神を信じるか?
僕は耐え切れなくなって、彼女の方を向いて言った。
「君の気持ちはわからなくないけど、僕になんて言ってほしい。なんで僕」
彼女の顔は血の気を失い、真っ白になっていた。そして、彼女はぼそっと言った。
「別になにも求めていない」
彼女は煙草を吸って言った。煙が夜空に広がっていった。
「じゃあ、ここからどっか行って。ちょっと眩暈がする」
僕は、吸っていた煙草を足で揉み消しながら、彼女に言って、首から下げていたイヤホンを付けようと耳元まで持っていった。彼女は急に僕の手を掴んで、イヤホンを耳につけるのを阻止した。女の子とは思えない握力だった。驚いて、彼女の方を向いた。彼女の顔は無表情のままだった。
「じゃあ、あなた神を信じる?」
「は?」
「神を信じるかって聞いてるのよ」
彼女は僕を突き放すかのように言った。彼女の顔をみると、顔がだんだん異様さを帯びてきていた。彼女は無表情のままだったが、目は目尻に向かって引きつり上がっていて黒目は輝きを失い、平板になっていた。口元はうっすらと微笑んでいた。顔は血の気を失い、真っ白になっていた。
「キリストの復活は? 仏陀の輪廻転生は? アラーは?」
「わからない」
僕の心臓はもう外に聞こえそうなくらい高鳴っていった。
「じゃあ、あなた資本主義者? 共産主義者?」
僕は彼女から目を背けたかった。歩いている人に助けを求めたかった。でも、僕はもう、彼女の瞳から目を背けることが出来なかった。彼女の瞳は真っ黒でブラックホールのような吸引力で僕を捉えて離さなかった。
「資本主義者だと思う」
思考回路は止まったまま、僕は漸く言葉を発することが出来た。
「資本主義はもうとっくに崩壊してるのよ」
僕の何かが壊れた音がした。世界がゆっくりと回転しだした。まわりのネオンの光がチカチカと点滅しだした。僕の周りには人がいなくなった。辺りは静寂と化した。地面の感覚が無く、僕の足は震えた。僕は奈落へ落ちていくように思った。
突然、僕の目の前を蝶々が横切る。そして、黒い羽根を羽ばたかせ蝶々が暗い夜空へと羽を綺麗に飛んで行く。僕は釣られて、蝶々の行く先を見つめたと同時に、彼女の目から僕はやっと背けることが出来たことに気付いた。