまう……。
ぬわぁぁぁぁぁん! 疲れたもぉぉぉぉん! っていくら嘆いても明日はやって来る。なんて残酷な世界なんだ。
食パンをレンジの中に入れて一分間のタイマーを設定しながら、起床から現在までの俺の行動を思い返す。
朝七時に起床。顔洗って歯を磨いて、バナナ食って……部屋にこもって生物図鑑読み漁っただけか……。
人生のブレイクタイムともいわれる日曜日をこんなことに使っていいのだろうか……。
正直、俺は完全インドア派なので外に行ったところで? って話だけどな。
あながち間違っていないのかも……? いやぁでも、俺は高校生で青春真っただ中。家でこそこそしているより、学生生活を謳歌しろって意見もある。
んなこと言われたって友達いねぇんだもん。顔見知り以上友達未満と幼馴染はいるが、そいつは例外だろう。
幼馴染がいる時点で勝ち組感凄いが……俺のこの反応から察してくれ。
「そろそろ完成するから、テーブル拭いておいてくれ~!」
「……分かったぁ~。よっこらせ」
よっこらせなんて親父臭い掛け声しやがって……。あいつまだ小学四年生だからな? 腰が早くも衰退している……なんてことは流石にないか。
学校ではあんな自堕落な姿じゃないだろうな……? 授業参観来るなって毎回言われているから、美琴の学校生活は物凄く気になる。
例え親父臭くても、かわいいから問題は全くないだろうけどな。
そこで、レンジが完成の合図を告げる高い鈴のような音を立てた。
オーブンから取り出した湯気を立ち上げているトーストの上に、作ったターンオーバーの目玉焼きを乗せる。簡素な料理だが、何気にこれが一番美味い。
両親はどっちも海外出張中だから、いない間は俺が料理を作っている。もう半年帰ってきてないことになるのか……というより、もう半年も経ったのか……。
時の流れは歳を重ねるごとに早く感じるというが、本当にそうだと思う。なんか俺の方が親父臭い気が……。
いやいや受験勉強をしていたあの日々が、昨日のことのように思い出せる。思い出したくないけど。
「ホント、早いなぁ……」
「何言ってんの? 早くごーはーんー!」
「待て待て」
握りこぶしでテーブルをドンドンと叩きつける。それくらい俺の料理が楽しみなのか? 愛い奴め!
胡椒を少々ふりかけ、円環状の皿に乗せて腹ペコ美琴が待つテーブルへ持っていく。
コトッとテーブルに置くと、美琴は突風の如くトーストを手に取った。「いただきます!」と、元気よく手を合わせる。かわいい。
その姿に見入っていた俺はやるべきことを思い出し、諸手打った。
「そうだ四日経ったから『あれ』をあげなきゃ!」
「あーん!?」
大きな口を開け、まるで蛇のようにトーストを丸呑みにしようとしている美琴の顔色が変わった。
そう、「蛇」に餌をあげなければならない。
この子は四日に一回くらいしか餌を食べないので、比較的世話は楽だ。それにケースのメンテナンスも楽。長年ペットとして親しまれているだけある。
一旦美琴はトーストを皿に置き、俺に向けて威圧的な視線を注いでくる。
「しょ、食事中にする必要はないでしょ!? 後にしてよ!」
「見なければいい話だろ? 後ろを向かないでワイドショーでも見てろ」
「それでも感じるの!」
拒絶反応がクサガメやホーランド・ロップのときと雲泥の差だ。この蛇には微弱ながら毒があるからだろうか。それとも第六感が覚醒したのだろうか。
実際違うんだがな。美琴が怖がっているのは毒じゃない。「餌」だ。
ギャーギャー騒いでいる美琴を尻目に冷凍庫まで歩いていく。冷凍庫のドアを開け、その中からポリ袋を取り出す。
そのポリ袋を見た途端美琴は猫のように髪を逆立たせ、すっかりと縮こまってしまった。
「他の餌用意できないわけ!? なんでわざわざそんなグロイのを……」
「これ以上にないくらい栄養価が高いからな」
