第二十話 大町隆明の秘密
果たし状……と言うのだろうか、取り敢えず送られて来た手紙に従って校舎裏に来た僕。
「……おせーじゃねーか!」
「……掃除当番だったんで」
着いた先にいたのは見知らぬ男子が三人。茶髪、金髪、金髪という、絵に描いた様なヤンキーである。と、言っても所詮は進学校のヤンキー、例えば近場にある某工業高校のヤンキーと対峙したら道を譲るレベルだと思う。ちなみに『心配だから付いて行く』といってくれた啓介だが、まあ二人で行って逆上されても面倒なので、近場で待機して貰ってる。何かあったら加勢してくれるらしい。申し訳ないので良いんだけど……まあ、本人が『絶対に帰らない!』と言っているので、有り難く申し出を受けよう。
「……っち! まあ良い。お前、なんで呼ばれたか分かっているか?」
センターに立っていた金髪の優男が僕にメンチを切って来る。なんで呼ばれたかって……
「なんでって……なんででしょうか?」
「おめー、惚けてんじゃねーよ!! 先輩、舐めてんのか!? ああん!?」
いや、マジで分からんのだが。っていうか、先輩だったのか。良かった、一応敬語で接していて。
「……で? なんのご用件です?」
「しらばっくれんな! 城ケ崎だよ、城ケ崎! お前、今日城ケ崎に弁当貰ったらしいな!」
「貰いましたが……それが?」
「城ケ崎は俺のカノジョなんだよ! おめー、なに人のオンナに手を出してやがんだ!!」
……おう。城ケ崎さん、彼氏持ちだったのか。
「そうなんですか? 本人からは……そうですね、付き合ってる男性はいないと聞いていたんですが」
「アイツは照れ屋なんだよ!! 素直に言えねー奴なんだ!」
「むしろ素直過ぎるぐらい欲望に忠実だと思うんですが」
マジで。
「あーん!? なんか言ったか!!」
「いえ……それで? わざわざ僕を呼び出したって事は僕に用事があるんでしょ? 具体的に、僕にどうしろと?」
「城ケ崎にこれ以上近付くなって言ってんだろうが!!」
「言われて無いんですが……」
彼女だ! としか主張してないですよね、先輩。
「分かるだろうが! そもそも、人様のカノジョにコナかけてんじゃねーよ、このクソデブが!」
「……はあ」
別に僕がコナを掛けに行っている訳じゃ無いんだけど……でもまあ、此処で『うん』と言えば――
「……」
――うん、多分無理。あの欲望に忠実な城ケ崎さんが僕にこれ以上関わらないってのは無理があると思う。きっと、僕がどれだけ拒否してもグイグイ来る気がするし。
「……それはちょっと約束出来かねるんですが」
「なんだと! お前、人のカノジョにちょっかい掛けようってのか!?」
「いや、まずそこで認識の齟齬があるんですが……なんですか、人のカノジョって。貴方は……ええっと、お名前は?」
「鈴木だ!」
「鈴木先輩は本当に城ケ崎さんの彼氏なんですか? どうも、僕の聞いていた話とは違う気がするんですが」
本当に城ケ崎さんの彼氏が鈴木先輩なら当然、しかるべき謝罪と説得をして城ケ崎さんとの同居を解消しなくてはいけない。でも、そうじゃ無かったら、流石に約束破っちゃう事になる――
「――隆明さん!!」
――おお。丁度いいタイミング。
「城ケ崎さん? どうしてここに?」
「はぁはぁ……隆明さんのクラスにお邪魔したら、校舎裏に呼び出されたとお聞きしましたので……心配で……」
肩で息をしながら、そういう城ケ崎さん。走って来たのか、少しばかりしんどそうだ。
「……大丈夫?」
「そ、その……少しばかり……み、水とかお持ちでは無いですか……」
「ごめん、飲みさしのペットボトルしかない」
「そ、それは凄いお宝じゃないですかっ! ぜひ、それを!!」
「……ぶれないね、城ケ崎さん」
本当に。そんな僕たちに痺れを切らしたか、鈴木先輩が唾を飛ばしながら僕に――と言うより、城ケ崎さんに喰って掛かる。
「城ケ崎! 丁度いい、コイツに言ってやれよ! って云うかお前、俺と言う彼氏がいながら、なに勝手にこんな奴に弁当作ってるんだよ!!」
問われた城ケ崎さんは――いつになく、物凄くイヤそうな顔をして鈴木先輩を見やる。うん、その顔で一発で分かった。
