第一話 百貫デブとジロースン
学校帰りにある大手コンビニチェーン、ロースン。僕の通う折が丘高校の最寄りのこのロースンは『海津市次郎丸』という場所にあるため、通称『ジロースン』なんて呼ばれていたりする。そして、そのジロースンの常連たる僕、大町隆明は今日も今日とてジロースンに足を踏み入れる。
「いらっしゃ――っ!!」
笑顔の可愛い、愛想の良い店員さんの声が、僕の姿を見た瞬間に止まる。額に小さな汗を滲ませながら、それでも僕を見てニヤリと笑ったのが見えた。
「……いらっしゃいませ」
再びそう声を掛けて来る店員さんの前まですたすたと歩く。そう、『スタスタ』と、だ。店内を物色する事無く店員さんの前に辿り着いた僕に、それでも店員さんは訝し気な顔を浮かべる事もなくにこやかな笑みを浮かべる。
「いらっしゃいませ!」
少しだけ汗が滲んだ店員さんの額に置いていた視点をその左横にずらす。そこにあるのは、見慣れた、愛しきホットスナックコーナー。
「……何になさいますか?」
少しだけ、『上から』のその言い方に別段カチンと来る事もなく、俺はにこやかに笑みを返す。ふむ……なるほど、貯蓄は充分といった所か。
「――『からあげさん』、全種類……全部下さい」
――だが、甘い。これぐらいの量でこの僕の食欲を止められると思うな!
「っぐ!! ま、またしても……毎回毎回全部買い占められるとは……」
「ああ、そうだ。このBチキも全部貰って良いですか?」
「な、なんだって!? この上でBチキまで……」
驚愕の表情を浮かべる店員さんに僕はニヤリと頬を上げて。
「……ふ……ジロースンよ。からあげの貯蔵は充分かっ……!」
「あ、そういうの良いんで」
「酷い!? 折角僕、乗ったのに!」
「はいはい。いつもありがとね、隆明君。まあウチとしては有り難いけどさ? あんまり食べ過ぎは良くないよ? 健康に悪いし」
そう言って手早くからあげさんを袋に入れていく店員さん――オーナーの娘であり、私立天英館高校に通うえくぼの可愛い女子高生、中川結衣さんに小さくため息。
「まあ、あんまり揚げ物ばっかり食べてると良くないって云うのは分かるんですけど……これも仕事の一環なんで」
「ああ、あれ? まあ、理解はするけど……にしても、全部が全部その為でも無いんでしょ? 隆明君の趣味じゃないの?」
「……趣味と実益を兼ねているって事で、一つ」
「はいはい。お会計、七千五百円です」
「一万円で」
「はーい。いつもありがとうね~」
おつりと商品を受け取って僕は店内を出る。袋から香るからあげさんのいい匂いに、思わず手を付けそうになるも……我慢、我慢。
「……って、あれ?」
僕が袋の中のからあげさんに想いを馳せていると、車輪止めに座って空を見上げる美少女が目に入った。って、あれは……
「……城ケ崎さん?」
僕の通う折が丘高校は公立のそこそこ進学校。城ケ崎茉莉さんはその中でも眉目秀麗、成績優秀、運動神経抜群で何処かのお嬢様という学校のアイドルだ。ファンクラブまであるとか、ないとか。かくいうこの僕も、密かに城ケ崎さんに憧れていたりする。するのだが……
「……ま、いっか」
城ケ崎さんと僕じゃ全然釣り合わない。そんな事を思いながら、僕は自身の体に目を落とす。具体的には、このぽっこりと出たお腹を。
「――百貫デブには高嶺の花どころの話じゃないよね」
大町隆明、高校二年生。あだ名は――
――『百貫デブ』、だ。