頬を引きつらせている美琴に見えない位置で、ポリ袋から三匹の「ピンクマウス」を取り出す。
まぁ、嫌悪感を抱くのは仕方ない。俺も最初はかなり抵抗あったしな。
ピンクマウスっていうのは、新薬の実験台としてよく使われるハツカネズミの赤ちゃんのことだ。
別に体毛がピンク色なのではなく、体毛が生えていない皮膚の状態の見た目から名付けられた。
嫌いな人は卒倒不可避の見た目のインパクトだが、実は同じく蛇などの餌として扱われているコオロギよりかは、抵抗がないという人もいる。
それにピンクマウスは完全食とも呼ばれていて、俺がさっき言ったように栄養価がバカ高い。なので俺はピンクマウス派閥に属する人間だ。
続いてピンクマウスが浸かるくらいの、俺が陶芸教室で作った湯のみのようなものにポットで沸かしておいたお湯を注ぎ、解凍をする。
温度は五十度くらいがベストかな? 十分くらいしたらお腹の付近を指でつついて、柔らかかったら準備完了だ。
水しぶきがあがらないように注意しながら湯のみにピンクマウスを入れる。解凍している間に食事を済ませるとしよう。
テーブルに戻ると、美琴がジト目で俺を睥睨していた。結局気になってんじゃんかよ……。
「ゲテモノにゲテモノを食べさせるなんて、極悪非道なことね」
「ゲテモノいうな! 蛇だってかわいいんだぞ? 特にハンドリングのときなんか……」
「お兄ちゃんと馬が合う人にしか理解できない愛を語らなくてもいい!」
美琴も馬の合う人だったんだが……んなこと言っても詭弁にしか聞こえんか……。
「美琴、植物が好きなら動物とかも平気じゃないのか?」
「植物はかわいいんだもん。嚙んだりしないし」
「噛む噛まないで嗜好を決めるのかよ……」
そう。美琴は例のカナリア騒動から、植物に乗り換えたのだ。
俺も植物……というよりかはほぼ全ての生物の情報を熟知している人間だから、話題の言い草には困らん。
がしかし、美琴とは動物のことについて談笑していた方が楽しいのは否めない。
「ごちそーさま。じゃ、また庭で植物達と触れ合ってくるねー!」
「お、おう。いってらっしゃい」
俺がピンクマウスの解凍をしている間に、美琴はパンの耳すら残さず綺麗に平らげていた。
こんなペロリと食べてくれると、作った側も嬉しくなる。
……まぁでも、動物のことが嫌いになったからと言って、美琴は別に俺を嫌いになったわけじゃない。それはこのトーストを乗せていた皿の状況から見て取れる。
トーストを頬張りながら、小窓から横目で庭の美琴を見る。
うららかな日和。可憐で愛らしい俺の妹は麦わら帽子からはみ出した髪の毛をたなびかせながら、美琴はホースで植物に水をあげている。
今日は雲一つない快晴だったので、美琴は虹を描いていた。
上着が濡れて、小学四年生とは思えないしなやかなボディラインがくっきり見える……って、何見てんだ俺。
こんなことしてるのバレたら、俺がこの家からサヨナラバイバイすることになってしまう。俺の人生マッサラになるのは避けなければ。
俺は家の中に視線を戻す。どうやらバレてないっぽい。
まぁ、無理に動物を好きにさせて心の溝を更に抉るよりかは、現状維持が得策かもな。植物もかなり興味深いし。
今度美琴と新しい植物でも買いに行くかな。俺の植物トークで美琴の心を打ち抜いてやる!
……この台詞痛いなぁ。もう二度と言わないようにしておこう。
「んじゃ、俺もそろそろピンクマウスを……」
そう言って立ち上がると、何故か庭にいる美琴が俺の方に近づいてきた。
心なしか、いつもより顔が険しく見える。
やべっ! 濡れた姿見て怒っちゃったか!? 言い訳考えなければ!
当然考える時間などなく、美琴は勢いよく小窓を開けた。
「ご勘弁ください! ただ単に気になっただけっつうか――」
「ん? 何言ってるの? 私は『今日友達が家に来るから』って言おうとしただけなのに」
「ふぇ?」