「鈴木先輩……お付き合いの件ならお断りした筈ですよ。勝手に私の『彼氏』などと言わないで下さい」
「照れんなよ。あ、アレか? 俺にファンが多いから女子の嫉妬が怖いのか? 大丈夫、守ってやるからさ! 俺、こう見えても喧嘩、強いぜ?」
「……別に女子の嫉妬は怖くはありませんし、むしろ女子相手に喧嘩の強さを自慢してどうするのですか。私に嫉妬した女子を殴り飛ばすおつもりですか? というより、そもそも私、鈴木先輩の事、好きでもなんでも無いですし」
「だから、照れんなって!」
「……どうすれば伝わるのか……あ! た、隆明さん! わ、私は本当に鈴木先輩とお付き合いしてなんかいませんからね! 変な誤解は止めて下さいよ!?」
焦った様にそう言う城ケ崎さんを手で制す。うん、大丈夫。そんな誤解はしないから。
「……まあ、うん。分かるよ」
どう考えても迷惑そうだし。僕の言葉に、城ケ崎さんはほっと小さく息を吐いて胸を撫で降ろした。
「……良かったです。こんな事で隆明さんに誤解されて私の冒険が終わったら悔やんでも悔やみきれませんので」
「冒険って」
「恋は冒険ですよ?」
「はいはい」
肩を竦める僕に満足そうに頷くと、城ケ崎さんは鈴木先輩に向き直り綺麗に腰を折って見せた。
「――という訳で、鈴木先輩。先日もお断りしましたが、私は貴方とお付き合い出来ません。好きな人がいますので」
「だから、照れ――」
「照れてなどいません。貴方に向ける好意は、一ミリもありませんので」
「っ!! じゃ、じゃあ、誰だよ! そのお前の好きなヤツって!!」
「それを貴方にお応えする義務はありませんが……まあ、良いです。こちらにいる、大町隆明さん。彼が私のお慕いしている方です」
「はぁ!? そんなデブが俺より良いっていうのかよ!!」
驚いた様に鈴木先輩が俺を指差す。そんな鈴木先輩に、城ケ崎さんは物凄く冷たい目を剥けて。
「……私の好きな人を馬鹿にするの、止めて貰って良いですか? 貴方では足元にも及ばない程、隆明さんは素敵な方です」
「――っ!!」
「人の体型を揶揄するような人を好きになる事などありえません。そもそも……言いたい事があるのなら、一人で来るのが筋では無いですか? それを仲間を集めて三人でなど……なにが『喧嘩が強い』ですか。仮にもそこまで大口を叩けるのであれば、正々堂々、一人で来て話をするべきでしょう。それでは弱い者イジメと変わりないでしょう?」
断罪するかの様に。
「――そんな人間性の卑しい方とお付き合いなど、絶対に無理です」
「――っ!! てめー! 女だからって容赦しねーぞ!!」
顔を真っ赤にした鈴木先輩が、逆上して城ケ崎さんに殴りかかったのが見えた。
「城ケ崎!!」
その姿を見ていた啓介の声が遠くで聞こえる。ああ、そうだ。啓介も居たんだ。城ケ崎さん、避けれるかな? なんて見ていると……腕を組んで平然と目を開いている。格好いいね、城ケ崎さん。
――仕方ない、か。
「おらーーーっ!! ――――ぐふぅ!?」
僕からは分からないけど、きっと城ケ崎さんの目からは鈴木先輩が急に消えた様に見えているだろう。
「――へ?」
遠くから、啓介の間の抜けた声が聞こえた。きっと、びっくりしてるんだろうな、うん。
「……一発ぐらい、殴られる覚悟でしたのに」
「余計なお世話だった?」
「いいえ。痛いのはイヤですし。ああ、でも!! もし、隆明さんが望むなら、痛い事でも!! 具体的には、夜のベッドのう――」
「うん、ちょっと黙ろう、城ケ崎さん」
興奮で鼻息を荒くする城ケ崎さんを制し僕は鈴木先輩を。
「……久しぶりで加減が出来なかったか。すみません、鈴木先輩」
鳩尾に入ったか、僕の『タックル』を喰らって伸びている鈴木先輩に小さく頭を下げた。そんな僕の頭上から、城ケ崎さんの声が聞こえて来た。
「――流石、錆びついてはいませんね、隆明さん!! 中学時代、『魂のタックル』と言われて、その名を全国に轟かせただけあります!!」
……やっぱり知ってたか、城ケ崎さん。




