第九話 城ケ崎さんの幼馴染がぐいぐい来るんですけど?
「ふーん。これが動画投稿かぁ~。いいね、いいね~。これで私も『うぃーちゅーばー』になるのか~」
「……いや、出演しないとWeTuberとは中々言えないんじゃないかな? まあ、WeTubeに関わってる人、なのかも知れないけど……」
先ほど取った動画を編集している僕の後ろから画面を覗き込む彼女――城ケ崎さんの親友で幼馴染の田中美香さん。サイドテールに結った金髪で、目鼻立ちのしっかりとした……まあ、美少女だ。そんな美少女が殆どゼロ距離で接近している事に若干どきどきしながら――でもドキドキしているのがバレたらちょっとどころじゃなく恥ずかしいので務めて冷静さを失わない様にする僕。
「なるほど~。奥が深いね、動画投稿。それで? これでどれくらい再生数が稼げたら茉莉はたかぴーの家に置いて貰えるの?」
「置いて貰えるって……まあ、表現はともかく、そうだね……三万再生くらいかな?」
昨日公開した動画は、城ケ崎さんと動画を取った『たかあきず・きっちん』を取る前で概ね二万八千再生ぐらいだし。
「ふーん。でもまあ、行くんじゃないかな?」
そう言って田中さんは画面を指差し。
「――このメイド姿の茉莉、滅茶苦茶可愛くない?」
「……」
うん。否定はしない。否定はしないんだけど……
「……なんでこうなったんだろう?」
話は朝食後すぐ、今からおよそ三時間前に遡る。
◆◇◆
「……動画投稿で再生数が稼げたら、ね」
「はい。言ってみればこれは大町さんのフィールドです。そこで結果を残せば、私の事を認めて頂けませんか?」
「……」
「……無論、これは大町さんのチャンネルであり、純粋に私の力ではありません。ありませんが、それでもメインチャンネルを越える程の再生数が付く動画であれば、私の効果もあったと考えても宜しいのではないですか?」
「……まあ……うん。一概には言えないけど」
まあ、サブチャンネルとは言えどメインを越える再生数を超える動画は幾つかある。加えて、昨日の動画はからあげさんを食べるという企画であり……まあ、正直企画としては少し弱い。家食より外で食べた方が動画の再生数が高いのだ、僕の場合。
「……」
さらにさらに、今回の調理メニューはからあげさんのアレンジレシピ。こちらも、実は僕の動画では再生数の高い、『ジャンクを加工したもの』動画に当たる。同年代、がっつり食べたい人間が見る事が多いからか、凝った料理を作るよりも手軽で美味しい、加えてコスパの良い料理が人気を集める傾向にある。
「……どうでしょうか? それに、メインチャンネルでも再生数が伸びれば、『お金』になるのでしょう? それなら……」
「……まあ、確かに……城ケ崎さんの言った通りか」
……とまあ、ぶっちゃけ条件的には城ケ崎さん有利ではある。あるが、まあそれでもメインチャンネル程の『いきおい』はサブチャンネルには無いのも事実だ。此処で一発、大きな再生数が稼げるなら収入も安定するし……後はまあ。
「分かった。その条件で勝負、しようか」
……その……ちょっとだけ、『惜しい気』もするのはするんだよ。折角、城ケ崎さんと一緒に居られるチャンスだし……なにより、記念になりそうだしね。
「良いのですか!? あ、ありがとうございます! ならばこのチャンス、絶対に生かさせて貰います!!」
そう言って飛び上がるんじゃないかって程、キラキラした笑顔をこちらに向けてくれる城ケ崎さん。その笑顔だけで、了承した甲斐もあるってもんだ。
「そ、それではすぐに美香に連絡を取ります」
「田中さん?」
「あの子、趣味がコスプレですので……ウィッグなど、沢山持っているのです! カラーコンタクトも未使用品がいくつもストックしてあるのを知っていますし、譲って貰おうかと!」
「そう? それじゃ、ちょっと動画再生の時間、待った方が良い?」
「あ、はい! お願いできますか? 美香の家は此処から十五分ほどですので……」
