第十話 襲来! 田中さん。
田中さんが僕の家に来たのは、城ケ崎さんから電話を交代してからおよそ三十分後の事。メッセージアプリで送った僕の家の地図に迷う事なく、田中さんはゴロゴロとキャリーバックを引いてやって来たのだった。
「はろはろ~、たかぴー。初めまして~、だよね?」
「……こんにちは、田中さん。よくぞお越し下さいました」
「そんなかたっ苦しい挨拶、止めてよ~。私とたかぴーの仲じゃん。美香って呼んでくれて良いから」
「……少なくとも、美香って名前呼びをする程の仲では無かったと思いますが……」
「んじゃこれから交友を深めていこー。どうせちょくちょくお邪魔する事になると思うし」
失礼するね、と僕の側を通り抜けて室内に入る田中さん。『美香って呼んで』と言われても田中さんで通すよ、僕は。
「美香! 失礼でしょ、いきなり名前呼びなんて! す、すみません、大町さん。美香も悪気は無いので……よ、良く言って聞かせます」
「ああ、良いよ。そんなに気を使わないで」
びっくりはしたけど……まあ、陽キャ特有の距離に詰め方だと思えば、然程びっくりはしない。クラスにもいるしね、こういうキャラの詰め方してくる人。その人に比べれば田中さんの方は悪意が無いだけ随分と助かる。あの人たち基本、僕の事『デブ』呼ばわりだし。
「良い人だね~、たかぴー。こりゃ、茉莉がお泊りしたい気持ちもわかるかも」
「美香!」
「はいはい。それじゃまあ、失礼して……ちょっと広い場所、ある?」
「1DKだし、然程広い場所は無いんだけど……僕の部屋で良い?」
「お! 初対面の女の子を部屋に連れ込むなんてやるね、たかぴー!」
「……玄関先でお帰り願っても良いかな、城ケ崎さん?」
「じょーだん、じょーだん。それじゃちょっと部屋、お邪魔します~」
そう言ってキャリーバックを抱えて僕の部屋に突入する田中さん。そんな田中さんにため息を吐きつつ、僕もその後に続いて。
「……どうしたの、城ケ崎さん?」
僕の袖を掴む城ケ崎さんと目があった。ええっと……なに?
「……なんでそんなに美香と仲良しなんですか?」
「……何処が?」
「だ、だって! 玄関先でお帰り願うとか、そんな冗談言う人でしたか、大町さん! そ、それに……た、たかぴーって」
「……いや……まあ」
あっちが冗談で来たならこっちも冗談で返したってだけなんですが……陽キャではないが、別にコミュ障って訳でもないし、悪意が無ければそりゃ普通に返すけど。
「……ズルいです」
「……なにが?」
「なんでもです! ともかく、行きましょう!」
つんっとそっぽを向いて先ほどの田中さんよろしく、僕の横を通り抜けて部屋に向かう城ケ崎さん。そんな城ケ崎さんに首を捻りつつ、僕も城ケ崎さんのあとに続いて自室に入って。
「――どう、たかぴー! これなんてどうかな!」
そこで、満面の笑顔を浮かべて『ボンデージ』を差し出す田中さんの姿があった。ちょ、た、田中さん!?
「な、なにしてるの、美香!! そ、そんなえ……え、えっちな服! 早く仕舞って下さい!! 不潔です!!」
「なにって……だってさ~、茉莉? ウィッグとカラコンだけじゃ直ぐバレるよ? それならこれぐらい過激な方が一周回ってバレにくいって!」
「ば、バレにくいって……そ、そういう問題ではありません!! こ、こんなの……ち、痴女じゃないですか! 恥ずかしくて着れません!!」
顔を真っ赤にして田中さんを睨む城ケ崎さん。と、そんな城ケ崎さんの耳元に田中さんが口を寄せた。ごにょごにょと内緒話、やがて城ケ崎さんの目が大きく開かれ、窺うように僕の目を見つめてくる。えっと……なに?
「……お、大町さんも……その、この様な格好……お、お好きですか?」
「……」
なにその地雷。そりゃさ? 僕だって嫌いじゃないよ? 嫌いじゃないけど、『うん、好きです!』と答えられる訳ないじゃん。っていうか、田中さん。隣でニヤニヤしないの。
「……ノーコメントで」
僕の言葉に城ケ崎さんの目が大きく見開かれる。な、なに? 今度はなんなの?
「……す、すごい」
「……なにが?」
首を捻る僕。そんな僕の目の前で、ニコニコ笑ったまま、田中さんが城ケ崎さんの肩にポンと手を置いた。
「ほらね、茉莉! 言った通りでしょ? たかぴーは『ノーコメント』って言うって!」
……マジか。読まれてるの、僕の言動?
「ボンデージの嫌いな男子なんて居ないって! それに茉莉ぐらい無駄に乳に栄養が行ってる女の子が着るボンデージなんてそこらの男子高校生なら一発だから!」
「む、無駄とはなんですか、無駄とは!」
「無駄だよ。胸なんて唯の脂肪の塊だもん。年取ってから垂れれば良いのに」
「な! ひ、酷い事を言わないで下さい! 自分が無いからって、人の不幸を願うのはどうかと思いますが!」
「かっちーん! 言っても良い事と悪い事、あるからね! それに胸は大きさじゃないの! 形なの、形!」
「わ、私は形だって良いですもん!」
「なにを!」
「なんですか!」
「……僕のいない所でやってくれない、その会話」
……なにこれ。なんで僕、こんな罰ゲーム受けてるの?
「こうなったらたかぴーに決めて貰おう! さあ、たかぴー! どっち!!」
「わ、私ですよね!? 私の方が大町さん好みの胸、していますよね!!」
「……お願いだから僕の話、聞いてくれない? まさかの巻き込まれ事故なんだけど?」
全く話が進まない。そう思いながら――視線の先にあるボンデージだけは、血涙を流しても回避しようと心に決め、僕は小さくため息を吐いた。




