第四話 美少女の涙には価値がある。涙にはね?
「それで……どうでしょう? 泊めては頂けないでしょうか?」
城ケ崎さんの『大好き』――動画がね! 動画が大好き発言に一瞬、『はい! 喜んで!』と答えそうになる僕。まあ、それはそうだろう。元々、学年のアイドルである城ケ崎さんから『お家に泊めて?』発言だ。そりゃ、僕だって健康な男子高校生、二つ返事で頷きたくなる。頷きたくなるが。
「……いや、ダメでしょ」
……出るものなら血涙を流したいところだけど、ぐっと我慢。もしかしたらこんなむさ苦しい1DKの部屋に城ケ崎さんを泊めるチャンスなんて……もしかしなくても二度と無いだろうけど、流石にそれは許容出来ない。
「……本当に?」
「……本当に」
「絶対、ダメですか?」
「……絶対、ダメです」
っていうか。
「……そもそも城ケ崎さん、僕の事、動画でしか知らないんだよね? それならさ? ちょっと危険だな~とか思わないの? 僕は男だし、城ケ崎さんは……その、女の子でしょ? 万が一があったらどうするのさ?」
「むしろどんと来いです」
「はい?」
なんか変な単語が聞こえた気がするんだけど。驚いて城ケ崎さんを見ると、いつも通りの綺麗な微笑みを湛えている。気のせい?
「いえ、なんでもありません。それより……なにかするんですか?」
「いや、何もしないけど! でも、その……もうちょっと危機意識というか……そういうの、持った方が良いんじゃない?」
老婆心だけど。なんというか、城ケ崎さんって生粋のお嬢様だし、人に騙されたりとかした事無さそうな感じがするんだよね。人の良い面を見られるのは良い事だと思うけど……流石に、初対面の人間を無邪気に信じるのもどうかと思うんだよ、うん。
「……考え違いなされているかも知れませんが、私だって危機意識が皆無な訳ではないですよ? 危機意識が皆無なら、先程のナンパに付いて行ってますし」
「いや……まあ、そう言われればそうかも知れないけど……でもだったら、僕の家だってもうちょっと危機意識を持とうよ」
「大町さんは私が嫌がる事、為さるのですか?」
「いや、するつもりは無いけど」
「すれば良いのに」
「はい?」
「はい? どうかされましたか?」
あ、あれ? 聞き間違いかな? 再び首を傾げる僕に、城ケ崎さんは頬に手を当てて困った様に微笑んだ。
「……あのナンパをして来た人には付いて行かず、大町さんの家には泊まりたい……この意味を少し、考えて頂けませんか?」
「意味って……」
いや、意味って言われても……なに? そんなに人畜無害そう、僕? 首を傾げる僕に、城ケ崎さんは柔らかく微笑んで。
「――信頼しているからですよ、大町さんの事を」
「――っ」
思わず息を呑む。苦節十六年、女の子にこんな事を言われたのは恐らく初めてで動揺する僕に、城ケ崎はくるりと背を向ける。
「城ケ崎さん?」
「……ですが、大町さんの仰ることはごもっともです。急に押しかけて来て、『泊めて下さい』は、幾らお優しい大町さんにでもご迷惑になりますね」
「いや、迷惑では……」
むしろ、学校のアイドルである城ケ崎さんに此処まで信用して貰えるのは嬉しいと言えば嬉しい。
「美人局と疑われても仕方ありませんし」
「いや、そこは全く疑ってないよ」
揶揄われてる線は否めないが……でもまあ、此処まで体張って揶揄ってくるんだったら騙されても仕方無いかという感じもする。
「……仕方ありません」
そう言って城ケ崎さんは後ろを向いたまま立ち上がると顔を上に向けて――ん?
「……城ケ崎さん?」
「……このまま此処に居たらきっと、ご迷惑になるでしょう。かといって家に帰る事は出来ませんし……仕方ありません、あのナンパの方の様な人も現れるでしょうし、もう一度ジローソンに赴きます」
「……」
「……大変、ご迷惑をお掛けしました」
そう言って振り返った城ケ崎さんの瞳には涙が。
「…………城ケ崎さん、目薬、見えてる」
うん、涙じゃないね、アレ。目薬だ。っていうか、流石にベタベタ過ぎませんかね?
「むぅ……バレましたか」
「……あれでバレないと思ったの、むしろ?」
衝撃を覚える。あれ? もしかして僕、馬鹿にされてる?
「『茉莉ぐらい可愛い子が涙を流したら男なんて『いちころ』だよ』と、親友の美香が言っておりましたので。効果があるかと思ったのですが……」
「いや、涙じゃないじゃん」
なんとなく、アホらしくなって僕は手元のコップに入った麦茶に手を伸ばす。そんな僕の呆れ切った表情に、城ケ崎がむっとした表情を浮かべて。
「ですが! 行き場が無いのは事実です!! このままでは私、『神待ち』をしなければいけません!!」
「ぶほぉ!?」
ゲホゲホ!? か、神待ち!?
「どこで覚えたんだよ、そんな言葉!?」
「親友の美香が言っていました! 『茉莉ぐらい美人なら、神待ちしたらすぐにカミサマ、現れるよ~』って!」
「それ、本当に親友!?」
大丈夫かよ、城ケ崎さんの友達事情。なんか逆に心配になって来たぞ、おい。
「美香はいい子ですよ? そんな事より!」
そう言って、城ケ崎さんはぐいっと一歩、僕に距離を詰めて。
「――どうかお願いします、大町さん。私を……泊めて?」
美少女って、ずるい。
「……取り敢えず、一晩だけ、なら」
……涙目上目遣いであんなの言われたら、頷くしかないじゃん! ま、まあ? これはアレだよ! 緊急避難的なヤツだよ! だって城ケ崎さんに神待ちなんて、させれないし。保護だよ、保護。
「本当ですか!! ありがとうございます、大町さん!!」
嬉しそうに微笑む城ケ崎さんを前に、僕は心の中で誰にするでもない言い訳をしながらこっそりとため息を吐いた。




