第十七話 啓介くんはとってもいいヤツなのに、城ケ崎さんは結構小悪魔。
「……はぁ……」
「お? 隆明、どうした? 朝から疲れた顔して」
学校に付いて窓際、後ろから二番目の席に腰を降ろすと同時、目の前の席に座っていた男子が椅子を反転させてこちらに視線を向けて来た。高校入学と同時に友人になった江藤啓介だ。僕の事を『隆明』と呼ぶ、数少ない友人である。僕のあだ名、『百貫』だしね。この江藤啓介という名字から分かる通り、江藤の『え』と大町の『お』で高校一年生の時に出席番号が前後した関係で仲良くなった。そんな啓介を一言で称するならば……
「……月曜日にその笑顔は眩しい、啓介」
「お? ホレるなよ?」
『男性版、城ケ崎さん』と言った所か。明るい茶髪のイケメンで、スポーツも出来て、性格も良い。城ケ崎さん程のぶっちぎりのお金持ちでは無いが、家は病院経営をしているので世間一般では充分なお金持ち。まるで漫画やライトノベル辺りから抜け出て来た主人公……のライバルキャラみたいなヤツで、正直、スクールカースト的には僕とは絶対仲良くなるタイプでは無い筈なんだが……『え? 隆明、一人暮らしなの? 今度遊びに行かせてくれよ!』と遊びに来て『うめぇー! お前が作る飯、美味いな!!』とたまに餌付け……じゃなくてご飯を作っていると、なんだか懐かれてしまった。ちなみに、金髪の田中さんがいる事で大体分かると思うが、ウチの学校に頭髪に関する校則は無かったりする。別に茶色でも黄色でも赤でも青でも好きにして、という感じだ。
「……月曜でしょ? そりゃ、疲れるよ」
「そっか? 何時もの月曜日より疲れている気がするけど……」
「……」
……朝食後、僕と城ケ崎さんの間でひと悶着あった。ひと悶着って何かって? 『折角同棲しているのです! やはり、登下校は一緒にしましょう!』と主張する城ケ崎さんを説き伏せるのに苦労したからだ。いや、普通に考えてさ? 僕と城ケ崎さんが一緒に登校したら騒ぎになるじゃん? 城ケ崎さん、学校のアイドルだし。
「……なんでもないよ」
が、まあそんな事を啓介に言う訳には行かない。なんでもない風に苦笑を浮かべて、僕は鞄から教科書を取り出す。一時間目は数学だ。
「まあ、お前がそう言うなら深くは追及しないけど。それより……」
そう言ってニヤリと笑う啓介。なにさ?
「……可愛い子だったな、『まつりん』。なにあの子? お前の彼女?」
「……観た?」
「チャンネル登録してるのは知ってるだろ? ぶっちゃけ、びっくりしたぞ? あの隆明にこんな可愛い彼女が居たなんて! って。なんで俺に教えてくれなかったんだよ? 親友だろ、俺ら」
「何時から親友なのかは分かんないけど……そんなんじゃないよ。たまたまゲスト出演してくれただけ」
「……」
「……なに?」
「いや……たまたまゲスト出演してくれた子の表情じゃねーだろ、ありゃ。完全に隆明の事好きだろ、あの子」
「……」
す、するどい。するどいでござるよ、啓介氏。
「……違うよ。あれはああいうキャラ設定で行こうって決めただけだよ」
「……」
「……だから、なに?」
「いや……あの表情を演技で出来るんだったらスゲーなって。女優の卵か何かか、あの子?」
「そうじゃないけど……なんというか……」
どう説明したら良いんだろう? そう思い悩む僕に、啓介は苦笑を浮かべてポンっと肩を叩いた。
「……なんかワケありっぽいな。それじゃまあ、この話は此処でおしまいにしておこう」
「……イケメンだよね、啓介って」
「お前、結構隠すだろ? 親友的にはちょっと残念だけど……まあ、話したくなったら話してくれると嬉しい」
「……ありがとう」
コイツのこういう所は非常にありがたい。僕だって人間十七年目、突っ込んで欲しくない事も結構あるし。
「なんで彼女出来ないだろうね、啓介」
「あんまり興味無いからな。彼氏彼女で縛られるよりは、お前んちでゲームでもしてる方が楽しい」
「……僕、そういう趣味は無いよ?」
「心配するな。俺もだ」
「っていうか、啓介ってアウトドア派の癖にゲーム好きだよね?」
「アウトドア派でもゲームは好きだぞ? ウチは厳しいからな。ゲームなんて買って貰った事もないし、息抜きでお前の家でゲームさせて貰えるのはすげー助かる」
「なんか小学生の友達の家に行く理論みたい」
「言い得て妙だな。だから、お前の家に行くのは単純にゲームをしに行くだけだ。お前には興味ないから、安心しろ」
「ゲーム機だけの関係?」
「冗談だよ」
そう言ってニカっと笑った後、啓介は少しだけ面倒くさそうに表情を歪める。どうした?
「どうしたの?」
「いや……アウトドア派で思い出した。今日の体育、1500m走だろ?」
「あー……そうだっけ?」
「そうだよ。面倒くさいなと思ってな」
「でも啓介、持久走早くない?」
「早く走れるのと好きなのは別なの。しんどいだけだし……本職には申し訳ないけど、走るだけはつまんないの。サッカーとかなら走るのは苦じゃねーのに」
言ってる事は分からんでもない。分からんでもないが。
「僕は結構好きだけどね、持久走」
「……だよな。お前、その体型からは考えられないぐらい長距離得意だもんな?」
「サッカーとかバスケとかって技術が要るじゃん? 持久走は走るだけだからね。根性だよ、根性」
無論、持久走にも技術がいるのだろうが、こと、高校の持久走にはそんなもの必要ない。ただ走れば良いだけの持久走は僕にとっては得意種目だ。
「……意外にスペック高いよな、お前。短距離だって早くはねーけど、遅くはねーし」
「動けるデブを目指してますから」
「目指してるのか?」
「全然」
まあ、運動できないデブってそれだけでイジメの対象にもなるしね。この学校は進学校だからそこまでバカなヤツはいないと思うけど……備えあれば憂いなし、だ。
「ま、ともかく二時間目乗り切るかな~。隆明、昼飯どうする?」
「今日は学食かな~?」
「お! 良いね。それじゃ――」
「――あ、居ました! 隆明さーん!」
喋りかけた啓介の口が止まり、視線が教室の入り口に固定される。聞きなれた――金曜日から聞きなれたその声に、僕も啓介の視線を追う様に教室の入り口に目をやって。
「――今日のお昼ご飯、一緒に食べませんか? お弁当、お作り致しましたので!」
まるでお重にでも入っているかのような、ドでかい包みを持った城ケ崎さんが満面の……それでいて、含み笑いにも似た笑みを浮かべて立っていた。




