第十八話 城ケ崎さんの新しい宝物
「お待たせしました、隆明さん。はい、今日のお昼ご飯です!」
「……うん。その……ありがとう」
進学校の括りに入る我が校、折が丘高校の校舎はカタカナの『ロ』の字の形に出来ている。中庭は日当たりの良さから、昼休みには人気の食事スポットとなっている。反面、校舎裏は日当たりの悪さ故か人通りは少なく、訪れる人も滅多にいない。『ど、どういう事だ!?』と騒ぐ啓介に頭を下げて昼食の約束を先送り、僕は城ケ崎さんと二人で此処で弁当箱を広げていた。
「今日は腕によりをかけて作りました! どうですか、このお料理!!」
「……早起きしてたと思ったらそういう事?」
「どうしても作りたかったので、お弁当。定番では無いですか?」
「……まあね」
朝食作るだけにしては随分と早起きしていたな、とは思っていたんだけど……そういう事ね。良くもまあ、このお重をあの狭い部屋に隠していたもんだ。
「別に隠していた訳ではありませんよ? 隆明さんが一緒に登校してくれていれば、直ぐに分かっていたことですし」
「……まあね」
一緒に登校してたらこのお重だ。誤魔化すのも隠すのも無理だろう。
「……重かったでしょ?」
「そうですね……決して軽くは無かったです」
……なんか申し訳ない事をしたな。それなら一緒に……ああ、でもそれは流石に難しいか。
「……明日は良いよ? 作らなくても」
「せめて、食べてから言って貰えません?」
「味に関しては朝食の実績があるんで心配はしてないけど……申し訳ないし。っていうか食材、よくあったね?」
「冷蔵庫の中で賞味期限が近いモノが幾つかあったので。それに、どちらかと言えば米飯メインではあります。お米、お好きでしょ?」
「好きだけど……」
「その……勝手に食材を使ったのは謝ります。弁償も致しますし」
「いや、弁償は良いよ」
賞味期限が近いモノ、処分……というとアレだけど、使ってくれたのなら別に問題はない。大食い系なんてやってるもんだから、食材を多めに買って、ついつい処分に困る事もあるしね。だからそれは問題無いんだけど……
「……手間でしょ?」
要はこういう事だ。絶対、手間が掛かると思うんだけど……
「手間ではありませんよ? 先ほども言いましたが、私がどうしてもお作りしたかっただけですので。憧れだったんです」
「そうかもだけど……」
「なので、ご迷惑でなければこれからもお作りさせて頂けたら嬉しいです」
「……」
いや、まあ……有り難い話だけどさ。
「……分かった。それじゃ、無理のない範囲でお願いします」
「はい!」
「あと……こう、やっぱり教室に持ってきてって云うのは……」
「……ご迷惑でしたか?」
迷惑って云うか……
「人目が物凄く気になる」
片や、百貫デブ。片や、学校のアイドル。スクールカースト的には天と地ほどの差、あまり悪目立ちするのは……その、ね?
「……それに関しては申し訳ありません。今後はしない様に……そうですね、朝、家を出るときにお渡ししますので」
「今更手遅れかもしれないけど……うん、そうして」
「……」
「城ケ崎さん?」
「……怒りますか?」
「……怒る事、言うつもり?」
「どうかは分かりませんが……あまり、いい気分はされないかも知れません」
……ふむ。
「……分かった。怒らない」
「ありがとうございます。その……正直に申しますと、きっと、悪目立ちするだろう事は想像が付きましたし……それが、隆明さんにとってご迷惑だという事も分かっていました」
「……」
「ですが……昨日も申しました通り、私は隆明さんをお慕いしております」
「……うん、分かってる。その……ありがとう」
「もし、隆明さんの目が他の女子に向いたら、その女子を闇から闇に葬り去りたい程に」
「……うん、分からない。そして、ありがたくない」
怖いんですけど!
「流石に冗談です。冗談ですが……きっと、私は嫉妬に塗れるでしょうし、そんな私の姿を隆明さんに気に入って貰えるとは到底思えません。私はそれが怖かった」
ですから、と。
「――この人は私の想い人だ、と周りに宣言させて貰いました。少なくとも、弁当を作る仲ではあるぞ、と」
「……」
「……ご迷惑なのは分かっていましたが……その、すみません。止まりませんでした」
そう言って『しゅん』と俯く城ケ崎さん。あー……
「……怒れないね、それ」
「……本当ですか?」
「まあ……僕は基本的に目立ちたくないし、そういう意味では朝は凄く目立ったから……怒っても良いかもしれないけど……」
……此処まで想ってくれての行動なら基本、怒れないでしょ?
「……まあ、今後は気を付けるって事でお願い。目立つのも……それに、量も」
「……多すぎましたか?」
「早死にさせたい?」
「だ、ダメです! そ、その……きょ、今日は初日という事で張り切りましたが……そうですね、私が行った事ですしね。すみません……」
「ううん。嬉しいのは本当だから」
そう言ってもう一度『ありがとう』と城ケ崎さんにお礼を言って僕は有り難くお弁当を頂戴しようと箸に手を付けかけて。
「――ああ、そうだ。これ、渡して無かったね」
そう言って僕は城ケ崎さんへポケットから取り出した一つのカギを手渡す。
「ほえ? なんの鍵です?」
「家の鍵」
「い、家の鍵!?」
「今日は僕が先に出たから僕の鍵で家に鍵かけて貰ったでしょ? でもさ? 城ケ崎さんも合鍵持っていた方が良いんじゃない?」
城ケ崎さんが来るまでの間、何に時間が掛かったってこれに一番時間が掛かった。大家さんの許可と、鍵屋さんで合鍵作って貰うの、結構時間掛かるんだね。
「……よ、よろしいので?」
「うん。城ケ崎さんも合鍵、持ってないと困るでしょ?」
いつでも……というか、目立たない事を考えると一緒に下校は避けたい。そうなると畢竟、合鍵は必要でしょう。そう思って手渡した鍵を、城ケ崎さんは少しだけ震える手で受け取り。
「――嬉しいです。一生の宝物に、します」
そう言って、少しだけ涙ぐんで鍵を胸元に抱きしめる城ケ崎さんに、僕は笑顔を浮かべて。
「……家出やめる時には返してね?」
「なんでですか! 家出を止めてもこの鍵は返しません! 隆明さんの家への永久フリーパスチケットですよ!!」
これは私のだ! と主張するよう、鍵をぎゅっと抱きしめる城ケ崎さんに、僕は小さくため息を吐いた。




