第七話 城ケ崎さんの提案
朝食後のコーヒータイム。僕はブラック、城ケ崎さんにはミルクと砂糖を入れたカップを目の前に置く。『ありがとうございます』と頭を下げて、城ケ崎さんはカップを両手で持って口元に運ぶ。なにその飲み方、可愛いんですけど。
「……ありがとうございます。美味しいです」
「インスタントだよ、それ?」
「大町さんが淹れて下さった、と云うのが大きいですね。それに朝食も美味しかったですので、相乗効果で美味しくなるのですよ」
「そりゃどうも」
有り難い事を言ってくれる。つい、嬉しくなってしまうが……まあ、それはともかく。
「それで?」
「はい?」
「いや、『はい?』じゃなくて。城ケ崎さん、いつ家に帰るの?」
「そんな追い出さなくても宜しいでは無いですか」
「いや、別に追い出している訳では無いんだけど……」
でもさ?
「流石に、華の女子高生が男子高生の家に泊まるってどうなの? 正直、この一晩だけでも結構問題だと思うんだけど……」
正直事案である。
「勿論、間違いを起こすつもりはないけど……でも、僕だって健康な男子高校生だし? 何があるのか分かんないよ? そうなった時に傷つくのは城ケ崎さんだよ?」
……まあ、僕だって社会的に大ダメージだけど。そんな僕の言葉に、城ケ崎さんはにっこり微笑んで。
「……お優しいですね、大町さんは。『迷惑だ、帰れ!』と言ってもおかしく無いのに私の心配をして下さるのですもの。そんな優しい大町さんが、私に酷い事をするとはとても思えないのですが?」
「……」
いや……まあ、正直ね? 城ケ崎さんみたいな美人な人が家に居るってのは結構、その、『良い』って思うんだよ。元々憧れだってあったし。でもさ?
「もし間違いが無くても……変な噂が立っても困るじゃん」
火のない所に煙は立たぬじゃないけど。スモモの木の下で帽子直してりゃ、そりゃ疑われるよ。
「……外堀……埋める……」
「……外堀?」
「いえ、なんでもありません」
そう? ま、良いや。
「……そもそもさ? 城ケ崎さんって結構なお嬢様でしょ? そんなお嬢様が家出なんてしたら、大騒ぎになるんじゃないの? 大丈夫なの、その辺?」
捜索願とか出て無い? 自分の事だけ心配する様でアレだが、誘拐犯とかに間違われてたら、目も当てられないんだけど……
「大丈夫です、大町さん。その辺りは心得ています。親友の美香がアリバイ工作をしてくれることになっているのです」
「……アリバイ工作?」
……っていうか、親友の美香さんって『神待ち』とか言ってた人だよね? 大丈夫なのか、その人。
「はい。美香が言うには『良いよ~。それじゃ、私の家に居る事にしてあげるから』と。美香とは幼少の頃からの友人、俗に言う幼馴染ですので、父の信頼も厚いです」
「……折角信頼の厚い人なら、その信頼を裏切るような行為はどうかと思うけど……」
「美香も今回は少しばかり憤ってましたから。『ダメだね~、おじ様』と言っておりましたので。私の味方です!」
まあ、お互いが良いなら良いけど……っていうか。
「その、美香さん? だったっけ? アリバイ工作って言ってたけど、出来るの? 家に泊まっている事にするんだったら、親御さんとかにも……嘘? 騙して貰う? そういう事してもらわないといけない気がするんだけど」
その美香さん本人はともかく、親御さんまで乗ってくれるんだろうか? 小さい頃からの友人なら、普通は親同士も繋がっている気がするんだけど……
「その辺りは抜かり有りませんよ、大町さん。美香は一人暮らしですので、親御さんにまで話が行くことはありませんから!」
そう言ってふんすと胸を張る城ケ崎さん。女性を象徴する……その、まあ、立派な双丘の主張が半端な――
「……うん?」
――あれ?
「? どうしました、大町さん?」
いや、どうしましたって……
「……その、美香さんが一人暮らしならさ? 最初っから、その美香さんの家に泊まればよかったんじゃないの?」
……おお。今の城ケ崎さん、『やってもうた!!』を地で行く顔をしている。
「そ、それは……そ、その……コホン! まあ、良いではありませんか、その辺りは!」
「いや、全然良くない気がするけど……」
「こ、細かい事を言う殿方は魅力が落ちます! こ、此処はでーんっと構えてですね!!」
珍しい。いつも冷静沈着、微笑を絶やさない城ケ崎さんが慌てふためいて手をわちゃわちゃと振っている。
「……まあ、じゃあそれは良いよ」
どっちにしろ一晩泊まって行ってしまってるんだし、今更追及しても仕方ない。
「でも、それなら今日からはその美香さんの家に泊まればよくない? 昨日は昨日で仕方無かったけど……」
「……」
「……城ケ崎さん?」
「……さっきから美香の事を名前で呼んでいますけど、大町さんは美香の事をご存じなのですか?」
「いや、知らないけど……」
「じゃあ、なんで名前で呼んでいるんですか! ずるいです!」
「いや……だって名字知らないし」
っていうか、ずるいって。なんだよ、ずるいって。
「田中です! 田中美香! 二年三組の!」
「……ああ」
誰かと思えば、田中さんの事か――って、田中さん?
「田中さんって……あの田中さん? 金髪のギャルっぽい?」
「そうですけど!」
「……」
マジか。あの、ザ・ギャルって感じの田中さんとザ・清楚系お嬢様の城ケ崎さんが小さい頃から仲良しなの? 正直、全然キャラが合わないと思うけど……そんな僕の視線に気付いたのか、少しだけ気まずそうに城ケ崎さんが視線を逸らした。
「……今でこそあのような恰好ですが、美香も昔は清楚な恰好をしていましたよ? 美香の御実家は厳しい家ですので……その、反動で。一人暮らしも、それでしているので……」
「……なるほど」
「だから、私のこの『家出』にも付き合ってくれると言いましょうか」
「……あー……なんか納得行ったかも」
普通なら付き合わないしね、こんな事。なるほど、自分も経験者だからか。
「……うーん……」
にしても……流石にこれはどうだろうか? 女子高生一人、家に泊めるって。
「……分かりました」
「へ? あ、納得いってくれた? 帰る?」
「帰りません! なんでそんなに直ぐに帰そうとするんですか!!」
「いや……だって、ねえ?」
「だってじゃありません! まあ、確かに……私が此処に居る事で大町さんに迷惑を掛けているのは分かります」
「迷惑って云うか……心配なだけだけど」
「迷惑でないと仰るなら! 私が一緒に居る事で大町さんにメリットがある事を提示します!」
「……メリット?」
「ええ!」
そう言って、城ケ崎さんはにっこりと微笑んで。
「――私とゲームをしましょう、大町さん。それで私が勝ったら……私をこの家に泊めて下さい」