「選ぶのを考えたら……一時間半くらいあれば充分?」
「はい。その、申し訳ないのですが……」
「いいよ、いいよ、それぐらい」
まあ、別に急ぎの用事がある訳でも無いし。その間、カメラの準備とかもいるしね。その時間でちょっとキッチンも綺麗にしておくか。
「ありがとうございます。それでは少々お待ちください」
そう言っていそいそとスマホを取り出すと、城ケ崎さんは画面をタップ。女の子同士の話もあるだろう。あんまり聞き耳を立てるのもアレだし……なんて思いながら、僕は城ケ崎さんと僕の食べた皿とコーヒーカップをシンクに運ぶ。
「ああ、美香ですか? ええ、ええ、茉莉です……え? その……はい。巧く行きました。これも美香のお陰です」
電話が繋がったのだろう。少しばかり、城ケ崎さんの声が弾む。うん、あんまり聞き耳立てない様に――
「――え? そ、その様な事はしていません! ……はい? て、手を出されたか!? お、大町さんはその様な軽い人では……ち、違います! 断じてその、意気地が無い訳ではなく……へ、へたれ? へたれとは……ち、違います!! 幾ら美香でも怒りますよ! 優しい方なのです!!」
――聞かない様にしていたんだけど……こう、ウチの家、壁が薄いんだよね……そっか。僕、田中さんにへたれって思われてるのか。
「……え? そ、それはこれから勝負を……そ、そうだ! その為に美香に電話したのでした。美香、ウィッグとかカラーコンタクト、持ってません? それを少し……え? な、何をするかですか? それは――」
城ケ崎さんの説明から意識を外すように僕は洗い物に集中する。いつもより少しだけ水を多く出し、水音で会話を排除だ。集中、集中――
「……あの……大町さん?」
「……なに?」
「その……本当に申し訳ないのですが……」
そう言ってスマホを差し出す城ケ崎さん。なに?
「……美香が……少し変わって欲しいと……」
「……」
……マジか。
「……変わった方が良いカンジなの?」
「……一度言い出したらしつこいのです、美香」
「……はぁ」
シンクに置いてあったタオルで手を拭き、城ケ崎さんからスマホを受け取る。申し訳無さそうに頭を下げる城ケ崎さんに軽く手を振り、僕はスマホを耳を当てた。
「……お電話代わりました、大町です」
『おおー。君が噂の『たかぴー』?』
「た、たかぴ?」
なにそれ?
『あれ? 違った? 大町隆明君……だよね?』
「いや、大町隆明ですけど……」
『んじゃ、『たかあき』で『たかぴー』じゃん』
「……僕の人生で無い渾名ですよ、それ」
『マジで? それじゃ私、たかぴーの初めて貰っちゃったカンジ? やーん、茉莉に申し訳ないカモ』
「……」
……なんなんだ、この人。いや、正直ギャル系のノリについて行ける訳は無いのだが……明らかに住む世界が違う気がする。
「……それで、お電話を代わって欲しいと言われたんですが」
『あ、そうそう! さっき茉莉から、ウィッグとカラコン貸してって言われたんだ。動画に出るんでしょ、茉莉?』
「ええっと……一応、その予定です」
『茉莉、ちょっとびっくりするぐらい美人じゃん? カラコンとウィッグだけだったらすぐにバレると思うんだよね~。流石にたかぴーの動画に茉莉が出ているのがバレたら、ちょっと面倒くさい事になりそうだし』
「……そう思うんなら引き取って下さい」
『ヤダよ。私、馬に蹴られたくないし』
「う、馬?」
『ともかく! 今のままの茉莉を出すのはちょっとリスクあるし……そこで! 私が茉莉にメイクをしようかなって。私、趣味でコスプレしてるからさ?』
「はぁ」
『なもんで! どうかな?』
――ちょっと家まで、遊びに行って良い? と。
『可愛い衣装も一杯持って行くから!! ね、良いでしょ? おねがーい!!』
少しばかり愕然とする僕の視線の先には、必死に頭を下げる城ケ崎さんの姿があった。




