第三話 城ケ崎さんは百貫デブ(の動画)がお好き
「ええっと……粗茶ですが」
「ありがとうございます、大町さん」
いつも撮影で使っているテーブルの上にお茶を置く。普通のガラスコップにそそがれた唯の麦茶な筈なのだが、城ケ崎さんが持つとなんだかそれですら神秘的なモノに見えてしまう。美人って凄い。
「……ええっと……それで? 城ケ崎さんはその……なんで、家出なんかしたんですか?」
「敬語じゃなくて良いですよ? 同い年ですし」
「城ケ崎さんも敬語じゃないです――敬語だけど?」
「私のは癖の様なものですので」
さよけ。
「……なんで家出なんてしたの? お父さん、心配しているんじゃないの?」
僕の言葉に城ケ崎さんは困った様に眉根を寄せた後、小さくため息を吐いた。
「……ええ、そうですね。きっと心配しているでしょう。スマホにもこんなに連絡が入っていますし」
そう言って城ケ崎さんが見せてくれたスマホの着信履歴には……おお。『お父様』ってガチで使う人、居るんだ。流石城ケ崎さんというべきか、なんというか……っていうか。
「……凄い数が入ってるんだけど」
「はい。いい気味です」
「いや、いい気味って……っていうか、喧嘩の原因ってなんなの?」
これは聞いても良いのかな? と思いながら、それでも話を振ってみる。と、城ケ崎さんは少しだけ恥ずかしそうに頬を赤らめた。なにそれ、可愛い。
「……その……実は私、将来の夢がありまして」
「夢?」
「はい。私の父はいつも忙しい人ですが、今日はたまたま、時間が空いていたらしく……丁度学校の帰りに父の車で迎えに来て貰ったんです」
「……黒塗りのハイヤーが校門の前に止まってたけど、あれ、もしかして城ケ崎さんの家の車?」
「そうです」
校門前、騒然としてたもんね。流石、城ケ崎さんというべきか。
「……そこで、父と進路の話になったのです。私は将来的に城ケ崎家を継ぐ人間、父としては……」
「……港を照らす大学にでも進学希望?」
「……もしくは、上流階級の方々の通う私立の女子大ですね」
「……」
「……それが悪いとは申し上げませんが……私の夢とは少し」
「……ちなみに城ケ崎さんの夢ってなにか、聞いても良い感じ?」
「はい」
そう言って城ケ崎さんはにっこりと微笑んで。
「――管理栄養士になりたいんです、私。ですので、大学はそちらの関係に進みたいのです」
「……」
「……変、ですかね?」
「いや……変じゃないけど……」
なんだろう? 物凄く違和感がある。だって城ケ崎さん、完全無欠のお嬢様だし。どっちかって言うと作るより作って貰う方な気がする。僕がそう言うと、城ケ崎さんは困った様に笑って見せた。
「……父も同じことを言っていました。『城ケ崎の娘たるもの、人に作る立場ではなく作って貰う立場だ。その様な下女の真似事、許さん』って」
「……下女って」
どうなんだろうね、その言い方も。
「……我が家には使用人もいます。厳しい所もありますが、父は使用人にも分け隔てなく接していたと……私はそう思っていたのに、そんな事を言う父に腹が立ってしまって……」
「……なるほど」
「勿論、夢を否定された、と云うのもありますが、一番腹に据えかねたのはその父の言い方です。信じていた分、裏切られた感じがしたと言いましょうか」
「……」
まあ、気持ちは分かるけど。
「……それで、行く当ても無いんでたまたま通りかかった僕の家に来た、と」
……あれ? これって結構面倒くさい感じじゃない? だって城ケ崎さんちの親子喧嘩に巻き込まれた感じでしょ? それって――
「ああ、違います」
「……違う?」
「はい。『たまたま』通りかかった訳ではありません。あそこに居れば、大町さんに逢えると思っていましたので」
「……僕?」
きょとんとする僕に大町さんはスマホをフリックし、ある画面を見せてくれる。その画面は、僕が見慣れた画面で……って、これ。
「……僕のチャンネル?」
画面上にはWeTubeの僕のチャンネルの画面が映し出されていた。あ、チャンネル登録もしてくれてる!
「はい。あのロースンに……『ジロースン』に居れば、大町さんに逢えると思っていましたので。ファンなんです、私。『たかあきず・いーてぃんぐ』の。メインチャンネルは勿論、サブチャンネルの『たかあきず・きっちん』も登録してます」
「……それはどうも」
まさかの百貫デブガチ勢だった。いや、嬉しいんだけどさ! マジで? って気持ちが半端ない。
「元々、お料理は好きだったので料理系のウィーチューバ―の方の動画はよく見ていたんです。大町さんの動画はそこのお勧めに出て来たのですが……初めて動画を見て、一度でファンになりました」
「それは、その……ありがとう。でも……なんで? ぶっちゃけ、僕の動画ってそんな大した企画も無いし、言い方に気を付けなければ『デブが唯、美味そうに飯を食っている』だけの動画なんだけど……」
ファンになる要素、あんまり無い気がする。
「それです」
「……どれ? デブ?」
「体格の良い方、ではなく……美味しそうにお食事をされている姿ですね。他の、いわゆる『大食い系』と言われる方の動画も拝見しましたが……なんでしょう? 皆さん、最後は少しだけ苦しそうに食事をされていますので」
「それ、大食い系じゃない人のチャレンジ動画じゃない?」
「そうかもしれませんが……ですが、大食い系の方も最初はともかく、途中からは作業として食べている様に見受けられるんですね」
「……」
まあ……確かに。再生数稼ごうとすれば必然的にそうなるかも知れないけど……
「先ほど申した通り、私の夢は管理栄養士です。栄養管理が仕事になりますが……それでも折角作った料理を、苦しそうに、或いは義務的に食べられてしまうのは……その、少し。やはり、料理は楽しく、美味しく召し上がって頂きたいので」
「……それは分かる気がする」
「はい。ですので、大町さんの動画は見ていて楽しいのです。私」
――好きですよ、と。
「大町さんの動画」
「あ、ああ! うん! 動画ね? 僕の動画ね!!」
……一瞬、『ドキッ』としたのは秘密だ。